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34 大蛇パニック

 閉鎖的なダンジョンの中、緊張感と焦燥感が高まっていく。


 目の前の大蛇の目をよく見ると、眼球は白く白濁している。俺はこの目をどこかで見たことがある。

……そうだ! アーカシで対峙したグレートディアも、マイコで対峙したクラーケンもこんな目をしていた。


「やはりおかしいな、この蛇」


 カゲロウは独り言のようにしゃべり始めた。


「通常、このモンスターはダンジョンの最奥部にいるようなモンスターなのだ。こんな入り口付近にいた例など聞いたことがない。その上、眼球が白く白濁している。もしや最近冒険者の中で話題になっている、暴走モンスターというやつか」


「暴走モンスターって何!? っていうか、モンスターって眼球が白く濁ってるのが普通なんじゃないの? 俺こっちの世界に来てから、こういう目のモンスターに遭うの3回目くらいなんだけど!」


「暴走モンスターというのはだな……」


 ドカッ!!!


 カゲロウが説明しようとしたその時、大蛇の頭が俺たちめがけてスイングしてきた。


 カゲロウは俺を抱えたままヒラリと後ろに跳んだ。

 先ほどまで俺達がいたところには、大蛇の頭といくつもの瓦礫が転がっている。


「ひえ……カゲロウが避けなかったら、俺達あの蛇の頭に押しつぶされてたな」


 大蛇は口から大量の涎を垂らし、ゆっくりと鎌首をもたげた。


「暴走モンスターというのは、白濁した眼球と過度に肥大した筋肉が特徴的なモンスターで、そのモンスター本来の習性とは異なる動きをするのだ。本来、この大蛇……ソワルセルパンは、音もなく獲物を丸呑みにすると言われている。それがどうだ? こいつはダンジョンの壁が認識できていないのか、何回も壁に体や頭を打ち付けながらこちらに向かってくる。正気とは思えん」


「ってことは、俺達二人でも討伐できるってこと?」


「その可能性もあるし、力のリミッターが外れた暴走モンスターに、一撃で死に追いやられる危険性もあるということだ!」


 カゲロウは俺を地面に下ろすと、両手で剣を握り直した。いつも冷静なカゲロウからは想像できないほど、彼の呼吸は粗く、目には動揺の色が浮かんでいる。

 これは相当ヤバそうだ。


「ヒロ、こいつの目を狙え! お前のスキルで、確か串が飛ぶだろう。それでこいつの目を刺すのだ!」


「わかった、やってみる! くらえ、【串打ち】!!」


 俺がソワルセルパンめがけてスキルを放つと同時に、カゲロウは地面を蹴ってダンジョンの天井スレスレまで跳んだ。


 ガキン!!!


 金属がはじき返される固い音と共に、カゲロウが地面に降り立つ。

 俺の放った串もソワルセルパンの目を刺すことなく、むなしく地面に落ちていった。


「やはり奴の皮膚は固い! 吾輩の剣では傷をつけるのさえ難しいようだ。ヒロ、吾輩が囮になっているスキに、諦めずにスキルで目を狙い続けろ!」


「目を潰せばもう追われないってこと!?」


「いや、ソワルセルパンは元々視力が弱く、他の器官でもって獲物を追っているらしい。目を潰したところで逃げ切るのは不可能だ! しかし今ダメージを入れられるのは眼球くらいしか思いつかん。多少なりとダメージを入れれば、足止めくらいにはなるだろう。いいか、スキルを放ち続けるのだ!!」


 カゲロウは言い終わらないうちに、再び大蛇へと向かっていった。


 カゲロウが剣を振り下ろすたび、金属がぶつかり合うような音がする。あの蛇の皮膚は一体どれほどまでに固いのだろうか。


 俺はカゲロウに言われた通りに何度もスキルを放ったが、カゲロウに応戦する蛇は頭を大きく動かすため、上手く狙いが定まらない。


「クソッ、当たれ、当たれ、当たれぇぇぇぇぇ!!」


 ヤケクソになってスキルを乱射していると、運良く串の一本がソワルセルパンの目の端をかすめた。


「くそ、これでも当たらないのか!?」


 しかしその時、ソワルセルパンの動きが一瞬止まった。カゲロウはその一瞬を見逃さなかった。


 ブシュッ!!


 カゲロウが剣を真横に引き抜くと同時に、大蛇が鼓膜を揺らすような叫び声を放った。


ギャァァァァァン!!


 耳の奥がビリビリと震える。俺は思わず手で耳を塞いだ。


「カゲロウ、やったのか!?」


「なんとか眼球を切りつけた。今のうちに逃げるぞ!」


 先ほどリタ達が逃げた方向に向かって、俺とカゲロウは全速力で駆けていく。なんだか、こっちの世界に来てからずっと走ってない?

 

「このままリタ達と合流するんだよね? その後はどうするの?」


 俺達の背後から、ドタンバタンと大きな音が響いてくる。ソワルセルパンが痛みに悶え、暴れている音だろう。


「とりあえず他の連中と合流する。しかし、ソワルセルパンに追いつかれるのも時間の問題だろう。それまでにダンジョンに潜っているであろう他の冒険者と合流するのだ。そして力を併せてソワルセルパンを討伐する。これしか我々が助かる道はない」


「もし他の冒険者と合流できなかったら、どうなるの?」


「全員まとめて大蛇の餌になるしかない! いいか、リタ達と合流したらすぐに他の冒険者を探すのだ!」


 なんと行き当たりばったりの作戦だろうか。他の冒険者グループと合流だなんて、携帯電話もネットもないこの世界で、一体どうやってやればいいのか。


「合流って言ったって、どうやってやるの!? そもそも、他に出口はないの!?」


「出口の方に行けばきっとソワルセルパンに見つかる。それよりも、このままダンジョン内を走って他の冒険者と合流したほうがいい。吾輩には合流のアテもある。いいかヒロ、腹を括れ。あの大蛇を討伐するしかないのだ」


 腹を括れだと。そんなもの、こっちの世界で初めてモンスターと対峙した時からずっと括っている。知らない世界に来て、幾度となく命の危険に晒され、その度に腹を括っているのだ。けれど、そもそも俺は冒険者じゃない。ただのしがない串焼き屋なのだ。それなのに、どうしてこう何度も何度も己を奮い立たせ、腹を括り直さないといけないのか。


 カゲロウは俺のことを、考えの甘い軟弱者だとでも思っているのだろう。でも俺だって、元の世界では立派に社会人としてやっていっていた。大人として覚悟が足りない訳でもない。俺だって自分なりに頑張っているんだ。カゲロウだって分かってくれたっていいじゃないか!


 そんな言葉が、喉のすぐそばまで出かかった。

 ここで弱音を吐き出してしまいたい。でも、今それをしたところでソワルセルパンから逃げおおせる訳ではない。


 俺は言いたいことをぐっと飲み込むと、無言で走り続けた。

 走った時間は数分だっただろうか、それとも何十分も走っていただろうか。喉の奥から血の味が滲んでくる。もうこれ以上は走れない……と思ったその時、それまで狭かったダンジョンの通路が急にぱあっと開けた。


 両端にはいくつもの屋台が並び、中央の広場のようなところにはいくつものテーブルと椅子が並んでいる。一体ここは……?


 俺が呆けていると、カゲロウがニヤリと口角を上げて言った。


「ここが、ザカリオ名物、メウ横丁だ。吾輩の言っていた、他の冒険者と合流するアテというやつだ」


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