41 キッチンに潜入したらいいじゃない
パーティ会場は、天井に備え付けられたシャンデリアによって全体がきらきらと輝いている。
テーブルの上には多くのごちそうが並び、会場のいたるところに設置された大きい花瓶にはたっぷりと生花が生けてある。
金のかかったパーティであることは一目瞭然だ。
俺とリタはきらびやかな雰囲気に圧倒されていたが、ジュリアと爺やは慣れているようで、ロクに周りも見ずにさっさと歩いていく。
会場はすでにたくさんの客でにぎわっていた。
パーティの客は皆華やかなドレスやスーツに身を包み、誰が貴族で、誰がザカリオの有力者なのかは分からない。
「ヒロさん、見てください。ごちそうがいっぱい! 香ばしい匂いのするパイに、小さなグラスにはきらきらと光るジュレ……あ、あっちには焼き菓子こんもりと盛られています」
「よそ見するな。挙動不審だと、俺達が本物の従者じゃないことがバレちまう」
リタとこそこそと会話をしながらふと顔をあげると、向かい側からでっぷりと太った男が歩いてくる。
脂ぎった顔にねっとりとした笑顔を張り付け、ジュリアに話しかけた。
「やぁやぁ、ジュリア様。パーティは楽しんでいらっしゃいますかな? ……おや、今日は珍しく従者をいっぱいお連れなんですな」
太った男は俺とジュリアを値踏みするように、上から下までジロジロと眺めてくる。
ねちっこい視線に絡めとられるようで、なんとも気持ちが悪い。
「ええ、わたくしの領地からここまでは長旅ですから。世話をさせるため、いつもより使用人の数も多いんですの」
「それはそれは。なかなか、金もかかるでしょうに。領地経営は私の予想よりも順調でいらっしゃるようで……。本日は良い商談ができることを祈っておりますぞ」
男はそう言うと、また別の客に挨拶をしに行った。
「なんだか嫌味ったらしいおじさんだな。俺達のこともジロジロ見てきたし。本物の従者じゃないってバレたかな」
「いえ、それは大丈夫だと思いますわ。あの方、誰に対してもああいう態度ですの。そして、あの方こそ、エレガンス製薬のザカリオ支部長ですわ。確か名前は、イサイさんだったはず。」
「あの人が! じゃぁ、メウ横丁の屋台にいたのもあのイサイって人なんですか?」
「おそらく違いますわ。白衣を着てマスクをつけていたとしても、あそこまでふくよかな体型の方であれば、周囲の人が覚えているはずです」
「確かにあのおじさん、風船みたいに丸いですもんね」
「ザカリオに限っても、エレガンス製薬の店はいくつかありますの。メウ横丁もそうですし、街の中心部にも店があります。あとは街はずれの病院の近くにもひとつあったと記憶しています。イサイさんが普段どこにお勤めかは分かりかねますが、メウ横丁ではないでしょう。ただし、エレガンス製薬とゲルセミウムの関係については何かご存じかもしれませんわ」
「そうか。じゃあ俺とリタは、あのイサイっておじさんの情報を集めればいいって訳か……ってコラ! リタ! つまみ食いは厳禁だぞ!」
リタは焼き菓子の山に伸ばした手をサッと引っ込めた。そして、そのまま俺にじっとりとした視線を向ける。
「一個くらいいいじゃないですか、ケチ!」
「ケチじゃない! 俺達はジュリアさんの従者としてここに来てるんだぞ。今日はごちそうを我慢するっていう約束じゃないか」
俺達が小声で言い合っていると、横から長い手がスッと伸びてきた。
「従者の方も、おひとつどうぞ」
長い手の持ち主は低く甘い声でそう言って、リタに焼き菓子をひとつ手渡した。長身の男性で、深い青色の髪に、透き通るような色白の美男子だった。
「あああ、ありがとうございますすす」
リタの声が盛大にうわずる。
男性はニコリと微笑むと、そのまま別のテーブルの方へと歩いていき、イサイと喋り出した。
「すすす、すごい美男子でしたね」
「おお、俺もあんな男前は見たことがないよ。身長も2メートルはありそうだし、手足も長いし、首元に巻いてる黒い毛皮も高級そうだ。芸能人みたいだな」
「ゲーノージンってなんでしょうか? 外国人? それとも外国の貴族?」
リタは手渡された焼き菓子を一口で飲み込むと、先ほどの男性にうっとりと見とれている。
「芸能人っていうのは、俺の世界での歌手や役者のことだ。すごく人気があって、華やかな人種のことさ。リタはああいう美男子がタイプなのか?」
「タイプというか、あれはもはや美術品の域ですよ。美術品にうっとりする気持ち、分かりませんか? 例えばあれが女性であっても、私だったらうっとりしちゃいます」
「なるほど。ねぇジュリアさん、さっきの男性って貴族の人ですか?」
俺が尋ねると、ジュリアは爺やと目を合わせて首を傾げた。
「いいえ、地方貴族といえど、ほとんどの方は顔見知りなんですがあの方に見覚えはないのです。貴族ではなくザカリオの有力者の一人なんでしょうけど……あんな方、いましたっけ?」
爺やも先ほどの男性に心当たりがないらしく、彼を見ながらうーんと唸っている。
「私も見覚えがありませんな。一体どこのどなたやら。あんな美男子、一回見たら忘れないと思うのですが。しかし貴族のような立ち振る舞いでしたなぁ。それこそ、ジュリア様と親交の無い外国の貴族かもしれませんなぁ」
「そうですわねぇ。お召し物の形も、この国のものとは異なりますし、きっと外国の方ですわね。ということは、今日のパーティは相当広い地域からお客様が来てらっしゃるということですわ。人が多いと情報収集にも時間がかかるかもしれません。ヒロさん、リタさん、ここからは別行動といたしましょう」
俺とリタは顔を見合わせてうなずいた。
「パーティがお開きになる頃に、わたくしの元に戻ってきてくださいまし。それまでは別行動をしていてもきっと目立ちませんわ。お二人が有益な情報を手にできるよう、お祈りしてますわ」
「ジュリアさん、色々ありがとうございます。でも情報収集っていったって、どこから回ればいいのやら……」
「そんなの決まってるじゃないですか」
リタは自信たっぷりの顔で言う。
「キッチンに潜入するんですよ」
「はぁ!? なんでキッチンなんだよ」
「それは美味しいものをつまみ食いできるから……ではなくて、キッチンから料理を運ぶ人に扮すれば、色々な人に接触しやすいからです。ほら、飲み物を勧めるついでにお客さんに話しかけたりもできますし、お客さん同士の会話も盗み聞きしやすいはずです。我ながら名案でしょう」
リタはえっへん、と言わんばかりに胸を反らせている。確かにいい案ではあるが、やはりつまみ食いをしたいだけではないかとも思う。
それとひとつ問題がある。
「キッチンに潜入するのはいい案だが、服はどうするんだよ? この従者服のままキッチンに入る訳にはいかないだろ? 料理や飲み物を運んでいる人は、みんな制服みたいな揃いの服を着てるんだぜ?」
「それも、私にいい案があります」
ジュリア達と一旦分かれて、リタに促されるままキッチンの方へと歩いていく。キッチンの入り口付近では、クリーム色の制服に身を包んだ男女二人が楽しそうに談笑している。
リタがその二人の方へつかつかと歩いていくと、二人のうちの男性のほうが爽やかな笑顔で「何か御用でしょうか?」と言った。
「ええ、ちょっとお昼寝しておいてもらえますか? 【安眠】!」
リタが突然スキルを唱えた。
目の前の男女は一旦びっくりしたような表情をしたあと、すぐにとろんとした表情になり、そのまま床へ倒れ込んだ。
近づいて確認すると、二人ともすやすやと寝息をたてている。
「リタ、この二人に一体何をしたんだ!?」




