14 盗賊に囲まれた件について
俺とリタは金を払って馬車に乗り込んだ。
「おおー! 馬車だ! かっこいいなぁー!」
俺は生まれて初めて見る馬車が珍しくて、思わずキョロキョロしてしまう。
「ヒロさんったら、馬車がそんなに珍しいんですか?」
リタは笑いながら言うが、現代の日本では観光地以外に馬車はほとんどない。観光地だって馬車があるところは稀だ。
俺は馬車の簡素な木製椅子に腰掛けて、その固い座り心地を噛み締める。
馬車が動き出せばこの固さが苦痛になるのかもしれないが、今はなんとも楽しい気分だ。
そうしているうちに、馬車には俺たちを含めて8人の乗客が乗り込み、満席となった。
御者は特に乗客に声をかけることなく、ゆっくりと馬を走らせ始めた。
俺たちの頭上と馬車の左右は布製の大きな幌で覆われているため、景色は幌に覆われていない馬車の後ろ側から少し見えるだけだ。
馬車の後ろから見えるマイコの街が、少しずつ小さくなっていく。
車輪から伝わるガタゴトとした不規則な音と振動が心地よく、馬車が動き始めてしばらくすると段々と眠くなってきた。
突然異世界にやってきてから今日で3日目だ。
昨日も一昨日もモンスターとの死闘を繰り広げたせいで、昨夜は宿屋でゆっくり休んだにも関わらずまだ疲れが抜けない。
移動時間くらいうとうとしたって構わないだろう。俺は意識が眠気に浸食されていくのを、抵抗せずに受け入れていった。
「なんなんだ、お前らは!?」
突然男性の大声が聞こえ、俺はまどろみの中から急に現実に引き戻された。
どのくらい寝ていたのだろうか。馬車の後ろから見える景色を見る限り、馬車は森の中の道を進んでいるようだ。鬱蒼と茂る木々のせいで周囲は薄暗く、他に建物などは見当たらない。町からはかなり離れているとみていいだろう。
「今の大声……御者さんですよね? 何かあったんでしょうか」
リタが不安な表情で立ちあがろうとした時、馬車の周りを複数の足音が取り囲んだ。
ザッザッザッ……
ジャリジャリジャリ……
地面を踏み締める音と共に、金属の擦れ合う音もする。
まさか、昨晩のアニーの心配が的中したというのか……?
不安で心臓の動きが速くなった時、目つきの悪い男が一人、馬車の後ろからひょいと乗り込んできた。
軽い身のこなし、汚れの目立つ服装、敵意。それから、俺達を蔑むような目つき。
突然の招かれざる客に、馬車の乗客たちの緊張の糸が張りつめていく。
男は鉈のような武器をちらつかせながら喋った。
「残念だったなぁ。馬車はザカリオには行かない。黙ってついてこい。反抗したら殺す」
リタがこちらに手を伸ばし、俺の服の裾を掴んだ。その手が小刻みに震えている。
「あ、あ、あんたたち……盗賊かい?」
乗客のおばさんが、恐る恐る尋ねた。
「くっくっく。見りゃ分かるだろ! 俺たちが駐屯兵な訳がねぇ。大人しくしてりゃ痛い目には合わねぇよ」
男は俺たちの方に武器をゆらりと向けた。刃先がギラリと不穏に光る。
やはり盗賊か。アニーの不安が的中してしまった。
俺たちは今からコイツらに身ぐるみ剝がされるのだろうか。
その時、ふとリタと目が合った。
彼女の目がかすかに潤んでいる。俺の服の裾を掴む力が一層強くなった。
俺はこの世界に来てから、グレートディアともコカトリスとも、クラーケンとだってやりあってきたんだ。
なんとかスキルを駆使すれば、盗賊の隙をついて逃げ出すことも可能かもしれない。
不安に染まった腹の底から、ふつふつと闘気が湧き上がってくる。
今の俺ならやれるはずだ。
俺はリタに向かってうなずくと、サッと立ち上がり、右手を盗賊にかかげてスキル名を唱えた。
「おい盗賊! これでもくらえ! 【串打ち】!」
……
…………
………………何も起こらない。技が発動しないだと!?
竹串が出てくるはずの右手は、うんともすんとも言わない。
乗客たちがポカンと口を開けて俺を見ている。
「てめぇ、今スキルを発動しようとしたのか?」
盗賊の男が大声でわめく。
何故こんな時に限ってスキルが発動しないんだ!?
俺は思わず自分の右手を覗き込んだ。
いつもと変わった様子はなく、なぜ今に限ってスキルが発動しなかったのかは分からない。
しかし、それなら別のスキルを発動するまでだ!
「食材確……ぐはっ!!」
俺はスキル名を唱え切る前に、後頭部に強い衝撃を感じた。
そのまま馬車の床に倒れ込むと、誰かが俺の頭をぐっと押さえつけた。
「ひっひっ、変なマネをするといけないよぉ」
俺は頭を強く押さえつけられたまま、声のする方に目だけを向ける。
そこには馬車に乗る前に俺とリタに話しかけてきた、引きつり笑いをする男がいた。
クソ、こいつ盗賊の仲間だったのか!
「おい、ブルーノ。乗客が変なマネをしねぇように見張るのがお前の役目じゃねぇのか」
「すまねぇ。冒険者はいなさそうだったから、すっかり油断してたぜ、ひっひっ」
ブルーノと呼ばれた引きつり笑いの男は、俺を踏みつけている足にぐっと力を込めた。
頭蓋骨がきしむ音がする。
踏まれたところが痛くて、体に力が入らない。
「ブルーノ、とっとと乗客をしばりあげるんだ。暴れるようなら、多少痛めつけても構わない」
盗賊の男はそう命令すると、くるりと身を翻して馬車から降りて行った。
その男と入れ違いに別の男が馬車の中に入ってきて、ブルーノと共にあっという間に乗客全員を縄で縛り上げた。
俺たちは手足を縛られたあと、無造作に馬車の床に投げ捨てられた。
馬を操っていたはずの御者も、縛られた状態で俺たちの近くに連れてこられた。
「私たち、これからどうなるんでしょうか……」
リタが泣きそうな声で呟く。他の誰かがすすり泣く声もする。皆恐怖を感じているのだ。
張りつめた空気が馬車に充満していく。乗客たちの顔に浮かぶ、不安や諦めの色が少しずつ濃くなっていく。
俺たちを乗せた馬車は街道を外れ、森の中の狭い小道へと入って行った。
森には木々が鬱蒼と茂り、まだ昼にもなっていないというのに薄暗い。
誰か助けてくれ、と祈るが、果たして誰が助けてくれるというのだろう。
ドニはこの辺りに駐屯兵がいると言っていたが、どうやったら彼らに助けを求められるのだろうか。このまま、俺はどうなるのだろう。まさか殺されるのだろうか。
俺は口の中が緊張でカラカラになるのを感じながら、馬車の揺れに身を任すしかなかった。
街道を逸れて数十分ほど馬車に揺られた頃、ついに馬車がどこかへ止まった。
「降ろせ」
盗賊の男が馬車の後ろから顔を覗かせ、俺たちに一瞥をくれたあと、部下と思しき別の盗賊にぶっきらぼうに命令した。
命令された男たちは、縛られたままの俺を引きずるようにして馬車から下ろし、そのままずるずると引きずっていった。連れていかれた先はみすぼらしい小屋だ。
いつから掃除されていないのか分からないその小屋は、床にホコリが積もっていて、壁の隅には蜘蛛の巣が張っている。
「うえぇ。汚いです」
リタが思いっきり顔をしかめた。
盗賊たちは乗客全員を小屋の床に乱暴におろすと、「迎えの連中が来るまで大人しくしてろ」と言い残して小屋の外へと出て行った。
「どうしてこんなことに……」
乗客の一人のおばさんが、力なく呟いた。
「金銭を奪われて終わりかと思いきや、こんなところに連れて来られるなんて。俺たちは奴隷としてどこかに売られちまうのか……」
別の乗客の男性が悲壮感を漂わせながら呟く。
俺の心の中だって悲壮感でいっぱいだ。
けれど、ここでこのままうずくまっていても状況が良くなることはないだろう。
盗賊がいう「迎えの連中」が来る前に逃げ出すべきだ。
俺がなんとか縛られた縄を解けないかと身をよじっていると、ふと黄色い瞳と目が合った。
その黄色いふたつの瞳は部屋の隅の暗闇からそっとこちらへ歩み寄ってくる。
「にゃぁん」
黒い毛に三角の耳。
そこには、マイコの市場でクラーケンの身を分けてやった猫がいた。




