33 ダンジョンの中のお気楽貴族
ジュリアと名乗った貴族の女性は、肩にかかった髪をさらりと払った。透き通った金髪は丁寧に手入れされているようで、身なりも小ぎれいだ。貴族というのは本当かもしれない。
年齢は、俺の元の世界だと高校生くらいだろうか。リタよりは少し幼く見える。
「貴族がどうしてダンジョンにいるのだ」
カゲロウは怪訝な顔で問いかけた。
「私はシモン領のベジェという町から参りました。シモン男爵の娘ですの。ご存じかもしれませんが、うちは貧乏貴族でして。何か領地の特産品を作れないかと思い、その素材を求めてダンジョンに参りましたのよ。元冒険者の爺やと一緒に来たのですが、先ほどの赤い鼠に襲われて追い詰められてしまって……皆さんが通りかかってくれて良かったですわ」
面目なさそうに頭を掻いている爺やの横で、ジュリアはふわふわとした笑顔で言った。ダンジョンに不似合いなほど、彼女からは緊張感が全く感じられない。
「特産品なら自分の領地で探すべきではないのか」
カゲロウは益々怪訝な顔になっている。
「お恥ずかしながら、我が領地には特産品と呼べるほどのものがありませんの。そこでこのダンジョンに生えている食用植物をいくつか持ち帰り、領地で人口栽培できないか試そうと思っていますの」
「ダンジョンの植物を外で栽培? そんなことが可能なんですか?」
食用植物、と聞いて俺は質問せずにはいられなかった。
ジュリアは俺の方に向きなおし、少し得意げに答える。
「ええ。当然、普通に植えても育ちませんわ。でも魔法で温度や湿度を調整した部屋を作ることでダンジョン内の環境を再現し、食用植物を栽培できないかと考えているんです」
なるほど、ハウス栽培のようなものだろうか。
ジュリアはまだ十代だろうに、既に自分の領地の運営ことを考えているなんてなかなか立派だ。
「それで、お目当ての食用植物は見つかったんですか?」
リタが尋ねると、ジュリアは眉を寄せて小さく首を振った。
「まだ見つかっていませんわ。お目当ての植物はガリクというものなのですが、皆さんはどういう植物かご存じでして?」
「ガリクだと!? 命知らずな!」
カゲロウは盛大に眉を顰めて、声を荒げた。どうやらガリクが何か知っているらしいが、命知らずとはどういうことだろう。
「ヨボヨボの冒険者と貴族のお嬢様が手を出して言い代物じゃないぞ! 死にたくなかったらガリクは諦めて、とっとと帰るんだな!」
「カゲロウ、それはちょっと言い方が酷いんじゃない?」
俺が嗜めようとすると、カゲロウは鋭い眼光でこちらを睨む。
「ヒロはガリクがどのような場所に生えるか知らんからそう言えるのだ。いいか、ガリクは薫り高い植物……というより野菜に近いのだが、高級食材として取引されている。味や香りが良いのは勿論だが、採取の難易度が高すぎるのだ」
「採取の難易度が高い?」
「ああ、そうだ。ガリクはその辺に自生しているのではない。とあるモンスターの巣穴に生えるとされている。しかしそのモンスターがかなりの曲者でな。生半可な冒険者が相手にできるものではないのだが……おっと!」
その時、ダンジョンの壁の影から、赤い鼠が飛び出してきた。
先ほどカゲロウが討伐したモンスターの仲間だろうか。鼠は牙を剥き出しにすると、猛スピードで俺に飛び掛かってきた!
「うわぁぁぁぁ!」
ザシュッ!
俺が情けない叫び声をあげるのと、カゲロウが剣を抜くのが同時だった。
鼠は俺に噛り付く前に、カゲロウの剣によって胴体をまっぷたつにされ、赤い血をまき散らしながら地面に落ちていった。
「あぶねぇ。カゲロウありがとう。やっぱりダンジョンって危ないんだな」
「悠長なことを言っている暇はないぞ。レッドマウスは本来群れで行動し、ダンジョンのもっと奥に住んでいるモンスターなのだ。それがバラバラに行動して、こんなダンジョンの入り口近くにいるのはおかしいのだ」
「それは、つまり……どういうこと?」
俺が首を傾げると、カゲロウはレッドマウスの血がしたたる剣を構えたまま、周囲を伺った。横を見ると、クロジも目を見開き姿勢を低くして、臨戦態勢に入っている。
「つまり、レッドマウスは他のモンスターに襲われて逃げてきた、とうことでしょうか? そしてそのモンスターはこの近くにいる、と」
リタはカバンの紐をぎゅうっと握りしめて言った。
カゲロウは大きな耳をヒクヒクと動かしながら答える。
「そうだ。近いぞ……かすかだが、モンスターが這いずり回る音がする」
「は、這いずり回るって……! 一体なんのモンスターなんだよ!?」
「ヒ、ヒ、ヒロさん……! うしろ……!」
リタが俺の背後を指さし、口をパクパクさせながら、声にならない声で言った。
とても嫌な予感がする。相手を刺激しないよう、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには見たこともないほどに大きな大蛇が、大きな口を開けていた。
大人の背丈ほどもありそうな大きな口からは、ゆっくりと涎がしたたっている。
「ヒロ! 下がれ! 丸呑みにされるぞ!」
カゲロウの怒鳴り声が、なんだか遠くで聞こえる気がする。
動かなければ。早く逃げなければ。
そう思えば思うほど、足が動かない。息もできない。まるで蛇に睨まれた蛙そのものだ。
俺の命もここまでか——。覚悟を決めたその時、肩に温かさと重みを感じた。
……クロジだ!
クロジは俺の肩に飛び乗ると、小さな体で大蛇を懸命に威嚇した。
クロジが威嚇スキルを使うと、俺と大蛇の間の空気がブルブルと震えた。
「下がれと言っておるだろう!」
俺はカゲロウに抱きかかえられるようにして、後ろへと下がった。
カゲロウの腕の温かさを感じると、一気に生きているという実感わく。
心臓はバクバクと早鐘を打ち、俺の口からはハッハッと浅い息が漏れた。
「し、し、死ぬかと思った!」
「馬鹿者! クロジが威嚇していなかったら、とっくに丸呑みにされているぞ!」
「それにしても、なんなんだよ、あの蛇は!」
「あれこそが、レッドマウスを追いかけ回していた元凶だ。このダンジョンのヌシだろう。どうしてこんなダンジョンの入り口付近にいるのだ!?」
カゲロウは今まで見たこともないほどに焦っているように見える。
「カゲロウほど強い冒険者から見ても、この蛇ってヤバいの!?」
「本来なら吾輩クラスの冒険者が5人かかりくらいで討伐するモンスターなのだ! 冒険者は吾輩一人な上、お荷物の人間が4人と猫が1匹! 明らかに分が悪すぎる!」
カゲロウの喉からはかすかに唸り声が漏れている。
「ここは吾輩が食い止める! ヒロ以外の3人と1匹は、奥に向かって死ぬ気で走れ! 死ぬ気で走るんだぞ!」
カゲロウがそう言い終わらないうちに、ジュリアと爺やは走り出していた。リタもクロジを抱えると「また後で合流しましょう!」と言い残し、さっさと走っていってしまった。
俺はカゲロウにガッチリと体を抱えられたままなので、走るに走れない。
「なんで俺だけ逃げれないんだよォ!」
「馬鹿者! お前は吾輩と一緒に、この蛇を撒かねばならんのだ! さすがに吾輩一人でやりきれる相手ではない!」
いつになく焦っているカゲロウと共に、改めて大蛇と向かい合う。
閉じられた大蛇の口から覗く舌は、チロチロと不気味に動いている。
果たして俺は、この後無事に皆と合流できるのだろうか。
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4/18に【没落貴族は悪役令嬢のヒモになる】という異世界恋愛の短編も投稿しております。
暇つぶしにでも読んでみて下さいね!




