13 実食!クラーケン
翌朝目を覚ますと、薄く開いた宿屋の窓から、何やら香ばしい匂いが漂ってきた。
香ばしさの中に磯の香が混じっている。
これは海鮮モノを焼いた匂いだろうか?
食欲を刺激する匂いによって、眠気はすぐにどこかへ行ってしまった。俺は急速に腹が減るのを感じながらベッドから起き上がり、寝巻きからさっさと服に着替える。
今のところ、リタの家から持ってきたリタのお兄さんの着替えを借りてやりくりしているが、そろそろ自前の着替えが欲しいところだ。
どこかで買えないかと考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「ヒロさーん、おはようございます。市場で昨日のクラーケンを焼いてるそうなんですが、一緒に食べに行きませんか?」
ドアを開けると、そこには既に身支度を済ませたリタが立っていた。
俺たちは荷物を持ち、宿屋を後にする。
今から市場で焼かれているというクラーケンを食べて、その後はいよいよザカリオ行きの乗り合い馬車に乗るのだ。
元の世界への手がかりにぐっと近づけるかもしれないという期待で、思わず顔が緩む。
「あ、ヒロさんも焼きクラーケンが楽しみでニヤニヤしているんですね?」
リタが明るい茶色の瞳で俺を覗き込んでいる。
「クラーケン自体めったに出没しないモンスターなので、焼きクラーケンは高級珍味と言われてるんですよぉ」
「へぇ。ってことは、買うのにかなりお金がいるってこと?」
「いえいえ、今日はクラーケンと死闘を繰り広げた冒険者と、大きく被害を受けた街の人たちを元気づけるっていう意味で、無料で振舞われるみたいですよ。まあ実際は、二日連続でクラーケンが出没したからクラーケンの身が余っている、ということみたいですけど」
にやけ顔をしながら手の甲でヨダレを拭うリタと共に市場へ向かうと、そこではもうもうとした白い煙と共にクラーケンを焼いた香ばしい匂いが立ち込めていた。
「おう、そこの兄ちゃんと姉ちゃんも一本食べな!」
屋台でクラーケンの身を焼いていたおじさんが、俺たちに焼きクラーケンの串を一本ずつ渡してくれる。
30センチはあるのではないかという太く大きな串に、クラーケンの身がぐねぐねとうねりながら刺さっている。串の大きさもさることながら、身の量も大盛りだ。
これ一本でかなりお腹いっぱいになりそうだなと思いリタの方を見ると、彼女は既に半分以上平らげている。さすが食いしん坊。
「おじさぁん、これ、お代わりもらえまふか?」
口いっぱいにクラーケンを含んだリタがもごもご言いながら屋台のおじさんに尋ねている。
「おお、姉ちゃんは食いっぷりがいいねぇ! もう一本持っていきな! クラーケンは毒袋の除去が難しくて、毒袋の周りの身がダメになることが多いんだ。でも昨日はなぜか、討伐されたクラーケンの近くに毒袋が綺麗に取り除かれた状態で置かれてたんだとよ」
俺は昨日、【解袋除去】のスキルでクラーケンから毒袋を取り去ったことを思い出す。確かに、俺がスキルを発動したあと、クラーケンの近くに灰色のぷるんとした袋のようなものが落ちていた。
「毒袋が綺麗に取り除かれてたおかげで、いつもより食べられる部分が多いんだよ。ありがてぇよなぁ」
屋台のおじさんはニコニコしながらリタにお代わりの串を渡した。
「それにしてもよ」
おじさんの顔が少し曇る。
「俺は生まれた時からずうっとこの街に住んでるが、クラーケンが二日連続で出没するなんてこたぁ初めて経験したぜ」
「そうなんですか」
俺は思わず食べる手を止めた。
「ああ、普通はクラーケンが出没するのも数年に一回ってとこだ。だから昨日と一昨日は本当に参ったよ。解毒ポーションもないっていうんで大変だったらしいな。優秀なヒーラー がたまたまいたから助かったらしいけどなぁ」
優秀なヒーラーというのは、もしかしてリタのことだろうか。
リタの顔がみるみる赤くなっていく。
屋台のおじさんのように冒険者でない人々は街の奥へ避難していたため、実際の戦いの様子や救護の様子は見ていないのだろう。
リタや俺の頑張りが、冒険者のみならず街の人々にも認められていると知って、嬉しい気持ちとむずがゆい気持ちが同時に込み上げる。
「優秀なヒーラー、だってよ」
俺がリタの脇腹を小突くと、リタはついに耳まで真っ赤になった。
「からかわないでくださいっ! ……でも、今まで自分なんてダメダメだと思っていたので、なんだか嬉しい」
リタはふにゃりと笑い、はにかんだ。
その時、俺の足下に何か柔らかいものが当たった。
「にゃあん」
見ると、黄色い目の黒猫が俺の足に体をこすりつけ、上目遣いで俺を見ている。
「あ、猫ちゃんですね。猫ちゃんもクラーケンが欲しいんですかね?」
リタがそう言うと、黒猫は「にゃあん」と返事するように鳴いた。
「でも私の分はあげませんからね! なんたって高級珍味なんですから! もう二度と食べれないかもしれないんですからねっ!」
黒猫から串を遠ざけて頭の上まで持ち上げるリタに変わり、俺が黒猫にクラーケンをお裾分けしてやることにする。
身をちぎって渡してやると、猫は「うみゃあ、うみゃあ」と鳴いて美味そうにクラーケンを食べた。
「ヒロさん、この猫なんか喋ってません? っていうか、猫のくせに高級珍味を食べるとか図々しいんですけど!」
「シャーッ」
文句を言うリタに、黒猫は牙を見せながら威嚇した。
「やだ! この猫ちゃんコワイです!」
「まぁまぁ、仲良く食べようぜ」
朝の市場はみるみる間に人が増え、人々を照らす太陽の位置もどんどん高くなっていく。
「リタ、腹もふくれてきたことだし、そろそろ移動しないか」
リタは最後の一口をぱくりと頬張ると大きく頷いた。
「乗り合い馬車ですよね。行きましょう!」
乗り合い馬車は大きめの街道に繋がる、街はずれから出るという。
俺達は屋台のおじさんにご馳走様を言い、市場から街の大通りを通り、街はずれまで歩いていく。
大通りには服屋、本屋、靴屋、菓子屋など色とりどりの店と品が並び、なんとも華やかな雰囲気だ。
まだ早朝のため開店準備中の店も多いが、いきいきとした表情で店の支度をする人々を見ると、この街がいかに活気づいているのかよく分かる。
「うわぁ、可愛い……」
ドレス屋のウィンドウに目を留めたリタが、思わずといった様子で呟く。
ガラスの奥では、ふんだんにフリルをあしらったピンク色のドレスが展示されている。
「欲しいのか?」
「いえ、可愛いなと思っただけで」
リタは小さく首を振る。
「今はザカリオに向かって、兄を探すのが先ですから」
そう言ったリタの眼は、可愛いものに目を輝かせる年頃の女の子のものから、家族を探す切実なものへと変わっていった。
リタは兄を探すため、俺は日本に帰るため、危険を承知で街から街へと移動しなければならない。せめてモンスターが出なければいいのだが、この世界ではそうはいかない。思わず口から溜息が漏れた。
そうこうしているうちに街外れに着いた。広場には水を飲んでいる2頭の馬と、その横に馬車がある。
ここが馬車乗り場に違いない。
俺とリタが馬車に近づくと、目つきの悪い、小柄で痩せぎすな男が話しかけてきた。
「兄ちゃん達も馬車に乗るのかい?」
その男は黄色い歯をのぞかせながら話した。
笑顔を作っているつもりなのかもしれないが、口角は片方しか上がっておらず、なんだかぎこちない感じの笑い方だ。
「ええ、僕たちザカリオに行きたくて」
「ひっひっ、ザカリオ、いい街だよう。無事に着ければ……ねぇ」
その男は引きつったような笑い声をあげた。
「ひっひっ、今日の乗客には冒険者はいないんだねぇ。盗賊には注意しないとねぇ」
笑い方といい喋り方といい、気味が悪い男だ。お世辞にも感じが良いとは言えない。
ただ、この時の俺はザカリオまでの道のりが楽しみで、気味の悪い男のことなどすぐに気にならなくなってしまった。
この男を怪しんで、ここで引き返せば良かった——と思ったのは、マイコを出発してから、もっと後のことだった。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!
このお話でマイコ編が終わり、次のエピソードからはまた新しい街へ向けて移動し、新たな仲間も登場します。
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