38 ゲルセミウムのアジト
「ゲルセミウムのアジトだって!? こんな人通りの多そうなところに?」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。
だって、アジトといえば人通りの少ない路地裏などにひっそりと佇むものじゃないの?
メウ横丁は、どう考えてもたくさんの人が行きかうであろう、ダンジョン内唯一の買い物スポット兼飲食スポットだ。
ここで怪しい動きをする者がいれば、すぐにでも通報されそうなものだが。
「人通りが多いからこそ、大荷物を持って出入りしても周囲に怪しまれなかったのだろう。さしずめ、屋台の裏にでも出入口を隠しておき、商品の搬入を装って魔石を持ってきたり、逆に運び屋に持ち出させたりしたのだろうな」
カゲロウは腕を組みながら言った。
「ヒロもこちらに来て、部屋の内部を見てみろ」
カゲロウに促され、俺はまだ痛む右手をさすりながら、アジトと思しき部屋の壊された壁から中に入る。
宿屋の一人部屋より少し大きいくらいだから決して広くはないが、秘密裡に使える倉庫としては狭くない。
壁に沿って設置された棚には魔石と思しき石が入った木箱がいくつも並べられ、奥には小さい机と2脚の椅子がある。
「この棚にあるのが魔石か……? そして壁に描かれた花のマークは……?」
部屋の一番奥の壁には、黄色い塗料で花のマークが描かれている。
外に向かって伸びる5枚の花びらの先が不気味に尖っている。
「それこそが、吾輩の追っているゲルセミウムのマークだ。クソ、忌々しい形め。このマークがあるということは、ここがゲルセミウムのものであるという証明になる。魔石を横流ししているという運送会社の人間もここに出入りしていたのだろうが、マークがあるという意味でもここがゲルセミウムのアジトの一つと考えて間違いないだろう。まぁ、アジトと呼べるほどの広さかどうかは疑問だが……」
カゲロウは松明で壁を照らしながら、苦々しく言った。
リタも松明を持ちながら部屋の奥へと進む。
「商業ギルドのサンドラさんが言っていた、運送会社がゲルセミウムに魔石を横流しするために使っていた部屋、というのはここで間違いないでしょうね。私の兄も、ここに来たのでしょうか。何か手がかりになるものは……」
リタがガサガサと音を立てて机の上や棚の間を調べていると、後ろから知らないおじさんが俺達に声をかけてきた。メウ横丁の屋台の人だ。
「おい君たち、無事か? 何度もすさまじい音が聞こえてきたが、ソワルセルパンは一体どうなったんだね?」
「それなら、俺様たちが討伐したのニャ!」
「な、なんと! 喋る猫!」
元気いっぱい答えるクロジを見て、おじさんは腰を抜かしそうになっている。
「喋る猫がソワルセルパンを討伐したというのか! メウ横丁も僕の屋台もめちゃくちゃだし、もう意味がわからない!」
おじさんは頭を抱えてしまった。
キャパオーバー寸前のおじさんは気の毒だが、今はそっとしておいてあげる余裕はない。
俺達にはこのおじさんに聞かなければならないことがある。
「すみません、おじさんはここで働いていたんですよね? ここの壁の奥に、倉庫のような部屋があったことは知っていましたか?」
「部屋ってなんのことだい? ええっ、ここにこんな部屋があっただなんて!! 僕はここで働き出して長いけど、こんな部屋は知らないよ」
おじさんはゲルセミウムのアジトの前で、あんぐりと口を開けた。
「この壁の前に、誰が屋台を出していたのか分かりますか?」
「ああ、それなら分かる。確か、エレガンス製薬の関係者だったはずだ」
「エレガンス製薬?」
俺はその名前をどこかで聞いたことがある。記憶を辿っていると、ふとリタと目が合った。
「ホラ、マイコの街にあったのを覚えていませんか? ひときわ大きくて、綺麗な製薬店です」
「あ、ああ!」
俺の脳裏に、マイコで見た豪華な見た目の製薬店の様子が浮かぶ。そういえば、店内の壁にはガラス瓶がずらりと並んでいた。
「メウ横丁に薬屋が出店していたんですか?」
俺が尋ねると、おじさんはコクコクと頷いた。
「そりゃぁそうさ。ダンジョンの中では怪我がつきものだろう? ポーションがなくなってもメウ横丁まで来れば薬が手に入るんだ。皆喜んで利用していたよ。それにしてもエレガンス製薬も、ここに倉庫を隠していたとは。こんな便利な場所に倉庫があるなら、僕たちにもちょっと使わせてくれれば良かったのに」
「ここで屋台を出していたエレガンス製薬の関係者って、どんな人でしたか?」
「それが、コロコロ人が変わってたんだよ。あと、薬の品質を保持するためだ、とかなんとか言って、みんな白衣を着て常にマスクをつけていた。だから顔がよく分からないんだ」
「それって、怪しくないですか?」
犯罪者や後ろ暗い人が顔を隠すアレじゃん!
しかし、おじさんはエレガンス製薬の連中の顔が隠されていたことには疑問を抱かなかったらしい。
「天下のエレガンス製薬だぞ? この会社を知らない人はいないさ。そこの人間がちゃんとしたポーションを売ってるんだから、誰も怪しむわけないだろ」
「そういえば、リタ、君はさっきその倉庫の中を調べてたよね? 中にポーションとかあったの?」
「いいえ、ありませんでした。あるのは数個の魔石と、数字や暗号のようなものが書かれたノートだけです。ということは、エレガンス製薬はゲルセミウムとは関係がないのでしょうか?」
エレガンス製薬とゲルセミウム。製薬店と反社会的組織。
その二つがどうやったら結びつくのか分からないが、かといって無関係だとも言い切れない。
そもそも、屋台のすぐ後ろの部屋で何か取引をされていたら、普通は気づくだろう。やはりエレガンス製薬とゲルセミウムはグルなのではないか。
俺達が頭を悩ませていると、メウ横丁の人々がぞろぞろと広場へ戻ってきた。
「私の屋台が!」
「飲みかけだった俺の酒が!」
「こりゃ復旧に何日かかるのやら……」
それぞれが悲嘆の声をあげる。無理もない。
つい一時間ほど前まではあれほど活気に溢れていたメウ横丁は、ソウルセルパンが暴れたことによって、今や薄暗い瓦礫の広場へと変わり果てているのだ。
人々ががっくりと肩を落とす中、広場の中心に歩み出たハオランがパンパンと大きく手を打ち鳴らした。皆の視線がハオランに注がれる。
「どうも、私は結界構築士のハオランと申しマス! ソワルセルパンの脅威は去りましタ! いまから、この私が、メウ横丁に結界を張り直しマス。そうすれば、もうここは安全デス。すぐに元通りになりますヨ。そうだ、冒険者ギルドや商業ギルドからモ、復興のために人を派遣してもらいまショウ! その手配は私が引き受けマスヨ」
「そりゃあ頼もしい!」
「さすがハオランさん!」
メウ横丁の人々は称賛の声をあげながらハオランを囲んだ。
それを見たカゲロウは、ぐるる、と小さく唸る。
「あやつ、また調子のいいことばかり言いおって! だいたいこの横丁がソワルセルパンに襲われたのは、あやつが以前張った結界に問題があったからではないのか!? その上、なぁにが「脅威は去りました」だ! 討伐したのは吾輩たちだというのに! あやつは結界の中に閉じこもっていただけではないか!!!!」
怒り狂うカゲロウをなだめているうちに、騒ぎを聞きつけた冒険者ギルドの職員がメウ横丁に到着した。じきに商業ギルドの職員もここに来るという。
ギルドの職員たちに事の顛末を説明し、メウの階段から地上に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。




