表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/62

29 ポイズンビー、ふたたび

 商業ギルドに着くと、ダンジョンへ潜るための手続きは驚くほどアッサリと終わった。


「こんなにアッサリしてていいの? ダンジョンって危ない所だろうし、もっと厳重に手続きとかするんじゃないの!?」


 俺が驚きを隠せずにいると、受付の向こうでサンドラが微笑んだ。


「本来、ダンジョンに潜るだけなら申請は要りませんからねぇ。今回は商業ギルドから、『地図に記載されていない隠し部屋の捜索』という名目でお願いしているため、多少の書類のやり取りがあるだけなんですぅ。ま、実際はゲルセミウムが使用しているであろう、いわばアジトに近い部屋の捜索なんですけどぉ」


「その、リタのお兄さんが言っていた魔石の受け渡し場所って、アジトなのか?」


 サンドラは少し眉を寄せ、困ったような顔をした。


「アジトと決まった訳ではありません。魔石を隠しておいたり、あるいは回収するだけの小さなスペースかもしれません。ただ、告発時のアルバンの口ぶりだと、そんな小さなスペースではなさそうなんですよねぇ……まぁ、とにかく一回捜索してきてください」


 サンドラは「では」と言い残すとそのまま受付の奥へと引っ込んでしまった。


「ダンジョンなんて不安だ。不安しかないッ……」


「ふふ、ヒロさんは意外と心配性なんですね。今までだって、なんとかなってきたんですから。ダンジョンだってなんとかなりますって!」


 リタは明るく言うと、俺の背中をバンと叩いた。痛い。

 カゲロウも不安な様子は一切なく、軽い調子で言った。


「この街のダンジョンは、そもそも高ランクのモンスターはほぼ出現しないとされている。お前らのような非力な人間でも死にはしないだろう。ただし、ちゃんと準備するのは大切だ。リタはカバンすらないのだろう? ダンジョンに潜るのは明日にして、今日は装備を整えるといい」


 カゲロウはいい終わると「この後行くところがある」と言って、足早に商業ギルドから出て言ってしまった。


「そうと決まれば、私たちも買い物に行きましょう!」


「そうニャ! サンドラが蜂を倒したご褒美にお金をくれたから、それで美味しいものを食べるのニャ!」


「ご褒美のお金じゃないよ。ポイズンビー駆除の謝礼金な。それにしても、リタのカバンも買わないといけない上に、カゲロウが装備を整えろって言ってた……また金が飛びそうだな。何を買えばいいんだろう」


 商業ギルドで手続きを済ますと、すっかり昼になっていた。

 街中はますます賑わいを増し、人々の楽し気な声にまじって美味しそうな匂いも漂ってくる。

 匂いに誘われて石造りの建物が並ぶメインストリートを進むと、大きな広場に辿り着いた。


「でっかい広場ニャ! 見ろ、食べ物の屋台がたくさん並んでるのニャ!」


 喜色満面のクロジが前足で指した先には、色とりどりの看板を掲げた屋台がズラリと並んでいる。

 看板に書かれたこの世界の文字は読めないが、店先に並べられた果物や野菜たちを見る限り、ここは市場のようだ。


「ヒロさん見てください! 珍しい果物がこんなにたくさん!」


 リタはキラキラと目を輝かせている。

 店先の箱には輝くような赤色の果物や、やたらと大きなカブのような野菜など、ワクワクするような品物が所狭しと並べられている。


「あれもこれも買ってほしいのニャー! 食べたいのニャ!」


 クロジは俺の肩に飛び乗ったかと思うと、大きな声で駄々をこねはじめた。まるで幼児だ。


「うるさい! リタのカバンを買うのが先だろう!」


 実は俺、商業ギルドにいた頃から、なんだか体がだるいのだ。ここ数日の疲れがピークに達しているのかもしれない。


 クロジの我儘は一旦無視して、ここは先に用事を終わらせてしまいたい。これから旅を続けるにしても、この街で全ての用件が済んでアーカシに帰るとしても、リタのカバンは絶対に必要なのだ。


「嫌なのニャー! ヒロのけちんぼー!」


 クロジが喚いていると、屋台の店員が不審な目を向けてきた。


「喋る猫……? もしかしてモンスターかい?」


「い、いえ! モンスターではないんです! これは、人間の言葉を喋るスキルのある猫ちゃんでして」


 リタがしどろもどろに説明すると、店員の顔はますます険しくなってきた。


「スキルを持った動物だなんて聞いたことがないよ。本当にモンスターじゃないのかい?」


「め、珍しいですよねー! あ、美味しそうな果物だなぁ。一個ください」


 馬車の乗客も言っていたが、この世界にも喋る動物はいないらしい。クロジは相当稀な存在なのだ。

 これ以上不審がられる前に、早くこの店から去ったほうがいい。


 俺は急いで果物を一つ買うと、クロジの口にむんずと押し込み、そそくさと店を後にした。


「人前でわぁわぁ喚くな! さっきの店で不審がられたじゃないか!」


 俺がクロジを睨むと、クロジは涼しい顔をしている。


「さっさと食べ物を買ってくれないヒロが悪いのニャ。これからも食べ物を買ってくれないと、大きな声で喋ってやるのニャ! 不審がられたりモンスターと間違われても、俺様は困らないのニャー」


「モンスターを街中に持ち込んだって勘違いされたら、俺達が困るんだよ! だいたい、クロジだってモンスターと間違われて駆除されたくないだろ」


「じゃぁ俺様が買ってっていったら、すぐに食べ物を買うのニャ。人間のくせに猫ちゃんより自分の用事を優先しようだなんて、おこがましいのニャ」


 クロジは偉そうに言うと、優雅に毛づくろいを始めた。なんて我儘で偉そうなんだろう。

 俺の中の猫への好感度がぐっと下がるのを感じた。


「まぁまぁ、クロジのお腹も膨れたようですし、次はカバンを買いに行きましょう」


 リタにたしなめられ、俺たちは再びカバンを売る店を求めて歩きだす。

 しばらく歩くと、市場の中に雑貨を扱う店を見つけた。ベルトや靴に混じって、肩からかけれそうなカバンもいくつか売っている。


「ここのお店なんか、いいんじゃないでしょうか」


「いらっしゃい。おお、可愛い黒猫ちゃんだこと」


 商品を手に取って眺めているリタの横で、クロジが店主に撫でられている。

 クロジは黙ったまま、ごろごろと喉を鳴らした。

 この雑貨屋は小さな屋台だが、天井からも横の柱にも色々な商品が吊ってあり、品揃えは良さそうだ。


「値段も高くないですし、丈夫そうです。これにしようかなぁ……って、なんかブンブン音が聞こえませんか?」


「音……?」


 耳を澄ますと、どこからか聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。

 羽音が大きくなるにつれて、人の悲鳴も聞こえてくる。


「まさか、ポピズンビーか!?」


 リタと目が合う。彼女の顔が引き攣っている。


「先ほど倉庫の前で取り逃がした個体がいたってことですか!?」


 俺たちが周囲を警戒していると、屋台の影から二体のポイズンビーが飛び出してきた。


「くそ! 朝に引き続いてまたモンスターかよ!」


 俺が悪態をついている間にも、ポイズンビーはその尻についた大きな針で周囲の屋台の幌を次々に切り裂き、おまけに針の先から毒までまき散らしはじめた。毒がかかった屋台から煙があがる。


「きゃぁ! こっちにこないでぇ!」

「ひいいい、助けてくれぇ!!」


 逃げ惑う人々の悲鳴が響く。こんな時に限って、頼りのカゲロウはいない。


「もうヒロさんが頑張ってあのポピズンビーを倒すしかありませんよ!」


「そうニャ! お前が頑張るのニャ!」


「他人事みたいに言いやがって! くそ、炭おこし……は、やめておこう。人通りの多いここで煙を発生させたら、余計にパニックになるかもしれない。ええい、【食材確保】!」


 俺は右手を掲げてスキルを唱えたが、すばしっこいポイズンビーに当たることなく、網は地面にパサリと落ちた。


「【串うち】! 【食材確保】! 【串うち】! くそ、当たりっこない!」


 その時、一匹のポイズンビーが逃げ遅れた女性を威嚇していた。先ほどクロジを撫でてくれた女店主だ。

 ポイズンビーの尻にある大きな針で、店主は今にも突き刺されそうな勢いだ。


 もうだめか、と思ったその時。

 店主とポイズンビーの間に、黒い小さな影が立ちはだかった。


「もしかして……クロジ!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ