32 メウの階段
「なんて大きな階段なのニャー!」
クロジの驚きの声は入り口で少し響いたあと、大きな階段の奥へと吸い込まれていった。
「これが、メウの階段か……」
ザカリオの街中にあるダンジョンの入り口は、街のちょうど中心にあった。
商店街のようなにぎやかな通りを抜けると、いきなり地下に続く大きな階段が現れたので、俺は面食らってしまった。
「ダンジョンって、こんな街中にあるもんなんだな。ここからモンスターが出てきたりしないのか?」
「稀にそういうこともあるそうだが、ダンジョン近くで商売をしているのは元冒険者ばかりだそうだ。ほら、見てみろ。売っているものも、冒険者向けのものばかりだろう?」
カゲロウの指さす方を見ると、店の前には武器や防具、ポーションと思しきものがいくつも並べてある。中には携帯食料と思しきものを売っている店もあった。
「なるほど。店員が元冒険者だから、冒険者に便利なものも良く分かって売ってくれるし、万が一の時でもモンスターにも対応できるって訳か」
「そういうことだ」
「それにしても、大きな階段ですね」
リタは、ほうっと溜息をつきながら階段を眺めている。
地下に続いている巨大な階段はトンネルのような造りになっており、階段の両端にはところどころ松明がかかげられている。
しかし全体的に薄暗くて、なんとも言えない不気味さがある。
「人が十人くらい横並びになっても歩けそうな幅だな。相当大きい階段だ。この先がダンジョンなんだよな?」
俺が問いかけると、カゲロウは鋭い目つきでこちらを見た。
「油断するな。この階段に一歩足を踏み入れた瞬間から、そこはダンジョンなのだ」
カゲロウの言葉に、おれはゴクリと唾を飲み込んだ。ダンジョンという未知の存在に、俺の膝が細かく震える。
……こわい!
「さぁ、行きましょう!」
リタはそう言うと、俺の気持ちを知ってか知らずか、クロジを肩に乗せてさっさとメウの階段を降りていってしまった。カゲロウもそれに続く。
未知のダンジョンに恐れおののいているのは俺だけらしい。
「ま、待ってくれよぉ」
俺は情けない声をあげながら、へっぴり腰で階段を降りていった。
どこまでも続いているように感じた長い階段を降りて、開けた場所に出ると、そこから道は二手に分かれていた。
後ろを振り返ると、階段の入り口ははるか上のほうで小さく光っている。ああ、あの入り口から漏れてくる太陽光がすでに恋しい。
「ここのダンジョンとやらは、とってもジメジメしてるのニャ」
クロジが不満そうな顔で言う。
壁の両横からは地下水らしきものが漏れ出ていて、確かに湿度が高い。
「ここは地下ダンジョンで、風の通りも悪いからな。湿り気が多いのもやむをえんだろう」
カゲロウは慣れた様子で答えた。
「ねぇ、道が二手に分かれているけど、どっちに進むの?」
俺が問うと、カゲロウは腕組みをしてうーんと唸った。
「この先しばらく行くと、また道は合流するらしい。しかし、ギルドからの依頼もあるから両方探索した方がいいのだろうか……いや、連中は既に入り口近くのこの辺りは捜索済みだろうか……」
「ギルドからの依頼というと、私の兄が告発したという地図に書いていない隠し部屋のことでしょうか」
「うむ。果たしてどちらから捜索するべきか」
リタとカゲロウがどちらに進むか議論していると、突然クロジの耳がピクピクと動き出した。
クロジはリタの肩から地面に飛び降りたかと思うと、分かれ道の右側に少し進み、そこでまた耳をピクピクと動かした。
「おいクロジ、どうしたんだよ」
「ヒロ、少し静かにするニャ……どうもこっちの道の奥で、誰かの声がするのニャ……助けを求めてるのニャ!」
「おい、クロジ、待て!」
クロジは突然ハッとした表情になり、俺が制するのも聞かずに一目散に奥へと走り去ってしまった。
「リタ、カゲロウ! クロジが勝手に右の道に走っていったんだけど」
「あいつ、勝手な真似をしおって」
「とりあえず追いかけましょう!」
俺達はバタバタと走って、急いでクロジを追いかけた。クロジは意外に機敏だったようで、少し走った程度では全く追いつかない。
「クロジって、あんなに足が速かったのか!?」
「もしかしたら、昨日ポイズンビーの幼虫を食べて獲得した【高速移動】のスキルを使ってるのかもしれません! スキルを使用したとなれば、私たちの足で追いつくかどうか……」
「なるほど、新しいスキルを試すチャンスという訳だな」
カゲロウはニヤリと笑うと、「高速移動!」と唱え、目にも止まらぬスピードでダンジョン内を駆けていった。
「あ! カゲロウずるいぞ!」
「ずるいとか言ってる場合じゃありませんよ! 早くクロジに追いつかないと、いつモンスターに遭遇するか分かりません。クロジは戦闘スキルもそんなにないですし……ハァ、ハァ」
「これ、俺達いつ追いつけるの? ……だめだ、もう息が……ハァッ、ハァッ」
俺とリタは息を切らしながら懸命に薄暗いダンジョン内を走った。
最初は不気味に感じていたダンジョンも、もはや怖さよりしんどさが上回っている。
クロジには悪いがもうこれ以上走れない、と思ったその時。
「奥の方から、大きな物音がします!」
「まさか、クロジやカゲロウがモンスターと戦ってるのか!?」
ドン! ガタン!
ギィィィィ!
何かが衝突するような音と、モンスターの甲高い鳴き声が混ざって聞こえてくる。
ダンジョンの角を曲がると、ちょうどカゲロウが赤くて大きな鼠を真っ二つに切り裂いているところだった。
「遅かったではないか」
カゲロウは涼しい顔でそう言うと、剣を鞘に納めた。
「げぇっ! なにこの、でっかい鼠!! クロジの5倍くらいあるんじゃないの」
「レッドマウスだ。鋭い爪と長い牙を持った狂暴な鼠だ。まぁモンスターとしては下級だ。吾輩にとっては脅威にならん」
得意げに答えるカゲロウの後ろには、知らない人間が二人いる。
「その二人は?」
「俺様が助けてやった人間なのニャー!」
カゲロウの代わりに、満面の笑みを浮かべたクロジが答えた。
「ダンジョンの階段を降りたところで、二人が助けを求める声が聞こえたのニャ! それでここまで走って助けてやったという訳ニャ」
「む、モンスターを撃退したのは吾輩であろう。クロジはシャーシャーと威嚇していただけではないか」
カゲロウがむすっとして言う。
「にゃにおう!? 俺様が威嚇したおかげで、この人間たちは命拾いをしたのニャ! カゲロウが助けに来にゃくても、俺様だけでも撃退できたのニャ」
「ほう、では次は手を貸さないことにしよう」
カゲロウとクロジはお互いに睨み合っている。二人の間にはバチバチと火花が散っているようだ。
「それで、お二人は冒険者ですか?」
カゲロウとクロジを無視し、リタが尋ねる。見知らぬ二人のうち、若い女性の方が答えた。
「危ないところを助けて頂いてありがとうございました。私の名前はジュリア・ド・シモン。冒険者ではなく、貴族ですわ」




