36 結界構築士ハオランの実力
「ハオランさん、それは無茶です! ここに来る前だって、俺とそこにいる獣人のカゲロウで多少足止めはしましたが、胴体は硬すぎて剣でも傷ひとつつかないし、俺は冒険者じゃないから奴に大したダメージを入れることもできない。ここで迎え打ったって、なぶり殺されるのがオチだ!」
しかし俺の主張もむなしく、カゲロウとハオランは既に戦闘態勢に入っている。
「俺様も戦ってやるから、逃げる選択肢は諦めるのニャ」
クロジは俺の肩にぴょんと飛び乗った。
いつの間にか砂埃が消え、ソワルセルパンがじりじりと間合いをつめてきているのが分かる。
「クソ、また戦闘だ! 本来はカゲロウと同レベルの冒険者が5人は必要なんだろ? 俺とカゲロウとハオランさんとクロジ、3人と1匹で本当に大丈夫かよ!? なぁカゲロウ、勝てる見込みはどのくらいあるんだ?」
「さぁ、吾輩にも分からん! 勝率はよくて2割というところか! それでも、ヒロは冒険者でもないのに毎度頭を使ってよくやっている。並みの冒険者より、お前といた方が突飛な作戦で勝てそうな気がするのだ。さぁ、今回はどんな作戦でいくのだ?」
心なしか、カゲロウは楽しそうだ。強敵を目の前に、冒険者としての血が騒ぐのか。それとも最早、ヤケクソになっているのだろうか。
「作戦なんて思いつかな……いや、待てよ」
俺の頭に、ポイズンビーと対峙したときの記憶が浮かび上がってきた。
あの時は炭から煙を出して蜂たちの動きを鈍らせた。蜂と蛇では勝手が違うかもしれないが、同じように動きを鈍らせるくらいのことはできるかもしれない。
「上手くいくか分からないけど、炭おこしをして煙を発生させる。それで奴の動きを鈍らせれるかどうか、やってみるよ!」
「フーン、煙を発生させるスキルですカ。珍しい。デハ私は結界を張って煙をソワルセルパンの周りに充満させるようにしまショウ。【結界構築】!」
ハオランがスキルを発動すると、透明な赤色の壁がソワルセルパンを囲んだ。
「この結界を目がけて、煙を発生させて下サイ。煙の発生後、それがソワルセルパンの周りに充満するように、ワタシのほうで調整しマス」
スキルで空気の流れを一時的に操るということだろうか? 全くこの世界のスキルというのは、俺の常識を簡単に超えていく。
「わかりました! オイ、そこの蛇、俺の煙をくらえ! 【炭おこし】!」
煙を吐く炭が俺の手のひらから飛び出し、ソワルセルパンの周りにボトボトと落ちていく。
あとはハオランが空気の流れを調整してくれれば、奴の動きが鈍るかもしれない。そうすればカゲロウがソワルセルパンの体の柔らかい場所を狙って切り付けてくれるかも……
頭の中でそこまでシュミレーションしたところで、俺の見立てがいかに甘かったかを思い知った。なんと、煙がソワルセルパンを包む前に、奴は結界を破壊したのだ。
パリン!
ソワルセルパンが体をよじると、ガラスが割れるような甲高い音と共に、結界の壁が割れた。
「そんな! ワタシの結界がこんなに簡単に破られるなんテ!!!」
ハオランが落胆の声をあげた。
ソワルセルパンはそのまま猛スピードでメウ横丁の屋台へと向かって行く。奴はその長くて重い体をグネグネとくねらせながら、屋台を次々に破壊していった。
屋台や机が破壊されるとともに、先ほどまでは煌々と明かりを放っていたランプの火も消えていく。それを見たジュリアが悲鳴にも似た声をあげた。
「ああ、なんてこと! あんなに活気にあふれていたメウ横丁が更に壊されていきますわ!」
「おまけに明かりを消されるとマズい。ソワルセルパンは温度や音でこちらを感知できるが、我々人間はそうはいかない。このまま暗がりが増えれば、奴にとって圧倒的に有利になってしまう」
カゲロウはギリギリと奥歯を噛む。
ソワルセルパンは屋台を一通り破壊しつくすと、今度は周囲の壁も破壊しはじめた。
「なんで壁も破壊するんだ? どうして俺達を襲ってこないんだ?」
「暴走モンスターゆえに錯乱しているのかもしれん。それか、壁の奥にある通路に逃げ込むつもりか……いや、通路から天井を伝い、再び奇襲をかけてくるのかもしれん」
カゲロウは天井を見上げた。
「おい、ハオランとやら! お前の結界でソワルセルパンを一時的にでも封じ込めることはできないのか!?」
「それができるなら、もうやっていマス! アナタも見たでショウ? 先ほど、結界がまるでガラスのように砕け散ったじゃないですカ! あの蛇はあまりにも規格外すぎマス。私はそこのお嬢さんたちと小型の強化結界に籠ってますカラ、なんとかアナタたちで討伐してくだサイ。さもなければ全員蛇の餌ですヨ!」
ハオランはそこまで一息で言い切ると、リタとジュリアと爺やのところまで小走りで行った。彼がブツブツと呪文のようなスキルを唱えると、先ほどと同じように透明な赤い壁が4人を包んだ。先ほどとは違い、結界が何重にも層になっているのが遠目にも分かる。
「チッ、己だけが安全圏に引っ込みおって!」
「一応、自分だけじゃなくて、リタ達も結界に入れてくれたみたいだけど」
「フン、同じことよ!」
カゲロウが吐き捨てるように言う。
ハオランが戦力にならないとなると、俺とカゲロウとクロジの2人と1匹だけであの蛇をなんとかしなくてはならない。
はっきり言って無理だ。絶望感が腹に充満していくのが分かる。
先ほどまで大きな音を立てながら破壊行為に勤しんでいたソワルセルパンは、いつの間にか暗闇に消えてしまった。次にどこから襲ってくるのかも分からない。
「もうダメだ……俺達はここであの蛇の餌になるんだ……」
俺が涙声で呟くと、クロジが前足で俺の頭をポカリと叩いた。
「いてぇ! 何するんだよ!」
「ここで諦めたらダメなのニャ! ヒロ、ステータスウインドウを開くのニャ! もしかしたら、ポイズンビーを食べた時のスキルが役立つかもしれないのニャ!」
「ポイズンビーを食べた時に獲得したスキルといえば……それ、運搬に関するスキルだよ。ここでは役に立たないよ!」
「いいから、ステータスウインドウを開くのニャー!」
クロジは再度前足で俺の頭を叩いた。
「だから痛いって! 分かったよ、ステータスオープン!」
目の前に、俺のスキルやレベルが書かれたパネルが広がる。
「ホラやっぱり、使えそうなスキルなんてない! この前獲得したスキルは【仕入れ運搬】だ。ここで何を運搬するっていうんだよ……って、あれ?」
ステータスウインドウをよくよく見ると、仕入れ運搬の下にもう一つスキルが追加されていた。
「なんだコレ? 【冷凍保存】……?」




