9 忍び寄るクラーケン
「ヒロとリタは、これからどこに向かうつもりなんだい?」
コカトリス串を軽く20本は平らげたダニエルが言った。
「俺とリタは今朝アーカシを出発して、今はザカリオっていう街を目指してるんです」
「ああ、ザカリオか。人も多いし物流も多くて賑やかな街だな。歩いて行く予定かい?」
「ええ、そのつもりです。でも足が疲れちゃったから、休み休み行こうと思ってます」
リタは30本目と思しき串焼きを咀嚼しながら答えた。
君は一体、いつになったら満腹になるんだよ……。
「ザカリオに行くなら、この先のマイコという町から乗り合い馬車が出てるよ。料金もさほど高くないし、歩くのがしんどければ馬車を利用してもいいんじゃないか」
「馬車ですか!」
俺は元の世界で馬車に乗ったことはない。よくファンタジー小説で馬車は尻が痛いなどと書かれているが、どんなものか是非一度体験してみたい。
「リタ、馬車もアリじゃないか?」
「ええ、ずっと歩くのも大変ですしね」
俺とリタが馬車について話し合っていると、アニーがある提案をしてきた。
「私たちもマイコまで行くのよ。良かったら一緒にそこまで行かない? コカトリスの焼き串をご馳走してもらったから、護衛代はタダでいいわよ。ねぇ、ダニエル、ドニ」
「ああ、構わないぜ。と言ってもあと2時間も経たずに到着するがな」
ドニが白い歯を見せてニッと笑った。
「そうと決まれば早速移動の準備を始めよう。何もトラブルが無ければ夕方までに着くが、夕方以降は野生のモンスターも出現するからな」
ダニエルがそう言うと、俺は先程のコカトリスの大群を思い出して胃のあたりが重くなった。もうモンスターと戦うのはこりごりだ。
俺が胃のあたりを手で押さえてため息を吐くと、リタが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ヒロさん、お腹いっぱいなんですね? じゃあ残りは全部、私が食べてあげますからね!」
そう言ってリタは40本目の串焼きに手を伸ばした。
冒険者3人と共に歩くこと2時間。俺たちは無事にマイコに到着することができた。
道中はモンスターに遭遇することはなかったが、やはり同伴者に冒険者が3人もいるというのはとても心強かった。
これから戦闘に長けた冒険者の仲間ができれば心強いだろうが、俺とリタと行動を共にしたいという冒険者など、果たして現れるのだろうか。
マイコはアーカシより規模の大きい港町で、しっかりとした作りの船着場やいくつかの宿屋、レストランのような建物が建っていた。道行く人の数もアーカシよりずっと多い。
俺は潮風を胸いっぱいに感じながら、マイコの町の入り口で冒険者3人に別れの挨拶をした。
「本当にありがとうございました。コカトリスの毒から助けてもらったご恩は一生忘れませんよ」
「どういたしまして。ザカリオまで気をつけて行くんだよ」
ダニエルが優しく答えた。彼は最後まで俺達を子ども扱いしていたが、保護者に守られる立場というのもなかなか悪くない。大人になるとなかなかできない経験だし、素直に有難いと思う。
「エレガンス製薬の支店がこの街にもあったはずよ。解毒薬やポーションをいくつか調達していったらどうかしら。あなたたち、解毒薬とかも持っていないんでしょう」
エレガンス製薬というと、リタ達ヒーラーの仕事を閑職へと追いやった張本人ではないか。リタとしてはそんな店で買い物をするのは複雑なのではと思い彼女の顔を盗み見るが、特に表情はいつもと変わらない。俺の考え過ぎだったか。
「それがいいぜ。薬屋はこの道をまっすぐ行ったとこだ。準備は念入りにな」
アニーとドニも優しく世話を焼いてくれる。
コカトリスの大群に遭遇したのは災難だったが、こんな素敵な出会いがあったのだから、この世界も捨てたもんじゃない。
俺とリタは3人に大きく手を振り、教えてもらったエレガンス製薬の支店とやらに歩いて向かった。
マイコの街は人通りも多く、街ゆく人々の服装はアーカシを歩いていた人たちより心なしかオシャレだ。漁村であるアーカシの住人が動きやすさを重視した服なのに対して、こちらは街歩き用の装飾の凝った服を着た人が多いような気がする。
また、アーカシに木造の建物が多かったのに対して、ここはレンガ造りの建物が多い。店の数も多そうだし、ここなら新たな調理器具や調味料も入手できるかもしれない。
俺は道の左右に連なる様々な店に目を奪われながら、街歩きを楽しんだ。
しばらく道なりに進んだ時、ふいにリタが声をあげた。
「ヒロさん、あれ!」
リタが指をさす方向を見ると、ひときわ大きく立派な建物がある。
白く輝くような外壁のその建物は、周囲の建物3つ分くらいの横幅がある。四角い箱のような造りで、周囲が中世ヨーロッパのような雰囲気の中では異彩を放っている。
俺はこの世界の文字が読めないので何の店かは分からないが、明らかに金がかかってそうだ。建物も比較的新しそうに見える。
「エレガンス製薬って書いてます。大きいですね〜」
リタがポカンと口を開けている。
製薬会社はどこの世界でも儲かるんだろう。店の中はどんなものだろう。俺はエレガンス製薬店の大きなガラスのドアを押し開けた。
「いらっしゃいませ」
白衣に身を包んだ初老の男性店員が、カウンター越しに丁寧に挨拶をしてくる。
店内は天井が高く、店の壁一面には薬が入っていると思われるビンが所狭しと並び、照明の光を受けてキラキラと輝いている。
「すみません、解毒剤が欲しいのですが」
リタが店員に声をかけると、店員は申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ありません。ただ今欠品しておりまして」
「壁面に置いてる薬の中に、解毒剤はないんですか?」
「あれはサンプルなので、中身はポーションではないのです。昨日この街の港にクラーケンが出没したのはご存知でしょうか? その時に店の在庫を全て使い果たしてしまいましてな……」
確かアーカシでグレートディアに襲われた時、冒険者たちは隣町のクラーケン退治に駆り出されていると聞いた覚えがある。昔読んだ漫画で見たことがあるが、クラーケンはタコのモンスターだったような。
「クラーケンは毒のあるモンスターなんですか?」
俺が男性店員に尋ねると、彼は深く頷いた。
「そりゃあもう、キツい毒を持ってます。コカトリスの毒なんかより、もっと致死率が高くて、やっかいなんですよ」
俺は昼前にコカトリスの毒をくらった時の感覚を思い出し、背筋に冷たいものが流れた。
あれよりキツくて致死率の高い毒だなんて! 絶対に食らいたくない。もしクラーケンに会ったら一目散に逃げよう。そうしよう。
俺が決意を固くしていたその時、店の外が急に騒がしくなった。
「何かあったのでしょうか? ヒロさん、一回外に出ませんか?」
リタに促されて店の外に出ると、街の奥へ逃げる人々と、港の方向へ走って行く冒険者たちで道がごった返していた。
丸腰のギルドの職員と思しき人と、武装した冒険者達の怒号が飛び交う。
「商業スキル持ちは早く逃げろ! できるだけ港から離れるんだ!」
「冒険者は解毒剤を持って、すぐに港へ行ってくれ!」
「解毒剤なんか昨日全部使っちまったよ! エレガンス製薬には在庫あんのかよ!?」
その時、大剣を背負った冒険者の一人がエレガンス製薬の扉を乱暴に押し開けた。大きく開いた扉は閉まることがなく、中の会話がそのまま聞こえてくる。
「なぁ、この店に解毒剤はまだあんのか!?」
「申し訳ありません。昨日の時点で在庫は全て出してしまい、商品の入荷は明日以降となっておりまして……」
「近くの店から在庫をもらってくるとか、なんとかしてくれ! 【解毒】を使えるヒーラーも今いないんだ!」
「失礼ですが、何かトラブルでしょうか?」
店の店員がおそるおそる尋ねる。
「クラーケンだよ! 二日連続で! ちくしょう、今までこんなこと無かったのに……どうして……」
冒険者は最初の勢いを無くし、店のカウンターに手をついたまま深くうなだれた。
俺とリタは思わず目を合わせる。
「ヒロさん、私だってヒーラーの端くれです。何かできることはないでしょうか?」
リタの瞳の中で、不安と闘志の炎が混ざり合って揺れている。
「リタはさっき冒険者の人が言ってた、解毒っていうスキルは使えるのか?」
「いえ、私は本当に初級のヒールのみで……」
そう言いながらリタは自身のステータスウインドウを開いたが、次の瞬間目を丸くし、急に興奮した声をあげた。
「ヒ、ヒロさん! 私、【解毒】のスキルが新たについています! 一体どうして!?」
「アーカシにいた時はなかったってこと?」
「ええ。でもなんで急にスキルが増えたんでしょうか……?」
俺は昨日と今日の出来事を振り返り、一つ思い当たるフシがあった。
「今日の昼、リタはコカトリスの串焼きって結局何本食べたの?」
「こんな時に何聞くんですか!? 50本ですけど何か問題でも!?」
リタは苛立ちを隠さず言う。大食いを咎められたと思ったのだろう。しかし俺はそういう意味で聞いたのではない。
「もしかして、ヒーラーのスキルを持つ人が毒を持つコカトリスを一度に大量摂取すると、何かスキルを獲得するんじゃないか?」
「そんな話は聞いたことがないですけど……」
「とにかく、リタは毒を除去できるスキルを獲得したのは間違いないんだな? 俺達は冒険者じゃないし、前線で戦うのは無理だ。でも後方支援なら何か手伝えるかもしれない」
俺達は無言で目を合わせて頷くと、港のある方向まで一気に走った。
その時、港からモンスターの唸り声が響き、周囲の建物よりも大きな水柱が上がるのが見えた。




