19 助っ人は……獣人!?
盗賊とその仲間に囲まれ右往左往していると、急にクロジが走り出した。
「クロジ! 何か策が……って、ひとりで逃げる気か!?」
クロジは俺とリタの方を振り返ることもなく、盗賊たちの足元をすり抜けて、先ほど来た道を一目散に駆けていった。
「あいつ、ひとりだけ逃げやがった!」
「なんて薄情な猫ちゃんなんでしょう!」
俺たちの叫びもむなしく、クロジはそのまま建物の影へと消えていく。
しかし、盗賊たちは猫が一匹消えたことを気にも留めていない様子だ。
鎧の男が言う。
「お前らのせいで納品計画がメチャクチャだ。せっかく生きのいい奴隷が手に入りそうだったのに!」
「納品計画に奴隷って……やっぱり、お前達は俺達馬車の乗客をどこかに売り飛ばすつもりだったんだな!?」
「ああ、そうさ。あの熊のモンスターもろとも、物好きな金持ちに売り飛ばすはずだった。しかしお前達のせいで商品には逃げられ、おまけにアジトまでメチャクチャにされた! 上の人間もおかんむりだ」
「上の人間ってことは、まだ仲間がいるんだな」
「お前には関係のないことだ。こうなったらお前らだけでも売り飛ばす。……いいや、売り飛ばす前に、痛めつけてやる! そうでもしないと俺達の気がすまねぇ」
男達はじりじりと距離をつめてくる。
攻撃したいが、俺もリタも武器は何も持っていない。俺たちのスキルも人間を攻撃するのには使えない。
こうなったら、少しでも会話を引き延ばして時間を稼ぎ、スキをついて逃げるしかない。
「お、お前はさっき『上の人間』って言ったな? お前らの組織は大きいのか?」
「そんなことを知ってどうする」
「いやぁ、一度逃げた俺達を上手く誘い出すなんて、なかなかやるなぁと思ったんだ。お前たち盗賊の一味は、さぞかし優秀な組織なんだろうな。詳しく知りたいなぁ、なんて思ったりして」
時間稼ぎのために思ってもいないお世辞を言っただけだが、鎧の男は少し気をよくしたらしい。
ニヤリと笑うと、急にベラベラと喋り出した。
「そう。俺達は組織の中でも武闘派で知られてるんだ。この際だから教えてやろう。お前らは『ゲルセミウム』って知ってるか?」
なんだそれは。この世界に来て数日の俺が知っている訳がない。
しかしリタの方をちらりと見ると、ハッと表情が変わった。どうやら彼女には思い当たる節があるらしい。
「聞いたことがあります。この数年で急に勢力を伸ばした犯罪者集団ですね」
リタは鎧の男を睨みつけながら言った。
「犯罪者集団とは失礼な! これはビジネスだ。まぁお前らのように大したスキルも持たない人間には分からないだろうな。この世界は力を持つ少数の人間によって動かされているんだ。お前らのように力のない人間は、大人しく言うことを聞いていればいいんだよ」
「嫌ですよーだ!」
リタは敵に向かって思い切り舌を出すと、胸を張って一歩前へと踏み出した。
「私にだって人としてのプライドがあります。犯罪者の言いなりになるくらいなら、ここで死にます! さぁ殺しなさい!」
リタは全く怯むことなく、啖呵を切った。
その威勢は素晴らしいが、俺はまだ死にたくない! 勝手に「さぁ殺しなさい」だなんて言わないで!
会話を引き延ばし、スキをついて逃げる予定だったが、どうにもスキがない。このままだと本当に殺されてしまう。
「誰か! 誰か助けてくれー!!!」
薄暗いスラム街に俺の悲痛な叫びが響く。建物の中には他にも人の気配がするが、誰も出てこない。巻き込まれたくないのだろう。
鎧の男はこちらへ一歩踏み出すと、勢いよく剣を振り上げた。
もうダメだ。俺はぎゅっと目を閉じた。
こんな知らない世界の、こんな薄汚い通りで死んでいくのか。今までの出来事が走馬灯のように頭を駆け巡る。
死んだら元の世界に帰れるのだろうか。ならばとっとと死んでしまった方がいいのではないだろうか。いや、もしかしてこれは夢で、死んだら家のベッドで目覚めたりするんだろうか。バスに乗ってる時からもう夢の中だったのだろうか。ああ、早く元の世界に帰りたい。
……って、なんで相手は攻撃してこないんだろう?
そっと薄目を開けると、なぜか鎧の男がうずくまっている。
「ぐっ!」
「なんだお前は……ぐはぁっ!」
周りから、他の盗賊の一味たちの苦しそうな声が聞こえる。
なんなの!? 俺の周りで何が起きてるの!?
「間に合って良かったのニャー」
はっきりと目を開けると、そこには逃げたはずのクロジがいる。クロジは満足気にペロペロと前足を舐めている。
「クロジ! お前、逃げたんじゃなかったのか!?」
「逃げるワケないニャ! 俺様は足の遅そうなお前達のために、強そうな奴に助けを求めに行ってたのニャ。戻ってみたら、お前らは逃げられずにいるどころか殺される寸前だったニャ。俺様に感謝するんだニャー」
「ありがとう! お前のおかげで助かった。それにしても、強そうな奴って……」
そう言って俺が振り返ると、そこには屈強そうな大男が立っていた。
手には大剣を携え、俺達を追い詰めていた盗賊たちを一人残らず地面に沈めている。
この男は、先ほど肩がぶつかった——
「犬男! じゃなくて、獣人!?」
「失礼な奴め。口を慎め。お前もこいつ等のように痛めつけられたいのか」
獣人の男は俺の口元に剣を向けた。
「ひぃぃぃ! ごめんなさい! それと、助けてくれてありがとう」
「俺様の見立ては正しかったのニャ。何人もいるゴロツキを一人で倒すにゃんて、只者じゃないのニャ」
「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です」
リタが深々と頭を下げている横で、獣人の男は手早い動作であっという間に盗賊たちを縛り上げてしまった。強さも手際の良さも半端じゃない。
この人は一体何者なんだろう?
「あなたは一体……?」
「吾輩の名はカゲロウ。犬ではなく、狼の獣人だ。お前らのことはどうでもいいが、そこの猫があまりにも熱心に助けを求めるので手を貸したのだ。命拾いしたな。そこの猫に感謝しろ」
クロジは目を細め、にんまりと笑っている。
「カゲロウさんは、どうしてそんなに強いんですか?」
「これでも冒険者だからな。それに、身体強化スキルで獣人の右に出るものはいない。このゴロツキどもはロクにスキルも使ってこなかった。おそらく攻撃スキルを持っていないのだろう。そんな奴らが吾輩に勝てる訳がない」
冒険者、と聞いて腑に落ちた。マイコの町で世話になったダニエル達も力強く、勇敢だった。彼らといいカゲロウといい、この世界の冒険者たちはとても強いようだ。
カゲロウが言う。
「ところで、お前たちはどうしてこんなスラム街にいるのだ? 観光のつもりか?」
「違います! 俺達、馬車でこの町に来る途中に盗賊に襲われたんです。それで、その報告のために駐屯兵のところに向かおうとして……」
「まんまとゴロツキどもに捕まったワケか。愚かな」
返す言葉もない。
「でも、この悪者さんたちは『ゲルセミウム』っていう犯罪者集団らしいんですよ! プロの犯罪者たちです。だから私たちが捕まりそうになったのも、仕方ないですよね! ねぇ、ヒロさん」
「ゲルセミウム、だと?」
カゲロウの目が鋭く光る。
「ええ、悪者さんたちは、自分たちはゲルセミウムの一員だと偉そうに言っていました。カゲロウさんも知っているんですか?」
「知っているもなにも、吾輩はゲルセミウムを追いかけてこの大陸まで来たのだ。人助けなんかガラではないと思ったが、やってみるものだ。思わぬ収穫だな」
カゲロウは満足そうに口角を上げ、地面に横たわる鎧の男の髪の毛を掴んだ。
「今から楽しい尋問タイムといこう。ゲルセミウムに関する情報を全て吐かせる。吾輩はこの大陸で人探しをしているのだ。……弟を、必ず見つけ出すのだ」




