106 ミナモト国大使
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エレガンス製薬にどやどやと駆け付けた軍の人たちは最初、俺達のことを不法侵入者だと決めつけて捕えようとした。
いや、実際のところ不法侵入者なんだけど、それ以前に悪事を重ねていたのはエレガンス製薬だ。ナリトモが威厳を感じさせる所作でミナモト国の大使を呼ぶようにと軍人に言うと、これまた半刻ほどで、今度はやたらと袖の長い豪奢な服に身を包んだ猫の獣人が現れた。
猫の獣人はカツカツと靴音を響かせながらラボに入ってくると、カゲロウとナリトモを見て大げさな仕草で驚いて見せた。
「おやおや、ナリトモ様に第2王子直属部隊の副隊長ではありませんか。数か月前、ミナモト国からナリトモ様捜索の要請はあったのですが、秘密裏に動くようにとのお達しがあったため、アタクシも大っぴらには動けず歯がゆい思いをしていたのですよ。ご無事でなによりです」
猫の獣人がナリトモの手前で跪くと、カゲロウは「ゲンゾウ! 貴様!」と言って猫に食ってかかる。
「貴様! ずっとエドランに居ながら、どうしてナリトモ様が捕らわれていることに気付かなかったのだ⁉ 職務怠慢であろう⁉」
「何を言うのです、副隊長。あなたには何回も情報提供をしたではありませんか。それに旅費がないという副隊長に手紙に紙幣を添えて送ったことも一度や二度ではありませんよ。アレ、全てアタクシのポケットマネーですからね」
ゲンゾウと呼ばれた猫の獣人はすっと立ち上がると、カゲロウを見下ろすようにして言った。やはり獣人なだけあって、ものすごく背が高い。カゲロウと並ぶと、まるで子供と大人くらい違う。
「父上はロクに捜索費もよこさなかったのであろう。ゲンゾウもカゲロウも、大変苦労をかけたな。帰国した暁には必ず補償すると約束する」
ナリトモが眉を下げて言うと、ゲンゾウはゆるゆると首を横に振った。
「ナリトモ様、あなたは王族であると同時に、まだ10歳の子供なのです。ご自分が救出されたばかりの今だけは、周りの事を考えず、ご自身のことだけを考えて伸び伸びとお過ごしください。……と言いましても、知り合いもロクにいない外国では難しいかもしれませんが」
「えーっ! ナリトモ様って10歳なの⁉ 俺、てっきり中学生くらいかと思ったのに」
俺が素っ頓狂な声をあげると、カゲロウにジロリと睨まれた。
「チュウガクセイが何か分からぬが、お前は黙っていろ」
「中学生っていうのは12歳から15歳くらいの子供が集まる学校の生徒のことで……いや、それはいい。フーン、やっぱり獣人って子供のころから大きいんだな。それに子供とは思えないくらいしっかりしてるし……」
「もういい。緊張感が無さすぎる。黙っていろ」
カゲロウは俺の頭をぐぐぐっと押さえつけた。痛いよ。
俺達が気軽にお喋りしているところから少し離れたところで、体を氷漬けにされて眠っているジンが運び出されているのが見えた。
他国の王族を誘拐して監禁していただけでもヤバいけど、ラボの中からはエレガンス製薬が行った悪事に関する証拠が短時間で大量に出たらしい。エレガンス製薬とゲルセミウムとのつながりがはっきりと判明したあたりから、軍人の数が明らかに増えてきた。
増えた軍人によってラボの中がガヤガヤと騒がしくなった頃、ゲンゾウの案内により俺達はミナモト国大使館へと場所を移した。大使館はエレガンス製薬から、ゲンゾウの用意してくれた馬車で10分ほど揺られたところにあった。
大使館に入って通されたのは、やたら天井の高い応接間だ。ナリトモは着替えをするといって、ゲンゾウに伴われて別室へと消えた。
残された俺達はフカフカすぎるソファに身を沈めながら、長い息を吐いた。ソファには俺たち一行に加え、すやすやと寝息を立てるアルバンが寝かされている。
「リタのお兄さんのこと……連れてきて良かったんだよね……?」
「アルバンをあのままラボに置き去りにすれば、エレガンス製薬の一味だとみなされて数年は牢屋から出られんだろう。行方が分からない獣人の子供はあと数人いる。全員の居所を突き止めるまではアルバンの情報が頼りだ。ランス国軍に渡す訳にはいかん」
カゲロウは眉根に皺を寄せてアルバンを見た。
ナリトモ以外にもラボに連れて来られた獣人の子供がいるようだが、今のところはっきりとした行方は分かっていない。ナリトモいわく、おそらくゲルセミウムのアジトのどこかで戦闘要員として働かされているのではないかということだった。
「でも、軍も介入してくれたんニャ。きっと、残りの子供たちもすぐ見つかるニャ。そうしたら、リタはアルバンと一緒に家に帰れるニャ?」
クロジが口の周りをペロリと舐める。クロジは先ほどゲンゾウから猫用ミルクをもらって、ご機嫌に飲んでいる。
「ナリトモ様も救出できたし、他の獣人の子供も見つかりそうだし、これで一件落着だな! あとは……」
「ヒロとクロジが日本に帰るだけだな!」
シズカは白い歯を見せてニカっと笑った。
シズカも日本から来たが、彼女はミナモト国に行くと言っている。
「シズカは本当に、日本に帰らないのか?」
「ああ、帰んないよん。だってさ……」
シズカは少し目を伏せた。
「アタシさ、日本では家族関係が最悪だったんだよね。だから日本に帰ったって、アタシの帰る場所はないんだよ。それに、実は日本にいる時には結構メンタルがやられちゃってて、ずっと病院に通ってたんだよね。こっちに来てすっかり良くなったけど、日本に帰ったらまたああなるんじゃないかって思ったら、もう帰らなくていいかなって思ってきたの。ヒロ達に会う前は日本に帰りたくて仕方なかったけど、それだけがアタシの生き方じゃないって気づいたんだ」
シズカは顔を上げると、再びニカッと笑う。
「それに、カゲ様もこっちにいるしさ! アタシ、こっちでいる方が自分らしくいられるの。だから、アタシはここで生きることを選ぶ」
「そっか」
異世界から来た俺達が日本に帰りたい理由も、ここに留まる理由も十人十色だ。
この世界に来たばかりのころは、日本に帰ることこそが正解だと信じて疑わなかった。でも旅をする中で何人もの日本人に会って、必ずしも帰ることだけが正解じゃないと気づかされた。
それでいい。それでいいんだ。
「問題は、今後どうすれば俺とクロジが日本に帰れるかだな。なぁカゲロウ、エドランにも青く光る祠ってあるのかな? ホラ、ジンを捕まえたってことは、この世界の災厄のひとつを遠ざけたってことで、祠を通って日本に帰るための条件を満たしてたりしないかなぁと思って」
俺がカゲロウに問いかけると同時に、応接間の扉が開く。扉から、やたらと袖の長い服を着たナリトモとゲンゾウが入ってきた。
「そなた、祠に興味があるのか?」
ナリトモが俺の目を見る。
「あ、ハイ。俺、自分の故郷に帰るための手がかりを探していて、それが青く光る祠なんですけど、この辺にあったりしませんかね」
俺がヘラヘラと尋ねると、ナリトモは少し視線をさまよわせたあと、思いついたようにハッと顔をあげた。
「エレガンス製薬のすぐ横に海があるだろう? あそこに海に浮かぶ建物があるのは分かるか?」
「いえ、会社の周りを詳しく見て回った訳ではないので」
「私もあの建物から出たことはないのだが、窓から海に浮かぶ小さな小屋のようなものが見えていたのだ。そして、夜になるといつもその小屋が光っていた。まさに——青色に」
「マ、マジですか、ソレ⁉」
俺がナリトモの方へ詰め寄りかけると、カゲロウに首根っこを掴まれた。
「不敬だ。下がれ」
「よい、よい。そこが祠であるという確証はないのだが、青く光っていたという意味ではそなたが探しているものと何か関連があるかもしれぬ。一度見に行ってはどうだ? 私はミナモト国からの連絡を待つため、ここから動けぬが……」
ナリトモが言うソレが、青く光る祠かどうかは分からない。でも、確かめずにはいられない!
「行きます! いますぐ行って確かめてきます!」
次回の更新は今週の水曜日です。
ラスト2話+エピローグです。




