30 意外に役立つクロジの威嚇
「クロジ! 何やってるんだ! お前じゃポイズンビーには勝てない、早く逃げるんだ!」
俺の声が聞こえないのか、クロジは店主とポイズンビーの間に立ったまま微動だにしない。
「おい、クロジッ……」
俺が再度声をかけようとしたその時、クロジはおもむろに口を開いたかと思うと、牙を剥き出しにした。
「シャァァァァァ!!!!!!」
クロジはポイズンビーに向かって威嚇した。
クロジのようなただの猫が威嚇したところで、ポイズンビーが怯むはずはない、と思ったが。
牙を剥いたクロジの口とポイズンビーの間の空気がわずかに震えている。
空気が震えるのに伴って、ポイズンビーがふらふらと酔っぱらったような動きをはじめた。
ポイズンビーは右へ左へとふらふら飛んだ後、ゆっくりと地面に近づいていった。
「ヒロ! 今ニャ!!!!」
ポイズンビーの動きに気を取られていた俺は、クロジの声ではっと我に返った。
「しょ、【食材確保】!」
俺の右手から放たれた網は、今度こそポイズンビーを絡めとった。
網のなかでポイズンビーがじたばたともがいている。
「もう一匹来ます!」
リタの声の方を見ると、さっきとは別のポイズンビーが猛スピードでこちらに近づいてきていた。
「ヒロ! もう一度俺様が威嚇するから、そしたらお前は網を出すのニャ! いくぞ、シャァァァァァ!!」
もう一匹のポイズンビーに向かって、再びクロジが牙を剥き出しにして威嚇した。すると、やはり先ほどと同じようにポイズンビーがふらふらと飛び始めた。
このスピードなら、俺のスキルでも確保できそうだ。
「【食材確保】!」
無事に2匹目のポイズンビーも網に絡めとることができた。
ポイズンビーが地面に落ちると同時に、周囲からわぁっと歓声があがった。
「そこの兄ちゃん、よくやった!」
「猫もよくやった!」
俺は周りの人々から次々に肩を抱かれ、称賛と礼の言葉をもらった。
食べ物を扱う屋台の人は、お礼にといって次々に食べ物を分けてくれた。これで今日の昼飯には困らなさそうだ。
もらった食べ物を両手に抱えてクロジのところに向かうと、クロジは雑貨屋の店主にちゃっかりと抱っこされている。
「本当にありがとう、猫ちゃんはアタシの命の恩人だよ」
店主が礼を言うと、クロジは満足そうに目を細めた。
「お手柄だったな、クロジ。それにしても、さっきみたいに威嚇してモンスターを弱らせるなら、倉庫にいる時からやってくれれば良かったのに」
「倉庫にいる時から、クロジはポイズンビーに威嚇していましたよ。でも先ほどのような効果は無かったような……。クロジ、『ステータスオープン』って言ってみてもらえますか?」
リタに促され、クロジは店主に抱かれたまま「ステータスオープン!」と言った。クロジは目の前に現れたウィンドウを見ているが、開いた本人にしか読めないようで、俺には何が書いてあるのかさっぱりわからない。
「なんか色々書いてあるけど、意味が分からないのニャ。【異種間言語理解】と【威嚇 Lv.1】 って書いてあるのニャ」
異種間言語理解は元々持っていたスキルのはずだ。馬車の乗客で鑑定スキルを持ったおばさんが教えてくれたから、間違いないだろう。
「じゃぁ、【威嚇】っていうスキルを新たに獲得したということでしょうか? でも倉庫からここに来るまでの間にどうしてスキルを獲得できたんでしょうか……あ、もしかして!」
「リタ、何か思い当たるフシがあるのか?」
「クロジが食べた果物が原因じゃないでしょうか?」
俺は先ほどの果物屋台で買った果物のことを思い出した。確か黄色くて、リンゴに似た果物だったような。果物を食べるだけでスキルが獲得できるというのか? 相変わらずこの世界のスキルのシステムはよく分からない。
「ほうら、やっぱり先に食べておいて良かったのニャ。これからも俺様の言うことはよく聞くようにニャ」
クロジは得意げな顔でこちらを見ている。なんとなくムカつくのは俺だけだろうか。
「じゃぁ、俺とリタもあの果物を食べれば【威嚇】スキルを身に着けられるってことか?」
「そうとは限りません。コカトリスを食べたあと、ヒロさんと私で習得スキルが違ったように、その人の職業によって習得できるスキルは違うんだと思います。もちろん、他のスキルを習得できる可能性はありますから、後で食べてみてもいいですよね」
なるほど。食べ物によるスキル習得は奥が深そうだ。
その時、雑貨屋の店主が言った。
「それにしても、アンタたちと猫ちゃんのおかげで助かったよ。まさかモンスターが出るなんてね。助けてもらったお礼といっちゃなんだが、お嬢ちゃん、さっき見てたカバンならタダであげるよ!」
「え、いいんですか!」
「ああ、もちろんさ。本当はこの猫ちゃんに魚でもプレゼントしてやりたいところだが、うちの店には食べ物がないんでねぇ。猫ちゃんの飼い主さんにプレゼントだよ」
「飼い主さん、じゃないのニャ!」
「おやまぁ、この猫ちゃん喋るのかい!? さっき喋ってると思ったのは聞き間違いじゃなかったのかい」
店主は目を丸くして言った。
「むしろ、この人間たちは俺様という可愛い猫ちゃんのお世話係なのニャ。お世話させてあげてるのニャ。決して飼い主ではないのニャ。上下関係はちゃんと分かっていてほしいのニャー」
クロジは早口でそういうと、店主にぐりぐりと頭をこすりつけて甘えた。
「ひょうきんな猫ちゃんだこと」
店主はカラカラと笑った。
その時、店の影から両手に大きな袋を抱えたカゲロウがひょっこりと現れた。
「先ほどこちらの方から大きな音が聞こえたが、何かトラブルか? もう解決したのか?」
「カゲロウ! 聞いてくれよ、倉庫で取り逃がしたポイズンビーが現れたんだよ。戦闘スキルのない俺達だけで対処するのは大変だったんだぜ。なんでこんな時にいないんだよ」
俺が半ば八つ当たりのように文句を垂れると、カゲロウは「すまなかったな」と言いつつ、全くすまなく思っていなさそうなそぶりで言った。
「でもポイズンビーは駆除できたんだろう? それならいいではないか。吾輩は冒険者ギルドのほうにちょっと用事があってな」
カゲロウはニヤリと笑うと、意味ありげに抱えていた袋を持ち上げた。
「用事って何?」
「これだ。ギルドの職人に取り出してもらったのだ」
そういってカゲロウが袋を広げると、中にはなにやらクリーム色の物体が詰め込まれている。
「キャッ! これ、幼虫ですか!?」
横から覗いたリタが小さな悲鳴をあげ、盛大に顔をしかめる。
「そうだ。これはポイズンビーの幼虫だな。倉庫の奥に巣があっただろう。あれに入っていたやつだ。焼くと美味いし、珍味としても重宝されている。栄養価も高くて……」
「無理無理無理無理!!!!!」
カゲロウの説明をぶった切って、俺は悲鳴に近い声をあげながら首を横に振った。
「俺、虫とか絶対食べたくないから!」
「しかし、明日ダンジョンに潜るともなれば、精をつけねばならんだろう。ヒロは虫型モンスターを食べたことはないのか?」
「ない! そして今後も食べない! 絶対イヤだ! 断固拒否!」
「好き嫌いは良くないのニャ。まぁ見た目はグロいけど、俺様は食べてあげてもいいのニャ」
「わ、私も食べてみます。もしかしたら新しいスキルを獲得できるかもしれませんし、ダンジョンに潜る前にできる限りの準備はしたいですしね」
俺以外の二人と一匹の視線がいっせいにこちらへ注がれる。
「そういう訳だ。ヒロ、調理をよろしく」
カゲロウはポイズンビーの幼虫がたんまりと入った袋を俺に押し付けた。
袋はずっしりと重い。キモい。
俺は空を見上げ、この世界に来て初めて、料理人という自分の職業を呪った。




