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10 リタの新しいスキル【解毒】

 港の方でクラーケンという大型モンスターが出たらしい。


 俺とリタが息を切らせて港に着くと、そこには数メートルはあろうかという、赤黒い巨大なタコがいた。タコは咆哮を上げながら8本の手足を振り回している。


 ドン! バキバキバキ!


 タコの足が叩きつけられた船着場が木っ端みじんに破壊され、大きな音が鳴り響く。


「あれがクラーケン……!! 初めて見ました……」


 横でリタが息を呑む。

 昨日戦ったグレートディアよりもはるかに大きい クラーケンは、2階建ての家屋くらいの大きさに見える。7、8メートルといったところか。


 赤黒い体から生える8本の脚には、大きさの異なる無数の吸盤がついいる。うう、なんだか気持ち悪い。

 クラーケンは大きな脚の一本で魚船を軽々と持ち上げると、俺たちのいる方向投げ飛ばしてきた。


「危ない!」


 俺たちが咄嗟に身をかがめると、投げ飛ばされた船は俺たちからそう遠くない場所に落下し、けたたましい音とともに粉々になった。


 グレートディアともコカトリスとも威力が桁違いだ。体の大きさも違えば、破壊力にも差がありすぎる。

 体験したことのない恐怖で、俺とリタはその場に片膝をついたまま固まってしまった。逃げなければと思うが、膝が笑って使い物にならない。


 その時、クラーケンがブッと黒い墨を吐いた。

 墨は近くに会った漁船にかかったかと思うと、その漁船はみるみるうちにシュワシュワと煙を上げながら溶けた。辺りに異臭が漂う。


「く、臭いっ! 鼻をツンと刺すような臭いだな。アレが毒か?」


 俺は咄嗟に服の袖で鼻と口を覆ったが、それでも臭い。

 近くにいた冒険者が、リタより先に答えてくれた。


「ああ、アレがクラーケンの毒だ。アレに当たれば物も人も一瞬で溶けちまう。おい、お前たち冒険者じゃないんだろ!? 毒がかかったらひとたまりもない。さっさと逃げろ!」


 その時、少し離れた場所で別の冒険者の叫び声が上がった。


「ぎゃあああああ!」


 見ると、クラーケンが吐いた墨を避け損ねた冒険者が、腕を押さえて悶絶している。

 その腕から煙が上がっているが見えた。毒で溶かされているのだろう。


 一気に背筋が凍っていくのを感じた。ここはモンスターに対して前方すぎる。冒険者でもない俺たちは、一刻も早く離脱しなければ。


「リタ、一旦後方に引こう!」


 しかしリタは俺の呼びかけを無視し、腕を溶かされた冒険者のほうへ一目散に走っていく。

 リタは彼の元まで走っていくと、一人でその肩をかつぎ、モンスターと反対方向までヨロヨロと歩いていく。


「くそ!」


 自分より年下で、しかも女の子のリタ一人に怪我人の救助をやらせる訳にはいかない。

 俺も腕を押さえた冒険者の元まで走ると、リタに変わって彼を背負い、必死に走った。


 その冒険者は腕を怪我しただけかと思っていたが、顔面は蒼白で意識も朦朧としている。大きな出血はないが、早くも毒が全身に回って来ているのかもしれない。


 怪我の箇所から出ていた煙は既に消えているものの、ひどい火傷をしたように赤くただれている。

 クラーケンから少し離れたところで、俺は背負っていた怪我人を地面に寝かせた。ここからはリタの出番だ。


「私はヒーラーです! 今から処置をしますから、もう少しの辛抱ですよ! 【解毒】!」


 リタがスキルを唱えると、冒険者の顔から苦悶の表情が消え、顔色にも少し赤みが刺した。毒の除去には成功したようだ。


「次は……【ヒール】!」


 リタが再び唱えると、赤く爛れた部分が少しだけ元に戻ったように見えた。しかし解毒のときと違い、大幅に回復しているようには見えない。


「やっぱり初級ヒールしか使えないから、火傷の部分が治り切らないんだ……!」


 リタは泣きそうな顔で【ヒール】を連呼しているが、あまり改善は見られない。

 その時、「モルガン!」とその冒険者のものと思しき名前を呼びながら、別の冒険者が俺たちのもとに駆け寄ってきた。


「君たち、モルガンに解毒剤を使ってくれたのか?」


「いいえ、私は解毒を使えるヒーラーなんです。毒はなんとかなりましたが、火傷でできた傷が塞がらなくて……」


 リタが今にも泣きそうな顔で言うと、その冒険者はリタの肩に手を置いて力強く言った。


「いや、解毒できるだけで充分だ! 傷はポーションでも治るはず。それよりも、今は街のどこにも解毒剤がないんだ。申し訳ないが、毒を浴びた他の冒険者達も解毒してくれないか?」


「もちろんです!」


 リタは力強く頷くと、その冒険者と共に別の場所へと駆けていった。


 その間にも、クラーケンは唸り声と水柱を盛大に上げながら暴れ続けている。

 冒険者たちは毒の墨を恐れるあまり容易に近づくことができず、討伐は長期化するように思えた。


 リタがこんなにも頑張っているのだから、俺にも何かできることはないだろうか。

 俺は藁にもすがる思いでステータスウインドウを開く。


「ステータスオープン! ……なに!?」


 俺は驚きのあまり思わず一人で声をあげた。

 何故なら、俺もスキルが増えていたのだ!


 新しいスキルは【毒袋除去】。なんだこれは。食材から毒袋を除去できるスキルだろうか。

 食材限定のスキルなら、リタのように怪我人を助けることはできない。俺はがっくりと肩を落とした。


 俺も何か力になりたかったのに……。


 いや、待てよ。既に毒を浴びた人を助けることはできないが、食材から毒袋を取り去ることができるなら……?


 俺は気がづくとクラーケンを目指して走り出していた。




 船着場の周囲では、クラーケンの吐いた墨がそこかしこで異臭を放っている。

 冒険者は墨を回避するのに精一杯で、なかなかクラーケンに有効なダメージを与えられていないようだ。クラーケンはピンピンしている。


「おい! 危ないから下がるんだ!」


 誰かが自分を制する声を一旦無視し、俺は一気にクラーケン目掛けて距離を詰め、右手をかざして大声でスキルを唱えた。


「【毒袋除去】!」


ぷるん。

 俺がスキルを唱えると、クラーケンの近くに灰色のたぷたぷとした袋が落ちた。もしやアレが墨袋か……?


 しかしそれを確認する前に、クラーケンは俺の方に体を向けた。やばい、墨を吐かれる! 


「うわあああ! 助け……ん?」


俺は咄嗟に体を固くしたが、何も起こらなかった。

ただクラーケンの口からフシュッ、フシュッと空気が抜けるような音がしているだけだ。


 周囲の冒険者からも、どよめきの声があがる。

 クラーケンは何度か体の向きを変え、冒険者たちを威嚇するような動きを見せたが、やはり墨を吐くことはない。


「なぜか分からないが、墨を吐かなくなったぞ! 今だ、攻撃開始!!」


 リーダー格と思しき冒険者の声で、他の冒険者たちも一斉に攻撃を開始する。魔法攻撃や、剣や斧による物理攻撃など方法は様々だが、確実にクラーケンの体が傷ついている。奴の動きも鈍くなっていっているのが分かる。


 しかし墨を吐かなくなったとはいえ、クラーケンには8本の大きな脚がある。

 奴が脚を振り回すたびに船着き場が破壊され、漁船が宙を舞い、避けきれなかった冒険者たちが数メートルの高さまで投げとばされる。


 このまま冒険者達が攻撃を続けても、クラーケンを討伐するのが先か、港が破壊しつくされ、冒険者たちが動けなくなるのが先か分からない。


 俺は自分の右手のひらをじっと見つめた。【食材確保】というスキルを使えば、クラーケンを確保できるのだろうか?


 しかし昨日も、グレートディアは俺が出した網をすぐさま破ってしまった。ましてや、クラーケンはグレートディアの何倍も大きく、力だって何倍も強いのは明白だ。

 それに網が届く距離まで近づいて、俺が無事でいられる保証は全くない。


 覚悟が決まらないままその場に立ち尽くしていると、聞き覚えのある優しい声が聞こえてきた。


「ヒロじゃないか! こんなところで何をしている? 危ないからもっと後方へ避難するんだ!」


「ダニエルさん!」


 俺は思わずその声の主の名を呼んだ。

 そうだ、ダニエル達3人は冒険者なのだから、問答無用でクラーケン討伐に駆り出されているのは当然だ。俺達と分かれた後もまだ街にいたのだろう。

 

 俺は命の恩人を前にして、一気に覚悟が決まった。


「ダニエルさん、ドニさんとアニーさんを連れて俺についてきてください! 俺があのクラーケンの動きを一瞬止めるので、そうしたらとどめを刺してください!」


「冒険者でもない君にそんなことができるのか!?」


 ダニエルの言い分はもっともだ。実際、クラーケンの動きを止められるのかどうか、止めれたとしてもそれが何秒持つのかは分からない。


 しかし疲弊していく冒険者たちや、壊されていく港をただ黙って見ているのはもう嫌だ。

 リタがそうしたように、俺も自分にできることをやりたい。


 俺はダニエルに向かって大きくうなずくと、クラーケンの方へ走り出した。


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