16 盗賊のアジトから脱出せよ
「熊のモンスターですか?」
リタは俺の背後に隠れながらモンスターの様子を伺う。
「ああ、そうみたいだ。いびきをかいて寝ているみたいだが……」
熊のモンスターは俺達に気づくことはなく、ぐっすり寝入っている。
すると、俺達の後ろから他の乗客が驚きの声をあげた。
「こりゃあ珍しい! 雪山にいる熊型のモンスターじゃないか。名前は何といったかなぁ。とにかく、この辺りでは見ない種類だ。さては盗賊ども、見世物小屋にでも売るつもりだな」
他の乗客たちも、いつの間にか全員奥の部屋に集まっている。この辺に住む彼らならモンスターについても詳しいはずだ。
俺は乗客の一人に尋ねた。
「こいつ、狂暴なんですか?」
「熊型モンスターは基本的にみんな狂暴だね。この寝方だと、今はスキルか薬で眠らされてるみたいだが、もし目覚めればやっかいだよ。この檻だって、どれだけ頑丈なのか分かったもんじゃない」
その時、俺は一つの作戦を思いついた。
小屋の外にどれだけの盗賊がいるか分からないが、だからこそこの作戦しかないようにも思えた。
俺は乗客たちを集め、一人ひとりの目を見て言う。
「みなさん聞いてください。今からここを脱出するための作戦を伝えます。それは——」
俺が作戦について一通り話し終えると、乗客たちの反応はまちまちだった。
全員、この作戦が絶対に上手くいく確信などないだろう。
しかし奴隷として売られるかもしれないというこの状況で、ただ手をこまねいている訳にはいかない。
この世界の人は皆タフだ。全員が前向きに脱出作戦について話合い、そして最終的には俺の考えた作戦を実行するということでまとまった。
「そうと決まれば、さっそく作戦を開始しましょう。みなさん、準備はいいですね?」
リタが乗客たちを見渡すと、全員が力強くうなずいた。
鑑定スキルを持った乗客の一人が、熊が睡眠薬によって眠らされていることを突き止めた。
薬によるものであれば、【解毒】スキルが有効だろうということで、まずリタが熊のモンスターを眠りから起こすことになった。
「さぁ熊さん、起きる時間ですよ。【解毒】!」
リタが唱えると、それまで部屋中に響いていた熊のいびきがピタリと止まる。
突如訪れた静寂に、皆がゴクリと唾を飲む。
「おい熊野郎!」
俺が荒っぽく声をかけると、熊ゆっくりと目を開けた。
ひいい! やっぱり怖い。でもビビっている暇はない。
すかさず、俺もスキルを発動する。
「お前に恨みはないが、起きてひと暴れしてくれよ。【串打ち】!」
右手から飛び出した数本の竹串は、狙い通りプスプスとクマの右の目玉に突き刺さっていった。
「ギャオオオオオン!!」
熊のけたたましい叫び声が部屋中に響き渡る。俺たちは咄嗟に耳を抑えた。このままこの叫び声を聞いたら鼓膜が破れそうだ。
これだけの音量なのだから、小屋の外にも当然聞こえているだろう。けれど、それも想定の範囲内だ。
ガシャン!ガシャン!
痛みでのたうち回る熊が檻に体当たりし始めた。
熊が動く度、金属製の檻が悲鳴をあげる。
「いいぞ、もっと暴れろ! 檻を破壊するんだ!」
俺たちが熊をけしかけていると、「何事だ!」と盗賊の一人が部屋へと入ってきた。
その時、ガシャンという音と同時に熊の檻の扉がゆっくりと開いた。
「あ……あ……」
その様子に気づいた盗賊の一人は声にならない声をあげ、後ずさりした。
「今だ!!!!」
俺が声を張り上げると、捕らわれていた乗客たちは一斉に入り口に向かって走り出した。その後ろから熊のモンスターも唸りながらついてくる。
「おい! 人質が逃げたぞ!」
「捕まえろ!」
「あれを見ろ! 熊が檻から出てきてるぞ!」
盗賊たちは混乱している様子で次々に声を荒げる。
最初は武器を持った盗賊の一人が俺達に駆け寄ってきたが、仲間の一人が熊に襲われているのを見るやいなや、そいつを助けるために小屋の方へ走っていってしまった。
小屋の周囲を見張っている人数は思ったより少ない。これならなんとか振り切れそうだ。
「た、た、助けてくれぇ!!!」
薄暗い森の中に、盗賊の情けない声が響く。
けれど俺達を拉致した奴にかける情けはない。せいぜい熊と楽しく遊んでいてくれ。
「馬車があったぞ!」
御者が指さす方を見ると、俺達をここまで運んできてくれた馬車が森の開けたところに置いてあった。
幸いなことに、二頭の馬たちも無事のようだ。
俺達は滑り込むようにして馬車に乗り込んだ。
盗賊たちを完全に振り切るまでは安心できない。不安で心臓がバクバクと脈打つ。
「それ!」
御者の声が響くと同時に、馬車は猛スピードで駆け出した。元来た街道を目指すのだ。どうかこのまま逃げ切ってくれ……と祈っていると、リタの悲痛な声が聞こえてきた。
「ヒロさん! 後ろから盗賊が何人か追いかけてきます!」
「大丈夫。あいつらが追って来られないように、小屋に仕掛けをしておいた。ほら……!」
俺が指さす先、小屋から煙が上がっているのが見えた。脱出する前に、火のついた炭を何個も小屋に放ってきたのだ。部屋の隅に置いてあった藁の束に上手く引火したらしい。
自分たちのアジトが燃えていることに気づいた盗賊たちは、俺達を追うかどうか少し迷ったあと、走って小屋の方へと戻っていった。
俺達を捕まえるよりも、アジトを鎮火するほうがいいと判断したのだろう。
猛スピードで走る馬車はそのまま盗賊たちから離れていく。奴らの姿が完全に見えなくなったころ、誰かがポツリと呟いた。
「た、助かった……」
その呟きを聞いた乗客たちは、皆一斉に安堵の息を吐いた。張りつめていた表情が少しずつ緩んでいく。
「私たち、助かったんですよね?」
「ああ、もう盗賊も追ってきてない。逃げるときに見た感じだと、あいつら馬を持っていなかった。このまま街道まで逃げ切れるだろう……って、ああ! 逃げるのに夢中で、荷物を取り返すのを忘れちまった!」
なんてことだ!
よりによって、マイコの町で譲ってもらったマジックバッグを置いてきてしまった。
高価なものらしいし、簡単に買えるものではないだろう。あれにはグレートディアの残りの肉や、簡易焼き台も入っていたというのに。
俺ががっくりと肩を落としていると、乗客の一人にポンポンと肩を叩かれた。
「兄ちゃんの荷物って、これかい?」
見るとそこには、見慣れた茶色いショルダーバッグがあるではないか!
「俺のマジックバッグ!」
バッグを受け取ると、思わず頬ずりした。この世界における俺の唯一の財産である。
もう離さないからね!
「逃げるときに、あいつらに没収された荷物のうち、いくつかは回収できたんだ。俺は運搬スキル持ちでね。しかし生憎全部は回収できなくて。みんなすまねぇなぁ」
「いやいや、アンタもそこの兄ちゃんも、よくやってくれたよ。まぁ荷物は惜しいけれど、命には代えられないからね」
乗客たちは口々にそう言って、今自分たちが無事でいることを喜んだ。
馬車は街道に戻り、順調に進んでいる。他の乗客曰く、この先はランス国軍の駐屯兵がよくパトロールしているエリアらしく、もう安心していいという。
「なんとかなって良かったですね、ヒロさん!」
「ああ、リタのスキルは今日も大活躍だったな。あとは、熊のモンスターが奥の部屋で眠らされていることを教えてくれた猫のおかげだよ。ありがとな、猫」
黒猫はいつの間にか馬車に乗り込んでいたようで、今はリタの膝の上でくつろいでいる。
すると猫は俺の目をまっすぐ見据えて言った。
「礼を言うなら、美味いもん食わせろニャ」
「はぁっ!? ね、猫が喋った!?」
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