24 兄の恋人
やっとザカリオに到着した俺たちは、見事な獣人差別により夕飯の店選びに難航していた。
店に入りたくても、獣人のカゲロウを連れていると門前払いをくらってしまうのだ。
「本当に、なんなんですかあの店は! 失礼にも程がありますよ」
先ほどの店員の冷たい態度に、リタは語気を強めた。
しかし、カゲロウは慣れっこのようで「いつものことだ」と事もなげに言って先に歩きだす。
「いつものことって、カゲロウはいつもこんな態度を取られてるのか?」
「そうだ。こっちの大陸に来てから数週間経つが、ずっとこの調子だ。アニーマ大陸にも非獣人差別はあるが、ここまで酷くはない。まぁ、弟を探し出すまでの我慢だ。これくらい、どうってことないさ」
「人間は愚かニャ」
「獣人差別がここまでとは思いませんでした。どこのお店なら入れるのでしょうか……」
俺とリタとクロジだけなら店探しには苦労しないだろう。
けれど、ラズカータからここまでの道のりの間に、カゲロウはすっかり俺達の一員になった。少々不愛想だが、話してみると意外と面白いやつだ。
カゲロウ抜きで夕飯を食べるという選択肢は、俺にはない。
「大通りの店はだいたい無理だと思った方がいい。だが、裏通りの店なら大丈夫だ。少し治安の悪そうな通りだとなお良しだ。客も後ろ暗い奴が多いのか、俺のように差別対象の奴が入ってきても、店員も客も何も言わない。金さえ払えば許される店もある。こっちだ」
カゲロウはそう言って、表通りから細い道に入り、さらにその先にある細い小道へと入っていった。
その道は大通りと比べて明らかに照明の数が減って薄暗く、またいたるところに人が座り込んでいる。
酔いつぶれている者もいれば、うずくまってブツブツと独り言を言っている者もいる。
「ちょっと治安が悪そうですねぇ……」
リタの、俺の服の裾をつまむ手に力が入る。
その時、何かが割れるすさまじい音と共に、二人の男が喧嘩をはじめた。
「こっち見てんじゃねぇ!!!」
「なんだとぉ!?」
殴り合い、蹴りあいの凄まじさに、思わず後ずさりする。
しかしカゲロウは「うん、ちょうどいいだろう」と涼しい顔で言うと、その男達が喧嘩しているすぐそばの店へと入っていった。
「……いらっしゃい」
店に入ると、覇気のない男の店員が空席を顎でしゃくった。そこに座れということだろう。
店内もやはり暗く、明らかにガラの悪そうな客が何組もいる。また、周りの客たちは俺達を値踏みするような視線を遠慮なく送ってくる。正直、気持ちの良い空間ではない。
「なかなか治安の悪そうな店だな」
「俺のような獣人が入れる店といったらこんなものだ。その代わりといっちゃなんだが、ここでの支払いは吾輩がもってやろう。先ほどの馬車の乗客からいくらか駄賃をもらったのでな」
「そういえば護衛代をもらってたね」
そのあと覇気のない店員が運んできた食事は、意外にも味は良かった。
俺たちがしばらく料理に舌鼓を打っていると、隣の席から女性の泣きわめく声が聞こえてきた。どうやら酒に酔っているらしい。
「アルバンが姿を消して、もう2か月も経つのよ! おかしいと思わない? 今までこんなに長い間連絡をよこさないことなんてなかった! いくら仕事だからって、こんなことありえない! 絶対に事件か事故に巻き込まれたんだわ、そうに決まってる!」
女性はそう捲し立てると、またおいおいと泣きだした。
「アンタがアルバンに振られただけなんじゃないのぉ? アルバンってば、いい男だから女なんてよりどりみどりよ。今頃、他の女とよろしくやってるんじゃないの。アンタもあの男のことは忘れなさいよ」
「そ、そんなぁ」
その女性たちの会話が聞こえてきてから、食いしん坊のリタの手が止まっている。
同じ女性として会話が気になるのだろうか。
「リタ、どうした? 食べないのか? それとも横のお姉さんたちの話が気になるのか? 気になるといっても盗み聞きは……」
俺が言い終わらないうちにリタは立ち上がり、隣の女性たちに近づいた。
「すみません、アルバンって、運び屋のスキルを持ったアルバンですか? 赤茶色の髪色で、明るい茶色の瞳に、鼻のあたりにそばかすがある……」
「あなた、アルバンを知ってるの!?」
先ほどまで泣いていた女性はがばっと立ち上がると、掴みかからん勢いでリタに縋った。
「あなた、アルバンの知り合いなの? もしかして浮気相手? いいえ、この際なんでもいいわ。アルバンの居場所について知っているなら教えてちょうだい!!」
リタは一呼吸置くと、その女性の目をしっかりと見て言った。
「アルバンは、私の兄です」
「兄だって!?」
「兄ですって!?」
思わず、俺と女性の声がかぶった。
ザカリオに出稼ぎに行ってから連絡が取れなくなったという、リタのお兄さんのことか。
「あ、あなた、アーカシっていう町にいるっていう、アルバンの妹さんなの……?」
女性は驚きのあまり、涙が止まったようだ。今は目を丸くしてリタと向き合っている。
「ええ、そうです。2か月前から兄と連絡が取れなくなり、それでここまで探しに来たんです。あなたはもしかして、兄の恋人ですか?」
「そう。私はアルバンの恋人で、名前はメラニー。向かいに座ってるのが友人のジネット。どうぞ座ってちょうだい。アルバンの話を聞かせてほしいの」
俺達はメラニーに促され、話しやすいように互いの机を近づけた。
「私はアルバンの妹のリタです。2か月前から兄と連絡がとれなくなったので、ここにいる知人のヒロさんと一緒にアーカシからザカリオまでやって来ました。途中で猫ちゃんのクロジと、冒険者のカゲロウも一緒になりました。……それで、兄は姿を消す前に何か言ってませんでしたか? なんでもいいんです。仕事のこととか、何か悩んでいたとか……。何でもいいから教えてほしいんです。兄が私に何も告げずに姿を消すなんて、何かあったとしか考えられません」
リタは真剣な眼差しでメラニーに向かい合い、その手を握った。
「アルバンが、運び屋のスキルで運送業を営んでいたのは知ってるわね?」
「ええ、もちろんです」
「ちょっと待って。リタ、話の腰を折ってすまないが、運び屋のスキルって?」
俺が問うと、リタは嫌な顔ひとつせずに丁寧に説明してくれた。
「運び屋のスキル持ちは、物を壊さず、揺らさず、素早く運ぶことができるスキルです。とにかく荷物を持った状態で素早く移動することができるんです。あと、兄は『隠匿』のスキルもあったので、運んでいる荷物の内容を他人に悟られないようにすることも可能でした」
「なるほど、続けて」
メラニーは長い髪をかきあげると、リタに変わって話を続けた。
「アルバンはスキルを活かして、ここザカリオで運送会社に勤めていたのよ。しかし、突然姿を消したの。彼と連絡が取れなくなってから、彼の家も調べたし、彼の行きつけの酒場にも何回も行った。会社にも彼の行方を尋ねに行ったわ。でも、誰もアルバンの行方を知らないって言うの。妹のリタも行方を知らないだなんて。もう、これ以上どうしたらいいか……」
メラニーは声を詰まらせた。
「メラニーさん、教えてくれてありがとうございます。私にとっては、兄が働いていた会社が分かるだけでも大きな手掛かりになります。兄の勤め先を教えてください。私も聞き込みに行きます」
「リタちゃん、だったわね。今日はもう遅いから、アルバンの会社の人は皆帰っちゃったかも。聞き込みに行くなら、明日の朝に行きなさい。私が案内してあげる。今日はどこかに泊まるといいわ」
リタはすぐにでも兄の会社に行きたかったのだろう。メラニーの申し出に一瞬不満そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔で「ありがとうございます」と言った。その笑顔は泣き笑いのように見えた。
食事を終えた俺達は、メラニーの紹介で安い宿を見つけることができた。幸いにも獣人差別などなく、俺達は安らかな夜を過ごすことができたのだった。
翌朝、モンスターとの壮絶なバトルが待っているとも知らずに。




