エピローグ
エピローグはクロジ目線です。
「海岸で黒猫を抱えた成人男性を発見! 呼吸あり! 脈は——」
「いま病院に運びますからね」
「おい、猫はどうする」
「保健所に連絡しろ」
濡れた体が異様に重い。目がうまく開かない。耳元で誰かが大声で話をしているけれど、俺様はそれに上手く返事をすることができない。
「なんか、猫がニャアニャア言ってるな」
俺様のプリティボディを抱えた男が言った。どうして俺様の言葉が通じないんだ? そうだ、浜辺で串焼きを食べたあと、俺様達は小舟に乗って青く光る祠に向かったんだった。
小さな舟に、ヒロと俺様、それからカゲロウとリタとシズカが乗り込んだものだから、舟が何度も傾きそうになって、ヒロとカゲロウがぎゃあぎゃあ言い合っていた。
それは喧嘩している訳ではなく、最後の時間がしめっぽくならないように、あえて明るく振舞っているようにも見えた。
祠に近づくと、木でできた小さな小屋が祠を囲んでいた。小屋の淵に立って、俺様を抱えたヒロが他の皆のほうに振り返った。
「本当にありがとう。みんなに会えて良かったよ。それじゃあ……」
またね、とは言えない。多分、もう会えないから。
「元気でニャ!」
俺様が可愛く挨拶をすると、ふんわりと光っていた祠が急に強い光を放ちだした。青い光と白い光が混ざり合いながら、祠と俺様とヒロを包む。
光の向こう側で、カゲロウとリタとシズカが驚きで目を見張っているのが見えた。
みんな、猫の俺様と仲良くしてくれてありがとう。だいすきだよ。
視界が光でいっぱいになって少しすると、急に体が重くなっていた。
そして気が付くと、救急隊員とかレスキュー隊の服を着た男たちに囲まれていたのだ。
俺様は誰かに抱っこされて、担架で運ばれるヒロをぼんやりと眺める。ヒロ、とその名を呼びたいけれど、口からはニャアという鳴き声が漏れるだけ。もう俺様に人間の言葉を喋るスキルはない。
ああ、日本に帰ってきたんだ。
早くご主人が迎えに来ないかな。
なんでだろう、とっても眠い。
おれはちょっとだけ、お昼寝することにした。
◇◆◇
ご主人が俺様を迎えに来たのは、次の日のことだった。俺は結局保健所ではなく、保護猫を扱うボランティアの人のところに預けられた。その人がSNSというやつを駆使して、俺様のご主人を探してくれたらしい。
「クロジ、探したんだよ」
ご主人は今日もステキなお洋服を着て、俺様を愛おしそうに抱きしめた。
やっぱり俺様の口からはニャアという鳴き声しか出て来ないけれど、ご主人様やボランティアの人が喋っている内容は、以前よりもずっとよく分かる。俺様は、聞いて理解するだけなら人間の言葉をマスターしたと言ってもいい。
こっちの世界に戻ればスキルは全て消えてしまうのかと思っていたから、嬉しい誤算だ。もしかすると、ヒロも手から串や炭が出るのかもしれないし、何かを冷凍させられるのかもしれない。おもしろ人間の誕生だ。ま、実際のところはどうか分からないけれど。
「クロジを保護してくださり、ありがとうございました」
「いえいえ、クロジちゃんが無事で良かったですね。今日はこのまま帰られるんですか?」
ご主人は俺様の首にピンクのリボンを巻き付けたあと、ペットキャリーに入れながら答える。
「いえ、クロジの命の恩人のお見舞いに行こうかと思っていまして。病院から許可をもらって、少しだけ面会できることになったんです」
ご主人は俺様を抱えてタクシーに乗り込む。窓から見える景色が、どんどん後ろに流れていく。気が付くと、赤石市民病院と書かれた病院についていた。ここにヒロがいるのだろうか。
ご主人は裏口のようなところから看護師さんに案内されて、エレベーターに乗った。俺様と一緒だから、正面の入り口は使えないのかもしれない。
消毒臭い廊下を進み、ひとつの病室の前で立ち止まる。ご主人がノックをすると、中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「はい、どうぞ」
病室に入るなり、俺様はキャリーの入り口に体当たりして、無理矢理扉を開けた。ご主人が俺様を制する声が聞こえるが、今だけは無視だ!
「クロジ!」
「こら、クロジ、やめなさい!」
俺様はご主人の腕をひょいひょいとかわし、いつものようにヒロの肩に飛び乗る。
「はは、クロジ元気そうじだな。それにしても、何このリボン。メスみたいじゃん」
「ニャア」
ヒロは俺様のプリティなリボンを怪訝そうに見る。
「おや、うちの猫の名前をご存じだったんですね。ええ、雌猫なんです。私にとっては娘のような存在でして……この度はクロジの命を救って頂き、本当に——」
「え⁉ メスだったんですか⁉ 俺、てっきりオスだと……」
ヒロの声があまりにも大きかったため、看護師さんが様子を見に来た。相変わらずヒロは声が大きい。俺様がプリティガールなことくらい、ちょっと見たらすぐ分かるだろうに。まさか向こうの世界にいる間、ずっとオスだとでも思っていたのだろうか。
その後、ご主人とヒロは少しお喋りをしていた。
ヒロは色々検査をしたところ特に問題ないようで、明日には退院できるらしい。脱水が酷かったとのことだが、それも点滴でかなり良くなったらしい。
「お仕事にもすぐ復帰されるんですか?」
ご主人が、俺様をペットキャリーに押し込めながらヒロに尋ねる。
「ええ、明日の退院後から早速復帰しようと思いまして」
「まあ、今日はまだ事故の翌日、明日もまだ事故から二日しか経っていないじゃないですか。もう少しお休みされてもいいのでは?」
ご主人が眉をひそめた。
なんと驚くべきことに、俺様達は異世界で数週間旅をしていたはずが、こちらに戻ってきたらほとんど時間が経過していなかったのだ。
ヒロが苦笑しながら答える。
「なんだか、もう何週間も休んでいたような気がするんです。それに体ももう元気ですし、早く働きたいんですよ」
「まあ、若いって素晴らしいですね。頑張ってください。また、お店にもうかがわせてください」
「ええ、その時は是非、クロジも一緒に」
ご主人は何度もヒロに会釈をして、病室を後にする。
「クロジ、いい人に助けてもらえてよかったね」
「ニャア」
ご主人と再びタクシーに乗り込む。今度は自宅に帰るのだ。
ずっと帰りたかった俺様のおうち。やっと帰れる。
動物病院から帰るはずが、気づけば海に放り出されて、異世界に辿り着いていた。モンスターがいたりスキルがあったりする変な場所だったけど、人間の言葉を喋れるようになったり、美味しいものを食べたり、なかなか楽しい旅だった。
そんな旅も、もう終わり。
リタやカゲロウやシズカは、今どうしてるかなぁ。
もう会えないと思うけれど、でもどこかで繋がっている気もする。
タクシーの窓からは、見慣れた日本の景色ばかりが流れていく。
「クロジ、おかえり」
ご主人の優しい声に包まれながら、俺様はお昼寝をするためにゆっくりと目を閉じた。
最後までお読み頂きありがとうございました!
初めての連載を無事に終えることができました。
今後とも早島りんごの作品を読んで頂けると嬉しいです。




