31 クソデカはちのこ、キモすぎて俺には無理です
パチパチと炭が弾ける音を聞きながら、俺は途方に暮れていた。
目の前では、焼き台の上でポイズンビーの幼虫がこんがりと焼かれている。
周囲は香ばしい匂いにつつまれ、リタはヨダレを垂らしながらうっとりしている。人によっては珍味として有難がるのだろうが、俺は虫なんて食べたくない。
「……やっぱり、食べないとダメ?」
「ヒロさん、好き嫌いはだめですよ! めっ!」
リタは幼い子を叱るように、人差し指で俺のおでこを優しくつついた。
「ううう、でもやっぱり虫なんて、食べたくないんだが……」
カゲロウがギルドからポイズンビーの幼虫を持ち帰ったあと、俺達は街はずれの開けた場所に出て焼き台を組み立て、幼虫を食べるための準備をした。
焼き台を組み立てて炭を起こすのは勿論俺の仕事だが、幼虫を網の上に並べるのはカゲロウにお願いした。本当に虫を触りたくないのだ。
「俺のことはいいからさ、みんなで食べてくれよ」
「ダメです。クロジだって、市場で食べた果物で新しいスキルを習得したんです。私たちだってポイズンビーの幼虫を食べることで、新たなスキルを習得できるかもしれないじゃないですか」
「じゃぁ俺だって、果物を食べてスキルを習得したいんだけど!!!」
一連のやりとりを黙って見守っていたカゲロウが口を開いた。
「諦めろ、ヒロ。クロジが果物を買ったという店は、ポイズンビーの襲撃で屋台を壊されたって話じゃないか。それにポイズンビーの幼虫は、珍味として名高いのだぞ? お前も料理人なら色々な食材の味を知っておくべきではないのか?」
「うぐぐ……」
「そろそろ焼けたのニャ? 早く食べるのニャー!」
各自の皿に、焼けた幼虫を乗せていく。カゲロウとクロジはそのままガブリと噛り付き、リタはナイフとフォークで器用に切り分けて食べている。
「うむ、なかなか美味いな」
カゲロウは目を閉じて、じっくりと味を向き合っているようだ。
「ねっとりしていて美味しいのニャ」
「なんか、甘さの中にわずかな苦みがあって……木の実のような香りもするような」
皆それぞれに珍味を楽しんでいるようだが、俺は各々の感想を聞くだけで鳥肌がたつ。
「やっぱ俺は食べれな……むぐっ!」
その時、リタが俺の口にフォークをつっこんだ。
むぐ、むぐ……ごくん! 俺は口に入れられたものを二回咀嚼すると、まだ大きいその塊を一気に飲み込んだ。
口の中に、ねっとりとした食感と、ナッツのような香ばしさが残った。
「なぁリタ、いま俺の口に入れたやつって……」
「幼虫を焼いたやつです。ヒロさん、食べられるじゃないですか」
「ううううう! 不意打ちなんて卑怯だァッ! 訴えてやる!」
「うるさいのニャ。ところで、スキルとやらは増えたのかニャ?」
クロジが首を傾げる横で、カゲロウが怪訝な顔をしている。
「本当に食べ物でスキルが増えるのか? そんな話は聞いたことがないが」
「俺もこっちの世界のことはよく分からないんだが、食べ物を食べたあとにスキルが増えてることがあるんだ。でも先日クラーケンを食べた後は変化なかったし、どういう条件でスキルが増えているのかは、俺にも分からないんだ」
俺はまだ唇に幼虫のエキスがついているような気がして、服の袖でごしごしと口元をこすった。
「まぁ、ものは試しだ。みんなそれぞれステータスを確認しようぜ。ステータスオープン!」
そう言って俺が自分のステータスを確認すると、ステータスウインドウに新しい文字が浮かびあがっていた。
「新しいスキルだ! ええと、なになに……『仕入れ運搬』? なんだコレ」
リタは焼き台の上に手を伸ばし、幼虫のお代わりを皿に乗せながら答えた。
「もしかしたら、運搬系のスキルかもしれません。うちの兄が似たようなスキルを持っていますが、うちの兄は自分の体重と同じくらいの重さまでなら、軽々と持ち運べると言ってました」
「なるほど! それは便利そうだ。他のみんなは?」
俺がぐるりと見渡すと、全員何かしらスキルを獲得したようで、それぞれの顔には驚きや喜びが滲んでいる。
「私は、『ヒール』がレベル2にアップしました! それに『安眠』っていうスキルが追加されています。よく寝られるのでしょうか。普段は使いどころがなさそうですが、どうなんでしょう」
「吾輩は『高速移動』というスキルが増えているな」
「俺様もカゲロウと同じスキルなのニャ!」
皆それぞれ新たなスキルを獲得したようだ。そのスキルが今後どう役に立つかは分からないが、とりあえずは苦手な虫を食べた甲斐があったというものだ。
「それにしても信じられん。食べ物を食べるだけでスキルが増えるとは……。普通は、自分に適正のある職業に就いているうちに増えるものなのだが」
「へぇ、そうなのか」
「吾輩もまだまだ知らないことがあるようだ。よし、特定の食べ物を大量に摂取した場合に、取得スキルに変化があるかどうかも試してみよう」
カゲロウは意気揚々と焼き台に手を伸ばし、こんがりと焼けたポイズンビーの幼虫を次々に自分の皿に乗せた。
「もちろん、ヒロも食べるのだぞ」
「いやッ……俺は遠慮しておく……って、ああ!」
俺が断りの言葉を言い終わらないうちに、カゲロウは俺の口に幼虫を押し込んだ。
笑っているカゲロウの大きな口から、鋭い牙が意地悪くのぞいている。
小一時間もすると、あんなに大量にあったポイズンビーの幼虫は、きれいさっぱり皆の胃袋に収まった。
「うむ、なかなか美味だった」
満足そうなカゲロウの横で、俺は放心状態で小さくなって座っていた。もう虫は食べたくない、もういやだ、とブツブツ呟いていると、カゲロウがおもむろに立ち上がった。
「さて、明日はついにメウの階段に向かう訳だが」
「メウの階段って?」
カゲロウはコホン、と咳払いをすると、真面目な様子で話し始める。
「この街のダンジョンのことだ。メウの階段と呼ばれる、巨大な階段を地下に降りた先にダンジョンがあるのだ。そこまで高レベルのモンスターが出る訳ではないが、各自気を抜いてはならんぞ。ゲルセミウムを追う手がかりもあるかもしれんからな」
ゲルセミウム、という単語が出た瞬間、リタの顔が固くなった。
「各々、今日はゆっくりと休み、明日の朝一番にメウの階段の前で合流しよう。吾輩はこの街で情報収集もしたいから、ここから明日の朝までは別行動とさせてもらう」
俺達は無言で頷いた。
俺はこの世界に来てから、今まではどこか遠足の延長のような気持ちでいたような気がする。もちろん、命を懸けた戦闘も何回もあったが、それでも自分たちの置かれている状況をそこまで深刻にはとらえていなかった。
しかし、今の俺と仲間たちは、ゲルセミウムという反社会的組織が作り出した渦に少しずつ足を絡めとられている気がしてならない。
俺は自分の家族をゲルセミウムに取られた訳ではないし、ここで離脱することだってできるだろう。けれど、元の世界に戻るためには、仲間たちとこのまま突き進むのが最善なような気がするのだ。
「頑張るしかないよなぁ」
俺は心の中で言ったつもりが、思わず独り言のように口から発せられていた。
リタはこちらを見て、強く頷く。
そして翌朝。
俺達三人と一匹の前には、見たこともないほどに巨大な下り階段がある。
その階段は大きな口を開けるかのように、俺達を不気味に誘っていた。




