11 守ってくれてありがとう
瓦礫が散乱した船着場の端に到着すると、俺はクラーケンに向かって右手を掲げた。
「ヒロ、本当にあいつの動きを止められるの?」
後ろから走ってきたアニーが、俺に懐疑的な目を向ける。
無理もない。俺はクラーケンどころかコカトリスさえ上手くあしらえなくて、通りすがりのアニー達に助けられたのだ。おまけに攻撃スキルもない。
そんな俺がモンスターの動きを止められるのか、自分でも100%の自信なんかない。
けれど、リタは自分でできることを一生懸命やっていた。俺だって、今の自分にできることを精一杯やりたい。
「やります! ダニエルさんとアニーさん、ドニさんは、俺が動きを止めたら一気にトドメを刺してください!」
「おう、任せとけ!」
背中から、ドニの太く頼もしい声が聞こえる。
もう俺の中で覚悟は決まった。
俺は右手の中で、太くて頑丈な網を作るイメージを膨らませる。
大きなモンスターが暴れても簡単には破られないように、せめて数十秒はもってくれるようなイメージで。
俺のイメージが固まったとき、それまで反対側を向いていたクラーケンが、水しぶきを上げながらこちらに振り向いた。
白濁した奴の目が俺の姿を捉え、咆哮を上げる。
咆哮で鼓膜がビリビリと揺れる。
怖い。逃げ出してしまいたい。
でもリタも頑張っている。周囲の冒険者たちも皆、危険を承知で懸命に戦っている。俺だけ逃げ出す訳にはいかない。
俺は両足にグッと力を込め、クラーケンに右掌を向けた。
「おいタコ! 網の中で大人しくしてろ! 【食材確保】!」
俺の右手からはこれまでの中で一番大きく、かつ一番太い網が飛び出した。
宙に舞った網は、上空でふわりと広がると、一気にクラーケンの体を包み込んだ。
「ダニエルさん、ドニさん、アニーさん! 今だ!!!」
俺の掛け声に合わせて、3人が一斉に攻撃を仕掛ける。
ダニエルとドニはそれぞれ剣と斧を持って、網の中で悶えるクラーケンの脚を一気に駆け上がっていく。あんなに不安定そうな場所を猛スピードで駆け上がれるなんて、さすがは冒険者だ。
その間にアニーは、氷魔法でクラーケンの白濁した目玉に何本もの氷の矢を突き立てた。
3人の息の合った連携プレーを見ていると、一気に光が見えてきた。
いける。これなら奴を仕留められるかもしれない!
クラーケンの脚を駆け上がり頭に到達したダニエルとドニは、その頂上にそれぞれの武器を勢いよく突き立てた。
おびただしい量の赤黒い血が吹き出し、クラーケンの断末魔のような咆哮が港に響き渡る。
「グギャオオオオウ!!!!!」
これで仕留められたかと思いきや、苦痛で身を捩るクラーケンの力は凄まじく、ダニエルとドニは振り落とされ地面に叩きつけられた。
ドスン!
鈍い音とともに地面に伏した二人は、気を失っているのか動かない。
信頼する冒険者3人に総攻撃を仕掛けてもらってもこの有様だ。
そもそも、攻撃スキルのない俺が商業スキルごときでクラーケンをどうにかしようと思ったのが間違いだったのかもしれない。
くそ、ここまでか、と俺が諦めかけたその時。
冒険者のリーダー格の男が一斉攻撃を叫び、周囲にいた冒険者達はクラーケンの眼や頭頂部を目掛けて一斉に攻撃を仕掛けた。
冒険者たちが攻撃を繰り返す度、少しずつクラーケンの動きが鈍くなっていくのが分かる。
ダニエル、ドニ、アニーの攻撃で致命傷は与えられなかった。けれど、彼らが確実に突破口を開いたのだ。
「手を緩めるな、あと少しだ!」
冒険者の誰かがそう叫んだあと、クラーケンはビクンビクンと小さき水しぶきを上げながら数度痙攣し、ついにその動きを止めた。
動きを止めたクラーケンの体はだらりと弛緩して、ふにゃりと地面に広がるようにして動かなくなった。
その大きな体は、俺が作り出した網がしっかりと捉えている。
「やったか……?」
皆が固唾をのんで見守る中、冒険者の一人がおそるおそるクラーケンに近づいて、声を張り上げて言った。
「討伐、完了!」
その声を聞いた冒険者たちから、次々と歓喜の声が湧き上がる。
「やった! 俺たちの勝利だ!」
「見たか、クラーケン!」
周囲の歓喜の声に包まれながら、俺は歓喜というよりは「なんとか死なずに済んだ」という安堵の気持ちでいっぱいだった。
両膝が笑い、一気に汗が吹き出してくる。
「はは、やばい、冷や汗が」
緊張の糸が切れる。なんだか急に力が入らなくなってその場にしゃがみ込んだ。
すると、いつの間にか近くに来ていたアニーが、俺の背中をバシッと叩く。
「ヒロのおかげよ。アナタが攻撃の突破口を開いたのよ!」
満面の笑みのアニーにそう言われると、自分が立派な人間になったかのような気持ちになる。
しかし、実際にクラーケンから街を守れたのも、討伐を完了させることができたのも、アニー達冒険者たちが自らの命を賭けて戦ったからだ。
俺は痛そうに体を起こすダニエルやドニ、彼らに駆け寄るアニー、そしてこの場で戦った全ての冒険者に対して呟いた。
「守ってくれて、ありがとう」
俺は散らばった瓦礫の中から適当なものを選び、その上に腰掛けた。
潮風が優しく吹いて、ここが港町であることを思い出す。
港はクラーケンによりいたるところが破壊され、大小様々な瓦礫が散乱している。船だって、一体何艘沈められたか分からない。被害は甚大だ。
海辺でそのままクラーケンの解体を始めたギルド職員達を眺めていると、向こうからリタが走ってきた。
「ヒロさぁん、無事でしたか!」
「ああ、おかげさまで」
リタは安堵の表情を浮かべて俺の手を取り、ぎゅっと包み込むようにして優しく握った。
「あんなに凄まじいモンスターとの戦いを見たのは初めてです。私もヒロさんも、無事で良かった……」
リタの目に涙が滲む。
俺も思わず涙ぐみそうになる。本当にお互い死ななくてよかった!
俺たちがお互いの無事を喜んでいると、応急処置を終えたダニエル達が姿を現した。
「ヒロ、さっきは助かった。おかげさまでクラーケンに渾身の一撃を喰らわせてやれたよ。そしてリタ、君もお手柄だった。君が居なかったら、何人も死者が出ていただろう」
「そうよリタ、アナタ解毒が使えただなんて! コカトリスに襲われた時に解毒剤を渡したのはおせっかいだった訳ね」
アニーはそう言って笑ったが、昼前にコカトリスに襲われた時点ではリタは解毒のスキルは無かったはずだ。
今の時点では「ヒーラーであるリタが、毒を持つコカトリスを大量に食べたことで新しいスキルを得た」という見立てだが、その見立てが正しいのかは分からない。
「いや、昨日までは確かに【解毒】のスキルはなかったハズなんですが、なんででしょうか……」
リタが首を傾げると、ドニが豪快に笑いながら言った。
「まあいいじゃねぇか! こうして全員無事だったんだ。明日にはギルドからクラーケン討伐の報酬が支払われるはずだ。今日は前祝いってことで、メシでも食いに行かねぇか?」
メシ、という単語を聞いたリタの瞳がキラリと光る。
「行きましょう! なんだか急にお腹が空いてきちゃいました! この街の名物とか食べたいです!」
そう言われると、俺も急速に空腹を感じ出した。
この世界に来てから外食をするのは初めてだ。どんな料理と出会えるのか考えると、クラーケンとの戦いで疲れ切った体に少しずつ力が湧いてくる気がする。
「おすすめの店があるのよ。ついてきて」
そう言ってアニーが立ち上がる。
俺も立ち上がり、店に向かって歩くみんなの背中を追いかける。
いつの間にか辺りには夕日が差し、俺たちの影が長く伸びて重なっていた。
海の向こうには赤い太陽が沈みかけている。
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