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35 糸目の男

「ダンジョンの中に、こんな街の一角みたいな場所があるのか……?」


 俺は自分の目を疑った。今俺はダンジョンにいるはずなのに、目の前にはちょっとした市場のような光景が広がっているではないか。


 先ほどまで俺達が走っていたダンジョンの通路は、所々に松明が灯してあるものの全体的に薄暗く、天井の高さも3メートルくらいといったところだろう。


 それに対して、今俺の眼前に広がっている空間の天井は見上げるほど高い。おまけに、ズラリと並んだ屋台や、屋台の間に置かれた机の上にはこれでもかと明かりが灯っている。


 ダンジョンを知らない人にここの写真を見せて、夜のお祭りの光景だと説明すれば信じてしまいそうだ。


「この場所が、ええと、なんて名前だっけ」


「メウ横丁だ。ダンジョンの中に買い物や食事ができる場所があるというのは、こことあと一つくらいしか聞いたことがないな」


 カゲロウは腕を組み、満足そうに辺りを見回した。


「さて、リタ達を探さねばならんのだが……」


 俺とカゲロウがキョロキョロと辺りを見回していると、奥の暗がりから見慣れた顔がブンブンと手を振っている。


「ヒロさん! カゲロウ! 無事だったんですね!」


 リタは両手に食べ物を抱え、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「二人が心配で、食べ物が喉を通りませんでしたよ。これで安心してお腹いっぱい食べれます!」


「なんと! 先ほどもいくつか甘味を召し上がっていましたが!?」


 ジュリアの爺やが、リタを見て目を丸くしている。


「やだなぁ、爺やさんったら。ほんのちょっと味見しただけですってば! ホラ、ヒロさんも一口どうぞ!」


 リタは俺の口に何か果物のようなものを突っ込んだ。


「なんだ!? とっても冷たくて、甘くて爽やかで……口の中で溶けた! アイスの類か?」


「正確には果物の一種だそうですよ! ダンジョンに生えている木から取れる果物で、この木の周りは自然と凍ってしまうんだそうです。木の実は収穫後もしばらく凍ったままだそうで、メウ横丁の定番スイーツだそうですよ!」


その定番スイーツとやらを口いっぱいに頬張ったリタの後ろには、ジュリア、爺や、クロジも揃っている。


「みんな無事だったんだな」


「ここまで走ってくるのは大変だったニャ。でもダンジョン内にこんな場所があったにゃんて。二人が到着するまで、ここの名物を食べたりして観光を楽しんだのニャ! まぁ二人だったら死なないだろうと信じてたニャ。それで、あの大蛇は倒したのニャ?」


「いや、それが……」


 俺とカゲロウは思わず目を合わせた。


「まだ倒せてないんだ。カゲロウの剣も通らないほど固いやつでさ。目を攻撃して動きを止めて、その隙に逃げてきた」


「では、またあの蛇が追ってくるということでしょうか?」


 ジュリアが不安そうにこちらを見た。


「ああ、ここに到達するのも時間の問題だろう。吾輩に考えがある」


 カゲロウはそう言うと、剣を抜いて頭の上へ掲げた。すうっと息を吸うと、広場全体に響き渡る声で周囲に呼び掛けた。


「皆の者、よく聞いてくれ。先ほどメウ横丁と入り口の間で、ソワルセルパンに遭遇した。眼球が白濁しており、動きもおかしく、暴走モンスターの可能性が高い。吾輩とともにソワルセルパンを討伐してくれる冒険者はいないか? 素材は討伐者で山分けにしよう。きっといい金になる」


 カゲロウが言い終えると、辺りがシンと静まった。

 それと同時に、広場にいる人々は目を合わせ、口々に小声で話し始めた。


「ソワルセルパンだって? ダンジョンの最奥部にいるようなモンスターだろ? 本当かよ」

「獣人の冒険者か? 奴隷じゃなくて? 珍しいねぇ」

「あんなモンスターを相手にできるような実力ねえよ。誰かやってくれよ。俺にゃぁ無理だ」


 誰も名乗り出ない中、髪が赤くて目の細い、軽薄そうな男だけが手を挙げた。男は訛りのきつい喋り方で言う。


「ちょっといいですカ。ソワルセルパンがこの辺りで出たのなら大問題ですガ、この広場にはモンスター避けの結界が張ってありマス。それも強力なやつダ。わざわざ無理して討伐しなくても、しばらく様子を見てもいいんじゃないデスカ。しばらくすれば、ダンジョンの奥に帰っていくかもしれませんヨ」


 カゲロウは少し不機嫌そうに答える。


「先ほども言ったが、そのソワルセルパンは暴走モンスターだと思われる。本来の習性どおりの動きを期待しない方がいい。それに普通のソワルセルパンに比べて、おそらく力も強い。ここもモンスター避けの結界が張ってあるとはいえ……」


 ズシン……


 鈍く重い音と共に壁が揺れた。頭上からパラパラと埃が降ってくる。


「結界が突破される可能性も考慮した方がいい」


 カゲロウが言い切ると、たちまち広場に不安と恐怖が広がっていく。

 逃げようとする者、不安そうな顔で辺りを見回す者、関心なさそうに酒を飲み続ける者。果たして、この中に共にソワルセルパンと戦ってくれる冒険者はいるのだろうか。


 ガラガラガラガラ!


 その時、突然轟音と共に天井から瓦礫が降ってきた。


「何が起こったんだ!?」


 轟音は鳴りやんだが、砂埃が舞って視界が不明瞭だ。

 埃を吸い込み、思わずむせる。


「ゲホッゲホッ。おい! みんな無事か!?」


「はい、私とクロジと、ジュリアさんと爺やさんはここです! 全員無事です!」


 リタの声にほっと胸を撫でおろしたのも束の間、カゲロウの声が最悪の展開を伝えてきた。


「全員構えろ! ソワルセルパンのお出ました! 結界が突破される気はしていたが、まさか天井から降ってくるとはな」


 砂埃の向こうのシルエットが、次第に明確になっていく。その黒い影は段々はっきりとした蛇の形へと変化した。

 先ほどまで俺達を追い詰めていた、ソワルセルパンで間違いない。

 

「どうするんだよコレ!? 一緒に討伐してくれる冒険者は見つかったのか!?」


 カゲロウは険しい顔をしている。

 広場から逃げる人たちは大勢いるが、俺達に手を貸してくれそうな人はいない。


「クソ、ここで蛇になぶり殺されるのはごめんだ! 俺達も逃げよう!」


「逃げたところで無事でいられる保証もないのだぞ! それなら再びここで足止めをして、その隙に入り口まで走って逃げた方が賢明だ!」


「もう一回足止めなんてできるのかよ!? 奴の体には傷ひとつつかないっていうのに!」


 俺とカゲロウが言い合っていると、先ほど手を挙げた糸目の男が、俺達の間にすっと割って入ってきた。


「それナラ、私もお手伝いしまス。私は結界構築士のハオラン。今日は元々、ここの結界を張り直す予定でここに来たんデス。暴走モンスターの話をよく耳にするのデ、念のために強力な結界を張り直しに来たのですガ……遅かっタ。いやでも、まさか私の結界が破られるナンテ……」


 ハオランと名乗った男は、口惜しそうにソワルセルパンを見た。


「あなた、結界ナントカって言いましたよね? ってことは、その結界でこの蛇を閉じ込めることはできないんですか?」


 俺が尋ねると、ハオランはふるふると首を振った。


「ここまでバカ力のモンスターだと、抑えるのに精いっぱいで、私が逃げられまセン。そうなると、他の人が逃げても私が死にマス。それは困ル。だから、私がメウ横丁内にソワルセルパンを抑え込みますから、なんとかアナタ達で討伐してくださイ」


「そんな無茶な!」



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