107 青く光る祠と俺の仲間たち
もうすぐ完結!
ナリトモから、エレガンス製薬の建物のすぐ側に青く光る祠があるかもしれないと聞いた俺は、ギリギリ不敬にならないレベルで応接間を飛び出した。俺に続いて、カゲロウ、リタ、クロジ、シズカも応接間を出る。天井の高い廊下に、俺達のバタバタという足音が響く。
「ヒロ、祠は逃げん。もう少し落ち着け」
背中の方からカゲロウの呆れた声が聞こえる。でも、日本に帰る手がかりを前に、焦るなという方が無理がある。
「ゲンゾウが馬車を回してくれるようだ。それに乗ってエレガンス製薬まで行こう」
馬車に揺られ、再びエドランの街をゆく。大使館へ移動した時よりも、人通りが多くなってきた。色とりどりの服と、色んな肌の色の人が行きかっている。
「ここが首都なんだっけか」
「そうです。人口もランス国の中では一番多いんですよ。つまり、ゴハン屋さんも多いということです。エドランのグルメ……ごくり」
リタはヨダレを拭いながら、エドランについて色々と教えてくれた。ここからもう少し離れたところには王様のいるお城なんかもあるらしい。
地面には石畳が引かれ、ザカリオよりもずっと馬車の数が多い。俺は街行く人の姿を眺めながら、「異世界の人の営みをじっくり見るのも、これが最後かもな」とぼんやり考えていた。
エレガンス製薬の近くにある小屋が、もし本当に青く光る祠だったら? 俺はこのまま帰るのか。皆とじっくりお別れをした方がいいんじゃないか。俺らしいお別れの仕方ってなんだろう。
そんなことを考えているうちに、気づけば馬車はエレガンス製薬の前に到着していた。
改めて見ると、エレガンス製薬は周りの建物と比べてとにかく縦に大きい。日本のオフィスビルと比べればそこまで大きくないが、この世界の建物は2階建てがほとんどで、大きくてもせいぜい3階建てだ。それの倍ほどもあるエレガンス製薬のオフィスは、なんだか異様な雰囲気だ。
「まさにラスボスの要塞ってところか」
「何を言っておるのだ。ナリトモ様が言っていた小屋は、この建物の裏側——海側にある。ついてこい」
カゲロウについて、エレガンス製薬のオフィスの周囲をぐるりと回る。建物の裏側に来たとたん、強い風が吹いた。同時に潮の匂いが勢いよく鼻に入ってくる。
「エドランは港町なんだな」
「ええ、外国からの商船なんかもたくさん来るらしいですよ」
水平線の向こうに、いくつか船の影が見えた。
同時に、岸から少しだけ離れたところにナリトモの言っていた小屋のようなものも見えた。それは青く凪いだ海の上にポツンと佇んでいて、目を凝らしてみるとうっすらと光っているように見える。
「ヒロ、光ってるニャ?」
「クロジにも分かるか? 俺も光ってると思う。やっぱりアレが——」
日本に帰るための場所。青く光る祠だ。ザカリオにあったやつとよく似ている。でも、あの時よりもずっと暖かくて強い波動を感じる。光ってるだけじゃない。呼ばれてる気がする。ザカリオでは感じることのなかった感覚だ。
多分ジンたちを捕まえたことで、この世界の平和を願う神様のお眼鏡に叶ったのだろう。この世界の災厄のひとつを退けた俺とクロジは、元の世界へ戻る切符を手に入れたはずだ。
「やっと——帰れるんだな」
祠を間近で見た訳でもなく、触れたわけでもない。うまく説明できないけど、それでも俺は確信していた。日本に帰る道が、あの先にあると。
「ヒロさん、あそこに近づくには船がいりますよね? あ、あそこに小舟がくくりつけてありますよ」
「うん、そうだね。でも船に乗って祠に近づけば、俺とクロジはもうお別れだ。その前に、皆にきちんと俺を伝えたいんだよ」
俺はみんなの目をゆっくりと見回した。
俺がこの世界に来て初めて出会った人がリタだ。右も左も分からない俺にこの世界のイロハを教えてくれて、物理的にも精神的にも傷ついた俺を幾度となく癒してくれた。彼女に出会わなければ、俺はこの世界で早々に野垂れ死んでいた可能性が高い。
そして、俺が初めて出会った同郷のクロジ。ヒトではないが、コイツがいてくれたおかげで俺は日本に帰るという目標を諦めずにいられた。クロジがいなければ青く光る祠に刻まれた文字の詳細も分からなかったし、きっとザカリオから先に進めなかっただろう。
それから、なんといってもカゲロウだ。彼がいたからこそ、この物騒な異世界で死なずに済んだと言っても過言じゃない。強いカゲロウにとって、俺は足手まといだったかもしれない。でも、そんな彼が時々俺の力を認めるような発言をしてくれるのが、嬉しくてこそばゆかった。まさにこの世界での俺の保護者だった。
最後に、シズカ。この世界で出会った日本人の中で、唯一日本に帰ることを望んでいた人物。結局この世界に留まるらしいけど、彼女の明るいキャラクターは旅の後半戦で俺の心の支えだった。日本人なのに俺よりずっとこの世界に馴染んでて、薬の知識もあって、すごく頼りがいがあった。
皆との思い出を振り返っていると、だんだん視界が潤んでくる。
「ヒロ、泣きそうニャ」
「うるさい、クロジ! そりゃ、そろそろ皆とお別れなんだなって思うとさ……ちょっと涙も出そうになるだろ」
「ヒロさん……本当にこれでお別れなんですか? 私……」
リタが俺以上に目を潤ませ、そして俺の両手をガシッと握った。彼女の明るい茶色の瞳に、俺がクッキリと映っている。
この雰囲気、このシチュエーション……! まさか……愛の告白……⁉
ゴクリ、と唾を飲み込む俺。するとリタは手にいっそう力をこめて、俺の手を握った。
「リタ、気持ちは嬉しいが、俺は日本に帰らないといけなくて——」
「そんな……! 最後に……ヤキトリドンってやつが食べたいんですけど!」
「は? 焼き鳥丼?」
ポカンと口を開ける俺に、リタが畳みかけるように言う。
「ヒロさん、言ったじゃないですか! コメとコカトリスの肉で、絶品料理ができるってぇ! ううう、それを食べさせてくれないまま帰るだなんて、あんまりにも酷いです!」
愛の告白ではなく、あふれ出る食欲を抑えられないだけだった。
「あ……焼き鳥丼ね……。いや、コカトリス自体はまだ俺のマジックバッグに入ってるんだけど、いかんせん米が……」
元々は米を調達するために孤児院のある村に寄ったのだ。けれど、そこで獣人族の子供たちが捕らわれていたこともあり、正直米どころじゃなかった。
すると、シズカが「ふっふっふ」と意味深な笑い声を発しながら、おもむろに彼女のリュックを開いた。
「アタシに抜かりはないよ。実はエレガンス製薬から大使館へ移動する前に、オフィスの倉庫内で米を発見したんだよねぇ!」
シズカはリュックから、茶色い袋を引っ張り出した。袋の口を開くと、中からは俺達に馴染み深い白米が顔をのぞかせた。
「米だ! しかも精米してある!」
「そうなんだよねぇ。こっそり持ち出せそうな量が、ちょうどこの精米してる分だったんだよ。米自体はもっとあったんだけど、何キロもあるやつをこっそり拝借するのは難しいじゃん」
「でかした、シズカ! これくらいあれば、俺たち4人と1匹分は余裕で賄えるな。ナリトモ様とか大使館にいる人にもご馳走できるかも」
俺は頭の中で、素早く調理の算段をつける。
「よし、こっちの世界で最後の串焼きパーティといくか!」
次回、今週金曜日に最終話とエピローグを更新し、完結です!




