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22 郷愁にかられ

 カゲロウによると、この世界と日本を繋ぐ可能性のある祠が、ザカリオという街にあるという。


「ザカリオだって?」


 俺とリタが行こうとしていた街じゃないか。


「私とヒロさんもザカリオに行こうと思っていたんです! ちょうど良かったですね、ヒロさん!」


 無邪気に笑うリタに、俺は静かに頷いた。

 すぐに日本に帰れるという期待は打ち砕かれたが、この世界への転移に海や祠が関係していそうだ、という手がかりはつかめた。

 手がかりがつかめただけでも大きく前進だ。それにしても——


「カゲロウたち獣人の祖先は、どうして日本に帰ろうとしなかったんだろう。いや、帰れなかったのか……?」


「言い伝えによると、アニーマ大陸が食べ物や気候に恵まれた神の土地だから、祖先は日本には帰らなかったと言われている。祖先はアニーマの豊かな大地に大変感動したとも。俺の勝手な想像だが、祖先らがアニーマに現れたとき、日本は食糧不足に陥っていたのではないか。そして祠を聖域としたのは、そこに近づいて日本に強制的に転移させられるのを恐れていたのではないかと思っている」


「なるほど、そういう考え方もあるのか。獣人の祖先がどの時代のどの地域から転移してきたのは分からないが、確かに日本は度々大きな飢饉に見舞われている。飢えた生活に戻りたくないと思ったとしても不思議じゃない。でも俺は……」


 俺は、やはり日本に帰りたい。住み慣れた町、愛する人々、それに日本食だって恋しい。

 この世界もそれなりに面白いところではあるが、やはり俺は元の世界に帰りたいのだ。

 

 皆がひとしきり食事を終えたのを確認して、俺は散歩に行くことにした。今は一人になりたい。一人になって、頭の中を整理したい。


 食事をしていた広場から少し歩いて、町を見下ろす丘の上に辿り着いた。

 ここからでも、ラズカータの町からは陽気な音楽が風に乗って聞こえてくる。




「ヒロさん」


 呼ばれて振り向くと、リタが立っていた。

俺はこの丘で、一体どれくらい座っていたのだろう。物思いにふけるうちに、すっかり時間を忘れていた。


「はい、これパンです。ラズカータ名物、花蜜パンだそうです。この町で取れる花の蜜をパン生地に練り込んだものらしいんですけど、すっごく美味しいですよ! カゲロウが食事のお礼にって買ってくれました。食べ物を買ってくれるってことは、もしかしたら良い人なのかもひれまへんね!」


「ぷっ。食べるか喋るか、どっちかにしろよ」


 俺は思わず吹き出してしまった。リタの食い意地に、張りつめていた心が解きほぐされる。


「ねぇヒロさん。さっきのカゲロウとの話を聞いていて思ったんですが、もしかしてヒロさんって別の世界の人なんですか?」


 リタから直球の質問が飛んでくる。なんて説明しようか。

 俺たちの間に、束の間の沈黙が流れる。

 ラズカータの町から吹いた優しい風が頬を撫でる。俺はゆっくりと口を開いた。


「おそらく、そういうことだ。俺と、それからクロジは、別の世界にある日本という島国からやってきた。俺もクロジもバスという乗り物から海に放り出されて、気づいたらこの世界にいた。俺達の世界にはスキルもないし、モンスターもいない。その代わり、色んな道具や技術が発達しているんだ」


「だからヒロさんはスキルについてよく知らなかったんですね、なるほど、なるほど……」


 リタなりに俺の話を理解しようとしてくれているようで、彼女はパンを食べる手を止めてしばらく考え込んだ。


「俺たちが他の世界から来た、なんて聞いて、リタは信じられるか?」


「私達が出会ってからまだ数日ですが、私にとってヒロさんは信頼に値する人間です。だから信じられます。それにクロジが人間とお喋りできるっていうのも、別の世界から来た猫ちゃんだからだと言われたら納得できます。ただ、獣人の祖先とヒロさんが同じ世界から来たっていうのにはびっくりしちゃいましたけど」


「そうだよな。俺だって自分と同じ世界から来た人たちの子孫が獣人になってるだなんて信じられないよ。なぁ、獣人化スキルってよくあるスキルなのか?」


 リタは静かに首を振った。


「いいえ、少なくとも私は聞いたことがありません。クロジにしろ獣人の祖先にしろ、違う世界から転移してきた人にしか使えないスキルがあるのかもしれません。ヒロさんのスキルもちょっと変わっていますし、そこには何か、世界をまたぐ人に共通する法則のようなものがあるのかも」


「なるほどなぁ。あーあ、俺ももっと強いスキルが良かったなぁ。今の串焼きマスターのスキルじゃ、モンスターと戦うのにも心許ないし、人と戦うのには全く使えないし」


 俺は芝生の上にばたりと倒れ込んだ。そのまま空を見上げると、晴れた空に白い雲が気持ち良さそうに流れている。


「いいじゃないですか! ヒロさんのスキルのおかげで、私やカゲロウやクロジは美味しいものを食べられるんですよ! それにマイコの町で冒険者たちがクラーケンを倒せたのも、ヒロさんのスキルで毒袋を取り除けたからです。ヒロさんのスキルは皆を幸せにするんです。私が保証します!」


 リタも俺の横に座った。彼女は俺の目をまっすぐに見つめ、にっこりと微笑んだ。


「それにね、ヒロさんは人を傷つけたくないんじゃないかと思ってるんです。私だってそうですよ。人を攻撃なんてしたくない。できればモンスターとも遭遇したくない。平和が一番です。私たちのスキルは、きっと自分自身とってぴったりのスキルなんだと思います。ヒロさんもそう思いませんか?」


 俺にぴったりのスキル、か。

 リタの言う通りかもしれない。けれど、俺はこの世界に移転してしまったことも、自分のスキルが命を守るのに不十分なことも、まだ100パーセントは受け入れられていないようだ。

 そのうち、授かったスキルを自分にピッタリだと思える日が来るのだろうか。

 

 ただ、ここで弱音を吐けばリタを心配させてしまう。俺は努めて元気な声を出して言った。


「うん、そうかもしれないな。そういうことにしよう」


 スキルの不遇を嘆いても仕方がない。俺はこの世界で、自分でできる精一杯のことをするまでだ。


「あ! あの雲、さっき食べたパンそっくりです! よぉし、町に戻ってパンをおかわりしましょう! さぁ戻りますよー!!」


「うお! 待ってくれ!」


 リタは急に立ち上がると、俺の手を取って丘を一気に下っていった。俺は転ばないようについていくのに必死だ。


 今の少し弱気な俺には、元気よく手を引っ張ってくれるリタのような存在が必要なんだろう。それだけは自信を持って言える。


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