27 突破口は煙
「ゲホッ、ゲホッ。どうしてこの一帯はこんなにも煙たいのだ」
こちらに駆け付けたカゲロウは、腕で口元を覆うと盛大に顔をしかめた。
「この煙たさこそが突破口なんだ。俺たち、ポイズンビーの動きを鈍らせる方法を見つけたんだ!」
「ほう、聞かせてみろ」
先ほどまでのいきさつをカゲロウに説明すると、彼は煙が苦手なのか、顔をしかめたまま大きく頷いた。
「炭で煙を発生させるとは考えたな。確かに、虫型モンスターの駆除剤の中には煙を発生させるものもある。その応用といったところか。ただこれだけの煙と匂いが出ると、獣人の吾輩にはキツすぎる。短期決戦といこう。おいヒロ、お前のシャツを貸せ」
カゲロウは俺の着ていたシャツを剥ぎ取ると、おもむろに自身の鼻と口を覆った。
「服で口元を覆っても煙が目に染みるな。しかし、やむを得ん。ヒロ、ポイズンビーの巣がある倉庫内で煙を発生させろ。奴らの動きが鈍ったところを、吾輩がまとめて駆除する」
「分かった。俺は煙を発生させるだけでいいんだよな?」
「愚か者! 倉庫内から逃げ出した個体がいたら、お前が駆除するなり捕獲するなり対応するのだ!」
「そんなぁ! 俺は冒険者じゃないのに! もうモンスターとは戦いたくない!」
俺が駄々をこねると、カゲロウは冷たい目でこちらを一瞥した。
「戦いたくないのならそれで構わない。そのままモンスターの餌になっておけ」
「それは嫌だぁ!」
「ヒロさん、私もこの棒で戦います! 一緒に頑張りましょう!」
リタに力強く励まされ、俺はしぶしぶ戦うことに了承する。
それからすぐに、倉庫の入り口と内部の、併せて10か所ほどで炭起こしのスキルを発動した。倉庫内があっという間にもうもうとした煙で埋め尽くされる。
「カゲロウ、これでいいんだよな?」
「うむ」
見ると、カゲロウは目を閉じて剣を構えている。
「目を閉じて、精神統一でもしてるの?」
「たわけ! こんな煙の中で目を開けられる訳がないだろう。獣人は聴覚に優れている。倉庫内では目を閉じたまま、聴覚のみでポイズンビーの羽音を捉え攻撃するのだ」
「そんな芸当が可能なのか? さすが犬……いや獣人」
「狼だと言っておろうが! では行くぞ。入り口から逃げた個体はお前達に任せたぞ!」
カゲロウはそう言い残すと、煙のうずまく倉庫内へと飛び込んで行った。
間もなく倉庫内からはドン! とか ガラガラ! とか大きな音が聞こえてきた。きっとカゲロウがポイズンビー相手に奮闘しているのだろう。
「ヒロさん! 入り口から数匹逃げてきましたよ!」
「もう嫌だぁ! 【食材確保】!」
もうモンスターと戦うのはこりごりだと思ったが、倉庫内に充満した煙のおかげか、入り口から逃げ出してきたポイズンビーたちはいずれも動きが鈍い。
おかげで俺は簡単にスキルを当てることができ、リタの奮闘もあり無事に全ての個体をその場で倒すことができた。
なんとかポイズンビーとの死闘に終わりが見えてきた——と思った時、大きな社屋があった方角から偉そうな男が近づいてきた。
「一体、なんの騒ぎなんだね!?」
その男は後ろに複数の男を従えている。その中には、先ほど俺達が助け出した、倉庫内で働いていた男も交じっていた。
「社長! あいつらです、あいつらが来たせいでポイズンビーが倉庫内に現れたんです!」
「何ィ!? お前たち、ここで何をしている!!」
社長と呼ばれた偉そうな男は、顔を真っ赤にさせながらこちらへと近づいてくる。
「俺達が来たせいでポイズンビーが現れたんじゃない! 俺達は、倉庫内でその男性がポイズンビーに襲われてたのを助けただけだ!」
俺は必死に説明したが、男達は聞く耳を持たない。
「こ、こいつらの仲間に獣人もいるんです! あの獣人がモンスターをおびき寄せたに違いありません!」
獣人と聞いて、男達の顔が一気に引きつった。獣人差別はこれほどまでにひどいのか。
「にゃにおう!? お前、カゲロウに助けてもらっておいて、なんて言いぐさニャ!」
「喋る猫だと!? こいつもモンスターか? こいつら全員捕まえるんだ!」
社長が怒鳴り、男達が今にもこちらに飛び掛かろうとしたその時。
ズル、ズル、ズル。
重い物を引きずるような音と共に、カゲロウが倉庫の中から現れた。
ズル、ズル、ズル。
「カゲロウは何を持っているんでしょうか?」
リタが首を捻る。
だんだんと煙が晴れてくるにつれ、カゲロウが何を引きずっているのかが見えてきた。
「ポイズンビーか……? それにしては大きすぎないか!?」
カゲロウは俺と社長たちの間まで来ると、そこにドサリと特大サイズのポイズンビーを投げ捨てた。
あまりの大きさに、顔を引き攣らせた社長たちが後ずさりする。
「ポイズンビーの女王蜂だ。こいつが倉庫の中で立派な巣を作っていたのだ。先ほど俺達がポイズンビーを連れてきたと言っている声が聞こえてきたが、こんな大きさのやつを連れてこれる訳がないだろう。おおかた、倉庫内の箱にくっついていたポイズンビーが巣を作り、それがここまで大きくなったのだろう」
「そんなバカな! 倉庫内はちゃんと温度管理もされている! 虫型モンスターが繁殖できる訳がない! 獣人め、でたらめを言うなら駐屯兵に突き出してやる!」
社長は顔を真っ赤に染め、唾をまき散らしながらわめいた。
「温度管理だと? 最初にポイズンビーを発見した時から、倉庫内は生ぬるい温度だったぞ。こういった物流倉庫は氷の魔石と風の魔石で温度管理をするのがセオリーだが、どちらの気配もなかった。本当に温度管理されていたのか?」
カゲロウがそう言うと、最初に彼に助けられた男の顔がみるみる青くなっていった。
「貴様、何か知っておるのではないか!?」
カゲロウがその男に詰め寄ろうとしたその時、俺達の間に気だるそうな美女が割り込んできた。
「はいはい、そこまで~。商業ギルドの者でぇす。倉庫内でモンスターが発生したって通報があったもんんでぇ、冒険者ギルドに依頼して冒険者も連れてきたんですけどぉ。必要なかったかしら?」
「ポイズンビーならもう駆除した。しかし、モンスターを連れ込んだのは吾輩たちだと言いがかりをつけられている。助けてほしい」
カゲロウがぐるる、と歯を剥き出しにする。
「あらぁ、獣人さんだなんて珍しいのねぇ。さっきのあなたたちの会話を聞いてたけど、いくら獣人が力持ちとはいえ、ポイズンビーの女王蜂や大群を連れてくるのは無理だわね。ところで、最近この会社で、氷と風の魔石を横流ししてるっていう内部告発があったんだけど、もしかしてあの倉庫に使われるはずのものだったのかしらん?」
商業ギルドの女性がちらりと視線を送ると、先ほど青い顔をしていた男の顔色は、青を通り越して白くなっていた。
「この男の人が何か知ってそうねぇ。商業ギルドまで来て、お話を聞かせてくれるかしら。あとは杜撰な温度管理によって市街地でモンスターを大量発生させた件で、社長さんにもお話聞かなくっちゃねぇ」
「何を言う!? 私は何も知らない!」
「知らないったって、あなたの会社の倉庫でモンスターが繁殖しちゃったんだもの。責任は取らなきゃ。この獣人さん達が駆除してくれなかったら、今頃アンタの社員たちは蜂の餌よ」
社長はワナワナと唇を震わせた。
商業ギルドの女性はこちらを向いて言った。
「商業ギルドのサンドラでぇす。この度はモンスター駆除にご協力頂きありがとうございました。多分、今回のモンスター発生は、ここの社員が倉庫内の温度管理に使う魔石を横領して横流ししたことで、倉庫内でモンスターが繁殖しちゃったのが原因だと思いまぁす。なのでアナタたちには責任ありませぇん。寧ろ駆除してくれてありがとうごさいまぁす」
「あのまま放っておく訳にもいかなかったのでな」
カゲロウはフンと鼻を鳴らした。カゲロウはぶっきらぼうだが、トラブルを見て見ぬフリはできないタイプらしい。意外と面倒見も良さそうだ。……俺には厳しいけど。
「あとでギルドからポイズンビー駆除の謝礼金が出ますからねぇ。あと、素材は全部ギルドの買い取りでいいですかぁ?」
「構わん。それよりも、聞きたいことがあるのだが」
カゲロウはそう言うと、リタの背中をトンと押した。リタはカゲロウに押し出されるようにして一歩前に出た。
「あの、私たち、私の兄を探すためにここに来たんです。2か月ほど前から連絡がつかなくて……。話を聞きたいので、社員の人に取り次いでもらえませんか?」
サンドラは人差し指を口元にあて、「うーん」と首を傾げた。
「2ヶ月前ねぇ……もしかしてぇ、その兄って、アルバンのことだったりするぅ?」




