108 最終話 最後の串焼き
この異世界から日本に帰る前に、世話になった皆にお礼の気持ちを込めて、俺ができること。それは、料理人として美味しい串焼きを皆に振舞うこと!
「海沿いで食べる串焼き……。うん、ローケーションも抜群だ! 俺はここで焼き台を組み立てるから、リタやシズカは市場で野菜でも調達してきてよ。俺は肉しか持ってないからさ。それから、もしナリトモ様を呼ぶならカゲロウが呼んできてくれない? まあ、王子様が串焼きなんか食べることはないかもしれないけど……」
「いや、ナリトモ様は変わった食べ物がお好きなのだ。きっと喜ぶであろう」
カゲロウは満足そうにうなずくと、馬車に乗り込み大使館の方へ戻っていった。リタとシズカも、何を食べるかきゃあきゃあ楽しそうに相談しながら、街の中心部に向かって歩いていく。きっとその辺に市場もあるだろう。
浜辺には俺とクロジが残された。俺はマジックバッグからレンガや網を取り出して、手際よく焼き台へと変身させていく。クロジは少し離れた岩の上にゆったりと座って、優雅にそれを眺めている。
「なあ、ヒロ」
「なんだよ」
「お前はこの世界に留まりたいとは思わないのかニャ? 本当に日本に戻るのかニャ?」
「当たり前だろ。そのために今まで頑張ってきたんだ。クロジだって早く日本に戻りたいだろ?」
「もちろんニャ。でも戻れば……もう二度と、カゲロウやリタやシズカには会えないニャ」
「それは……」
目の前に広がる海は、元の世界のそれと全く同じように見える。けれど、ここの海にはきっとたくさんモンスターもいて、どこまで進んでも元の世界の海に繋がることはない。海も空も、俺やクロジの元の世界とは繋がっていないのだ。
日本に繋がっているのは、青く光る祠だけ。けれど、そこはほとんどが一方通行だ。こちら側には来れても、元の世界に戻るのは容易じゃない。
おまけに、あっちの世界から祠を通るには、死にかけじゃないといけない。みんなに会いたいからといって、また死にかけで祠を通る勇気は、俺にはない。
日本に帰れば、この世界で出会った人たちとは永遠にお別れだ。それくらい、俺もよく分かってる。
「でもさ、クロジ。みんなと別れたくないからって日本に帰らない訳にはいかないだろ?」
「それはそうニャ」
クロジは太陽の光をキラキラと反射する海を見ながら、眩しそうに目を細めた。
「もう会えないから寂しいって考えるんじゃなくて、ここで皆に会えたから素晴らしい思い出ができたって思おうよ」
俺がそう言うと、クロジは目をまん丸に見開いた。それから少しして、ニッコリと微笑むように目を細めた。
「ヒロは、この世界に来て良かったかニャ?」
「モンスターやバトルは嫌だったけど、でもいい仲間に巡り合えて、日本ではできない経験もできて、それは本当に良かったと思ってるよ」
「俺様も、人間といっぱいお喋りできてよかったニャ。この世界に来れて、よかったニャ」
焼き台に置いた炭から、パチパチと小気味よい音が響く。俺とクロジはその音を聞きながら、この世界での最後の時間を噛みしめていた。
◇◆◇
焼き台がすっかり温まった頃、両手に食材を抱えたリタとシズカが楽しそうに戻って来た。
「ヒロさぁん、これとこれと、それからこれも焼いてください! なんか珍しい魚とか貝もあります!」
「あと野菜もね。あっ、カゲ様も戻ってきた!」
リタとシズカの目線の先には、大使館の馬車が停まっている。中から、優雅な所作でナリトモたちが降りてきた……と思ったら、両手をロープで縛られた状態のアルバンも降りてきた。「逃げられたら困るのでな」とカゲロウは言うが、本当はリタと一緒に過ごさせてあげたいのだろう。カゲロウなりの不器用な優しさだ。
「さて、みんな揃ったことだし……じゃんじゃん焼いていくぞ!」
俺はマジックバッグに入っていたありったけの肉を取り出して、一気に串に刺していく。串打ち、なんて笑っちゃうようなスキルとも今日でお別れだ。
串に刺さった肉を焼き台に乗せると、程なくじゅうじゅうと美味しそうな音が響く。物珍しそうに焼き台を眺めるナリトモの横で、リタがしきりにヨダレを拭っている。王子様の横でヨダレを垂らすのは不敬にあたらないのだろうか……と思いつつ、肉をひっくり返す。こんがりとした焦げ目から、肉の香ばしい匂いがふわりと舞い上がる。
「ヒロさん、もう食べていいですか?」
リタがギラついた目で肉を凝視している。
「まだだ! 反対側もしっかり焼かなくちゃ。ええっと、これはリタと初めて会ったときに仕留めた、グレートディアの肉。まだちょっとだけバッグの中に残ってたんだ。これはシンプルに塩で食べてもいいな。それから、こっちはシズカに出会った時に捕まえた水蛇……という名のウナギ! これは塩でもいいし、カゲロウから借りた醤油で作った特製タレでもいいな。おっと、シズカ、米はどうだ?」
シズカには鍋で米を炊くようにお願いしていた。もちろん、鍋は焼き台の上にある。
「こっちもいけるよん。はあ、立ち昇るお米のいい匂い! ウナギで食べるのもいいし、ヒロ、そっちにある肉は……」
「こっちは孤児院で捕まえたコカトリスの肉だ。これを米の上に乗せて、特製タレをかければ……」
「ヤキトリドン‼」
狂気をはらんだようなリタの大声で、横にいたナリトモがびくっとした。カゲロウがすかさずリタを睨む。
「少しは落ち着け、リタ!」
「よい、よい。私は、水蛇というのを食べてみたいのだが、いいか? カゲロウは旅の間、こんなにも美味しそうなものを食べていたのだな。必ずしも辛い旅ではなかったことが分かって、私は嬉しいよ」
ナリトモが嬉しそうに目を細めた。
香ばしい匂いが浜辺に充満する。みんなの期待が最高潮に高まっていることが、目の輝きから分かる。
俺はそれぞれの皿に、それぞれが食べたいものをよそっていく。みんなが串焼きや焼き鳥丼を口に運び、次々に顔を綻ばせていく。もう、その顔を見るだけで、俺は本当に大満足だ。
俺と一緒に旅をしてくれてありがとう。俺の作ったものを食べてくれてありがとう。
みんなに会えて良かった。
「ヒロさん、食べないんですか? じゃあヒロさんの分も私が……」
「いや、俺も食べる! いただきます!」
口の中で、コカトリスの濃厚な肉汁が弾けた。
ヒロの異世界冒険はここで終わりです。エピローグはクロジ目線になります。




