18 盗賊ふたたび
行き先をラズカータに変更した馬車は、それ以後盗賊やモンスターに出くわすこともなく順調に進んだ。
「ほら、ラズカータが見えてきたぞ!」
御者のおじさんに言われて、俺は御者席の方へ身を乗り出した。
見ると、前方に大きなアーチが見える。あそこがラズカータか。
「なんだか陽気な音楽が聞こえてくるニャ」
「本当ですね! ラズカータの町の方から聞こえてきます。今日は何かお祭りでもやっているんでしょうか?」
「いいや、ラズカータは芸術の町だからね。一年中にぎやかなのさ。音楽家も画家もたくさんいるし、劇団だってある。娯楽には事欠かない町さ。おまけに駐屯兵もいるから治安もいいときた。最高の町だよ」
乗客の一人が教えてくれた。
ラズカータの町に近づくにつれ、聞こえてくる音楽の輪郭がはっきりしてくる。
歌声に笛の根、弦楽器をかき鳴らす音。音がはっきりと聞こえてくるにつれ、自然と心が躍る。
「さあ、ラズカータに着いたよ!」
御者に促され、俺達は馬車から降りた。
ザカリオを目指すはずが意図せずラズカータに寄り道する羽目になってしまったものの、馬車を降りる乗客たちの顔は明るい。無事に盗賊から逃げおおせたのだから当然だろう。
この町はこの国の軍の駐屯地のようだし、まさかそこで悪事を働こうとする輩はいないだろう。ひとまず安心して過ごせそうだ。
御者が乗客たちを見渡して言った。
「みんな、急いでいる中すまないが、ここで一旦休憩だ。俺は駐屯兵に盗賊のことを報告してくるよ。それに、馬にも無理させちまったからな。ここら辺で休ませとかねぇと。それから馬車の整備もせにゃならん。ああ忙しいったら」
「それなら、俺達が駐屯兵に報告してきましょうか」
俺が申し出ると、御者の顔がパッと明るくなる。
「そいつは助かる! ついでに盗賊のアジトの場所も説明して、可能なら捕まえに行ってくれるように言ってくれ。駐屯兵がいる兵舎はここの道をまっすぐ行った先にある。頼んだよ!」
そんなわけで、俺とリタとクロジは兵舎に向かう役目を請け負った。
「ところで、チュートンへ―って何なのニャ?」
「駐屯兵は、この国の軍人さん達ですよ。この町にいるみたいですね」
「なぁんニャ! 美味いものかと思って期待したのに!」
美味い物を想像していたらしいクロジは、当てが外れぷんすかと怒っている。
「兵舎に行って盗賊がいたって報告が終わったら、何か食べてもいいな。マイコの町で朝飯は食べたが、盗賊たちのせいで昼飯は食べ損ねちまったからなぁ」
「はぁ、私のバッグに二人分のお弁当が入っていたのに、盗賊に取られちゃいましたもんね」
俺のマジックバッグは運良く手元に戻ってきたが、リタのカバンを取り戻すことはできなかった。
「でも、この町の名物を食べるのもいいですよね! どんな食べ物があるんだろう」
リタの顔がゆるみ、ヨダレが垂れそうになっている。
「俺様はフワフワのパンなんか食べたいニャぁ」
「おいおい、猫がパンなんか食べて大丈夫なのか……って、うわ!」
その時、急に誰かがぶつかってきた。よろめきながらぶつかった人物を見上げると、2メートルはありそうな大男だった。
その男の顔は毛で覆われ、黒い鼻と大きな口がついている。おまけに、尖った耳が頭の上についているではないか。これはまるで……
「……犬!?」
いや、犬人間と言った方が正しいだろうか。人間の体の上に犬の頭がついているようだ。服の袖から見える手も毛におおわれている。毛色は灰色がかった青色だ。
元の世界にいた時に、ファンタジーの漫画で見たことがある。獣人というやつだろうか?
その男は俺をギロリと睨みつけると、謝りもせずにスタスタと歩いていってしまった。
「アレ、獣人ですよ。珍しい! 別の大陸から来たんでしょうねぇ。ここの大陸には基本的に獣人族はいませんから」
「やっぱり獣人か。それにしても、向こうからぶつかってきたのに謝りもしないなんて。失礼な野郎だ」
「獣人に謝れだなんて、無理ですって。彼らは荒くれもので有名なんですから。肩がぶつかったくらいで済んで良かったですよ。因縁なんかつけられたら大変です」
「そうなのか。そんな奴らとは、できるだけ関わりたくないなぁ。ところで、そろそろ兵舎が見えてきてもいい頃なんだが……」
俺達がキョロキョロと辺りを見回してくると、鎧を着た若い男が話かけてきた。
「どうかしましたか?」
「ああ、俺達、駐屯兵の兵舎を探してるんです。さっき盗賊に襲われたので、その報告をしようと思って」
「盗賊に! それは大変でしたね。兵舎に案内しますよ。こちらです」
その男は人の良さそうな顔で、ニコニコしながら俺達を案内してくれた。
「優しそうな兵士の人がいて、良かったですね」
リタがこっそりと耳打ちしてきた。
「ああ、これならすぐに報告も済むだろうし、思ったより早く昼飯にありつけそうだな」
しかし、鎧の男についていくと、町の中心部からはどんどん遠ざかっていった。人通りも少なくなり、寂しい雰囲気が漂っている。
「兵舎って町はずれにあるんですか?」
「そうなんですよ。たくさん歩かせてしまって申し訳ない」
男は相変わらずニコニコしている。
「ヒロさん、本当にこっちに兵舎があるんでしょうか? なんだか汚い建物が増えてきましたし、雰囲気も暗いかんじです。なんか町のゴロツキが住んでそうな雰囲気なんですけど……」
「言われてみれば……」
俺たちは小声で話しながら、そっと周囲の様子をうかがった。リタの言う通り、あたりには板をつぎはぎにしたような、小さくて粗末な小屋が並んでいる。道端に座り込む人々の顔にも生気が見られず、暗い雰囲気だ。糞尿の匂いもする。
間違いない、ここはスラム街だ。
「おい、こいつチュートンへ―じゃないんじゃないかニャ?」
「鎧を着てるから、てっきりそうだと思い込んでましたが……」
「ああ、俺も怪しいと思う。コイツ、駐屯兵じゃないかもしれない。この場所は怪しすぎる。よし、逃げよう!」
俺たちがきびすを返そうとした、その時。
「この辺でいいだろう」
鎧の男はふいに立ち止まった。
しかし、この場所には兵舎らしきものはない。やはりおかしい。すぐに逃げなくては。
「あのぉ、俺達、ここらへんで失礼しようかなぁと思いましてぇ」
「そうそう、急用を思い出しちゃってぇ」
俺とリタが後ずさりしながら愛想笑いを浮かべると、それまでニコニコしていた男の顔から急に笑顔が消えた。
「無事に帰れると思うな!」
男は腰の鞘から剣を抜いた。ジャキ、という不気味な金属音がする。
「俺達のアジトをメチャクチャにしたお礼はたっぷりさせてもらうぜ」
「くそ! お前やっぱり駐屯兵じゃなかったのか! っていうか、さっきの盗賊の仲間かよ!」
「ヒロさん、後ろからもガラの悪そうな男が何人か来てます!」
リタの声で振り返ると、後ろから武器を持った男たちがじりじりと距離を詰めてきている。
「くそ、挟まれたか!」
俺のスキルは人に対して攻撃はできない。リタも回復のスキルしかないため、やはり攻撃できない。
あと仲間というと、非力な猫しかいない。
逃げ道も塞がれてしまった。コレ、絶体絶命ってやつじゃない!?




