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20 カゲロウの探し人

「弟さんを探してるんですか?」


 俺が問いかけると、カゲロウは少し視線を彷徨わせたあと、静かに話し始めた。


「……ああ、吾輩は弟を探している。かけがえのない存在なのだ。……お前たちは、獣人の住む大陸のほうで、子供の誘拐が多発していることは知っているか?」


 リタの方を見ると、ふるふると首を横に振っている。俺もそれにならい、首を横に振った。


「知らなくても無理はない。大陸が違うと人種も大きく異なる。人の行き来も少なくなるし、我々獣人の事情は、あまり耳に入ってこないだろう。先ほど言ったとおり、獣人の住む大陸では子供の誘拐が多発している。吾輩の弟も、ある日突然姿を消した。誘拐されたので間違いはないだろう。そこで、吾輩は弟の行方について徹底的に調査した。その結果、こちらの大陸にいるゲルセミウムという集団が関わっているのではないかという結論に辿り着いたのだ」


「ゲルセミウムの奴らが獣人の住む大陸に行って、子供たちを誘拐してるってことですか?」


「いや、我々獣人がこちらに来て悪目立ちするように、お前ら非獣人が我々の大陸に来れば悪目立ちする。体格が違いすぎるからな」


 なるほど、カゲロウは身長が2メートルほどある。俺やリタと並ぶと大人と子供くらいの差だ。おまけにカゲロウは肩幅も広く、筋肉が盛り上がっているのが服の上からも分かる。

 俺達普通の人間とは別種族であることをひしひしと感じる。


「おそらく、獣人側にいるゲルセミウムの内通者が子供たちを誘拐し、誘拐した子供たちを船に乗せ、この大陸まで運んでいるのだ。おおかた、商船か何かに偽装しているのだろう」


「でも、どうしてわざわざ別の大陸から子供たちを誘拐するのでしょうか? 捕まりにくいとか?」


 リタが問うと、カゲロウは深いため息をついた。


「獣人は非獣人に比べ、身体能力が圧倒的に高い。言いたくないが……奴隷として価値が高いのだろう。力の弱い子供のうちに特殊なスキルで奴隷紋をつければ、簡単に言うことを聞かせられる。力仕事を任せるのはもちろん、戦闘要員としても使い勝手が良いのだろう。それに毛艶の良い獣人は、悪趣味な貴族の慰み者になっているという話もある。いずれにせよ反吐が出るような内容だ」


「ひどい話だニャ」


 クロジが顔をしかめた。


「それで、ゲルセミウムに捕まっているであろう弟さんを探してるっていう訳ですね」


「そういう事だ。吾輩は今からコイツらゴロツキどもを尋問して、知っている情報を全て吐かせる。お前らは早く兵舎に行って、本物の駐屯兵を呼んでくるのだ。兵舎はこの道をまっすぐ行った先にある、噴水広場を左に曲がったところだ。早く行け」


 そう言い残すと、カゲロウは両手に一人ずつゴロツキを抱え、建物の影へと消えていった。間もなく建物の影からは、許しを請うゴロツキ達の悲痛な声が聞こえてきた。


「ヒロさん、兵舎に行きましょう。あのカゲロウっていう獣人、私たちを助けてはくれましたが、いい人っぽい感じでもないです。早く駐屯兵を呼ばないと、あの悪者さん達が殺されちゃうかも」


「それはマズいな。いくら悪人とはいえ、殺されてもいいとは思えない。うん、兵舎まで急ごう」


 俺達はカゲロウに教えられた通り、噴水広場を目指して走り出す。

 噴水広場を左に曲がると、兵舎より手前ですぐに駐屯兵がいた。駐屯兵に今までの経緯を伝えると、彼らはすぐにスラム街へと馬を走らせた。


 ふう、これで任務完了だ。


「ヒロさん、私たちも先ほどの場所に戻りましょう。悪者さんたちがひどいめにあってないか心配です」


 自分が殺されかけたにもかかわらず、相手の心配をするなんて、リタはなんとお人よしなんだろう。しかし、そこが彼女のいいところなのかもしれない。


 俺たちが再度スラム街に戻ると、粗末な小屋の影から何人もの人たちが顔を覗かせていた。

 駐屯兵が来たことで、もう安全は確保されたと判断したのだろう。


 家の中にいたのなら俺達を助けてくれても良かったのに。

 しかし、巻き込まれたくないという気持ちも分かる。俺だって彼らの立場なら、暴力沙汰には関わりたくないと思うだろう。


 やはりこの世界にいる以上、自分の身くらい自分で守れるようにならないといけない。

 なぜ俺には人を攻撃できるスキルがないのだろう。とはいえ、元の世界で喧嘩もしたことのない俺が、スキルがあるからといって他の人間を攻撃できるだろうか……?


 頭の中でそんなことをぐるぐると考えていると、向こうからカゲロウが歩いてきた。

 ゴロツキどもは縛られたまま、駐屯兵に引っ立てられている。


「尋問した甲斐があった」


 カゲロウは満足そうだ。彼の背後で、大きな尻尾がぶんぶんと揺れている。


「尋問って、悪者さんたちを痛めつけたんですか?」


 リタがおそるおそる尋ねた。


「いや、先にお前たちを助ける際に、吾輩にあっと言う間に制圧されたことで心が折れていたらしい。痛めつけることもなく、ペラペラと情報を吐き出したから手間が省けた」


 ペラペラと話さなければ、やはり痛めつけたのかもしれない。このカゲロウという男、温厚そうには見えないし、注意しなくては。俺はそっと決意した。


「それにしても、一仕事終えると腹が減ったな」


 カゲロウは俺達を見てニヤリと笑った。


「お前たち、助けてやった礼をしろ。食事をご馳走してくれるくらいで構わんぞ」


「えらそうな狼男だな」


「吾輩が助けなければ、お前らは今頃殺されるか、奴隷として売り飛ばされていたはずだ。食事くらいで感謝の意を表現できるなら、安いものだろう」


 カゲロウがフンと鼻を鳴らした。


「それもそうか……。それなら、助けてくれたお礼に高級食材でもご馳走してやりますよ」


「ヒロさん! 高級食材だなんて、私達にそんなお金はありませんよ!?」


 リタは俺とカゲロウを交互に見比べ、あたふたしている。


「金はないが、高級食材ならマジックバッグにある。グレートディアの肉がまだ残ってるからな。リタ、クロジ、カゲロウさん、俺についてきてくれ」


 俺達は先ほどのスラム街から少し歩き、町はずれの開けた広場まで来た。ここなら俺のスキルで串焼きを振舞うのにぴったりだ。


 俺がマジックバッグからグレートディアの肉を取り出すと、カゲロウは大きな鼻をヒクヒクと動かした。その仕草はまるで犬……いや、狼だ。


「ふむ、なかなか良さそうな肉じゃないか。お前、もしかして料理人か?」


「ご名答。俺のスキルでグレートディアの炭焼きをご馳走しますよ」


「ふふん、それはいい。それなら俺もとっておきの調味料を出してやろう」


 カゲロウはそう言うと、カバンから細い小瓶と丸い小瓶を取り出し、俺の方へ差し出した。


「丸い小瓶はただの砂糖だが、この細い小瓶はこちらの大陸ではあまり流通していないものだ。料理人とはいえ、お前は使ったことがあるか?」


 俺はカゲロウから細い小瓶を手に取ると、軽く振ってみた。瓶の中で黒い液体が揺れる。これだけでは一体何の調味料かは分からない。


 次に、蓋を開け中身を嗅ぐと、その慣れ親しんだ香りは鼻から脳へと一気に抜けて言った。まるで体に電気が走ったかのような衝撃だった。


「……これは!!!」


「ヒロさん、どうしたんですか?」


「どうして!? これ、醤油じゃないか!」 


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