39 ジュリアの提案
「もうすっかり夜なのニャ」
長いメウの階段を登りきると、夜のザカリオの街が俺達を出迎えた。
空には星が浮かび、街はオレンジ色のライトでふんわりと照らされている。
俺達はダンジョンを一旦後にし、地上に戻ることにしたのだ。
「ハァ~、疲れた~!!」
閉鎖的なダンジョンから脱出して外の空気を吸うと、淀んでいた全身の血流に一気に酸素が送り込まれる。
張りつめていた気持ちが少し和らいだ。
「フフフ、お疲れ様でしたね」
「リタは意外と疲れてないんだな?」
俺は疲労困憊でヒドい顔をしていると思うが、リタは血色もよく、表情にも余裕がある。
「私はソワルセルパンと直接戦闘はしていませんからね。ヒロさんやカゲロウよりは疲れていませんよ」
「俺様も戦ったのニャ! 忘れるんじゃないニャ!!」
クロジは前足でリタをパンチしようとしたが、リタはそれをひらりとかわすと、クロジを後ろから抱きかかえた。
「はいはい、クロジも頑張りましたね。私も全く疲れていない訳ではないですが、兄の行方については多少収穫がありましたからね。達成感のようなものがあります」
俺達は地上に戻るまでの間、メウ横丁に戻ってきた人に片っ端から聞き込みをした。
エレガンス製薬の屋台の後ろにあった部屋のことや、リタの兄アルバンについて知らないか尋ねて回ったのだ。
エレガンス製薬については大した情報は得られなかったが、アルバンについては少し収穫があった。聞き込みをしたうちの数人が、確かに彼を見かけたと答えたのだ。
聞き込みの内容をまとめると、どうやらアルバンは運送会社からメウ横丁によく荷物を運びこんでいたらしい。
「リタのお兄さんは冒険者じゃないんだよね? よくこんなダンジョンに出入りできたよなぁ」
「兄は運送のスキルと、高速移動のスキルがありましたから。戦闘スキルはありませんが、荷物を抱えて走るだけなら一級品だと思います。逃げ足も速いですしね」
リタは兄の思い出を嚙みしめるように、優しい表情で言った。
「リタのお兄さんは、メウ横丁のいくつかの店に出入りしていた。その中に、エレガンス製薬も含まれていた。そして、最後はエレガンス製薬の屋台に荷物を運びこんだあと行方が分からなくなった……ということだったね」
「ええ、そうです。やっぱり、私はエレガンス製薬とゲルセミウムが無関係だとは思えません。そして私の兄は、やはり何かトラブルに巻き込まれたのだと思います。いや、確信していると言ってもいいかもしれません」
「ゲルセミウムとエレガンス製薬かぁ。新たなヒントは増えたものの、リタのお兄さんの失踪について核心に近づくという程ではなかったね。この街にもエレガンス製薬の支店はあるらしいし、そこに聞き込みに行ってもいいけど……もし本当にここがクロなら、素直に教えてくれるはずはないしなぁ」
俺とリタは小さくため息をついた。次に自分たちがどうするべきか良い案が浮かばないし、疲労で頭も回らない。
その時、後ろからふぅふぅと苦し気に息を吐く音が聞こえてきた。
振り返ると、ジュリアと爺やが支え合いながらメウの階段を上ってきている。
「ふぅ……爺や、やっと地上ですわ。無事に帰って来れましてよ」
「はぁはぁ……いやぁ、この爺も、さすがに命が尽きるかと思いましたわい」
二人は地上の開けたところまで歩いていくと、その場で四つん這いになった。よほど疲れたらしい。
俺はぜぇぜぇと息を吐いている二人に声をかけた。
「ジュリアさんも爺やさんもお疲れ様でした。俺達は宿屋に戻りますので、ここでお別れですね。では」
そう言って重たい体を引きずり、宿屋の方角へ一歩踏み出したとき、ジュリアが力強い声で俺達を呼び止めてきた。
「ちょっと待ってくださいまし!」
ジュリアは大きな声で言うと、まだ荒い息のまま立ち上がった。
何回か深呼吸して息を整えると、手ぐしで長い髪を整えながら言った。
「この度は、あなた達のおかげで私と爺やは命拾いしたと言っても過言ではありません。レッドマウスにしても、ソワルセルパンにしても、あなたたちと遭遇しなければ私達は死んでいた可能性が高いですわ。そこでどうか、お礼をさせて頂きたいのです」
「そんな、お礼だなんて結構ですよ」
俺がぶんぶんと手を振りながら遠慮すると、カゲロウもそれに同調した。
「そうだ。礼の言葉だけで充分だ。第一、お礼と言ってもジュリア殿は貧乏貴族と言っていたじゃないか。資金的にも苦しいのではないか」
するとジュリアは少し顔を赤らめて言った。
「コホン、お、お恥ずかしながら、確かにわたくしは貧乏貴族ですわ。ですから、お礼は金品などではなく、あなた達が情報を得るためのお手伝いということでどうでしょう。先ほど皆さんの会話が少し聞こえてしまいましたの。皆さんはエレガンス製薬についての情報をお探しなのでしょう?」
俺達が頷くと、ジュリアはしたり顔で話を続けた。
「わたくしは明日の夜、とあるパーティに招かれていますの。ここザカリオに来た理由も、半分はダンジョンに潜って特産品となりうる植物を探すことで、もう半分がそのパーティへの出席でしたの。そのパーティにはザカリオの有力者や有力企業も参加します。エレガンス製薬もそのうちの一つです。ですから……」
ジュリアがそこまで説明すると、目を輝かせたリタが急に会話に割り込んできた。
「そのパーティに私たちを招待してくれるってことですか!? ああ、なんて素晴らしいんでしょうか! きっと見たこともないような素敵なお料理が並ぶんでしょうねぇ。そして、音楽家によるステキな演奏なんかもあったりして……ああ、想像するだけでドキドキします……」
リタは目をキラキラと輝かせ、口元にはヨダレが滲んでいる。きっとごちそうを想像しているのだろう。
「ああ、リタさん、勘違いさせてごめんなさい。そうじゃなくて」
「へ、勘違い?」
リタの目からみるみるうちに輝きが失われていく。
「パーティに招待という訳ではなく、私の従者のフリをしてパーティに潜入しませんか、という提案だったのです。そうすれば、そこでしか手に入らない情報が得られるかもしれません。それをお礼とさせてほしい、という提案だったのですが……」
ジュリアは心底申し訳なさそうな顔でリタを見た。
「ごちそうは……ごちそうは食べれるんでしょうか!?」
リタはすがるような目でジュリアを見た。ジュリアは申し訳なさそうに目をふせる。
「ごちそうは……どうでしょう。従者は基本的に、主人と一緒には食べませんので……。そもそも恩人の皆さんを従者の扱いにする、というのも失礼でしたわね。良い提案かと思いましたが、わたくしの思い上がりでしたわ」
「いいや、構わん。吾輩たちが無闇に街をかけずり回るより、ジュリア殿とともにパーティに潜入したほうが有益な情報が得られるだろう。その提案、飲もうではないか」
ごちそうが食べられなさそうだと知ってしょぼしょぼと縮こまるジュリアをよそに、カゲロウは大層乗り気なようだ。
「でも、ごめんなさいね。獣人のカゲロウさんは目立つのでパーティには同伴させられませんの。私のような弱小貴族が、実力者の多い獣人を雇っているというのは無理があります。怪しまれる可能性が高いです」
「なんだと!?」
「あと、猫ちゃんもパーティには同伴させられませんわ。ペットの持ち込みは認められておりませんの」
「ニャ!? 俺様はペットではないのニャ!!!!」
カゲロウとクロジは口をパクパクさせている。何か抗議したそうだが、うまく言葉が出てこないようだ。
「ということで、ヒロさんとリタさん。私の従者に扮し、パーティに潜入しませんこと?」
「リタと……俺ですか!?!?」




