104 最終決戦③
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後は任せて、と言ったリタは俺の肩からそっと手を外すと、体の大半が氷漬けにされたジンの方へと歩いて行った。
ジンは全てを諦めたような、逆に長年の重責から解き放たれてホッとしているようにも見える表情で、リタをじっと見つめている。
「ウチにとどめ、刺すんか」
ジンは口元をあまり動かさずに言った。その声は少し掠れているが、随分穏やかな響きだった。
「とどめなんて刺しませんよ。でも余計なことをされても困ります。だからあなたには今から寝てもらいます——うちの兄のように」
リタは床で眠りこけるアルバンをちらりと見て言った。
「目が覚めたら、そこからはあなたの償いが始まるんですよ。獣人の子供たちを誘拐したり、変な薬で野生のモンスターを暴走させたり……それから色んな街でもトラブルを引き起こしましたよね。その償いをしないといけません。償いの内容は、軍や国が決めることですが、あなたは深く反省しないといけません」
「そうか、アンタはアルバンの妹か——うん、似てるな。アルバンはどうするんや? あいつも軍に引き渡すんか? まさか、そんなことはせえへんか。アイツは獣人のガキの誘拐に深く関わってる。国にバレたらしまいやで。いくら獣人族が差別されてるとはいえ、国交のある国の子供らを国をまたいで誘拐してきたんや。重罪が課せられるんは、アホなウチでも分かる。兄を守りたいんやったら、こっそり故郷にでも連れて帰ったほうがええわ」
それを聞いたリタはきゅっと唇を噛んだ。リタは兄に罪を償わせたいと前から言っている。でも軍に引き渡せば、アルバンは刑務所に送られるかもしれないし、こっちの法律によっては死罪もありえる。
ジンが言う通り、アルバンのことはこっそり故郷のアーカシに連れ帰った方がいいだろう。罪の償い方は、軍や国から罰則を受ける以外にもある。
しかし、リタは首を横に振った。
「いいえ、兄はしっかりと罪を償うべきです。家族だからと言って、誘拐のように重い罪を見なかったことにはできません。兄の身柄は——」
「アルバンの身柄は獣人族の方に渡してもらう」
口を挟んだのは、焼けただれた左腕を押さえながら立ち上がったカゲロウだった。カゲロウはシズカと身を支え合うようにして、少し顔を歪ませながら立っている。
「まだ獣人族の子供たち全員の安全が確認されていない。ここに来る前に殴り込みをかけた孤児院と、このラボのどこかにいるのを合わせて全員かどうかも分からん。ミナモト国とアルバンと吾輩の知っている情報を照らし合わせる必要もある。軍にアルバンの身柄を引き渡せば、誘拐された子供たちの保護が最優先されるかどうかは分からんからな。だから、アルバンの身柄は軍に渡さず、獣人族に一任してもらう」
リタは固い表情で頷く。
「ただ——アルバンが協力的であるなら、子供たち全員の無事が確認されるならという条件つきだが——」
カゲロウは目を閉じ、言葉を区切る。今から発する言葉を、慎重に選んでいるようにも見える。
「——誘拐された子供たちが全員親元に帰り、なおかつ子供たちに大怪我などなければ、そう遠くない未来にアルバンがリタの元へと帰れる可能性はある」
リタの目がハッと見開かれた。
「エレガンス製薬やゲルセミウムの構成員の中には、半ば騙されるような形で取り込まれた者も少なくないであろう。もちろんそいつらがやった罪は消えんが、子供たちが無事に親元に帰れるなら、もう吾輩はアルバンの罪を深く追求するつもりはない。こんなことは言いたくないが——そもそも、攫われた子供たちの捜索に熱心だった獣人族は吾輩などごく一部だ。ナリトモ様が誘拐されたのにも関わらず、王族だって早々に匙を投げているくらいだからな。多産の獣人族は、お前ら非獣人とは少し命の重みに対する感覚が違うのだ。だからこそ、誘拐された子供たちの補償などをミナモト国がランス国に対して求めてくる可能性は低いだろう。アルバン一人の身柄なら、吾輩の裁量で、おそらくなんとかなる」
「……カゲロウ!」
リタが涙で声を詰まらせた。
「カゲロウ、お前意外といい奴だニャ!」
「こらクロジ、意外は余計だ。あくまでも、子供たちが大怪我をしていなければという条件つきだと言っておるだろう。万が一ナリトモ様の身に何かあれば、吾輩はこの場でアルバンを斬り捨てるがな」
カゲロウはフンと鼻を鳴らした。
「先ほど猿たちが出てきた扉は……よし、まだ開いているな」
「奥から子供の気配がするんニャ」
皆の視線が、ラボの奥の扉へと注がれる。
「行きましょう、ナリトモ様を探しに。その前に……【安眠】」
リタはジンの目元をスッと手で覆うと、スキルを発動して彼女を眠らせた。ジンの頬には涙の跡が残っている。
「これでジンはしばらく起きません。私たちの邪魔をすることもありませんし……ヒロさんがこれ以上人間を傷つける必要もないんですよ」
リタは、俺の情けない心情を見透かすように言った。やっぱり俺は戦闘員には向いてない。あくまでも料理人だ。食材に対して攻撃できても、人間に攻撃するのは厳しい。
「ありがとう、リタ。さあて、ナリトモ様救出に向かいますか!」
ラボの扉は開いたままで、勝手に閉まることはなさそうだ。
再び狂暴な猿が飛び出すのではないかとビクビクする俺に対し、カゲロウとクロジは何食わぬ顔で進んでいく。二人いわく、この先にはもうモンスターの気配はないらしい。
奥に進めば進むほど、そこは研究室というより病院のような雰囲気になっていった。壁に沿って並べられた棚には、色々な薬品が所狭しと並べられている。薬品を調合するような作業台や、物騒な檻が並ぶエリアを抜けると、一番奥に白っぽいベッドが見えた。
ベッドの上には、中学生くらいの男の子が横たわっている。整った顔に、茶色い髪の毛に、まだ筋肉があまりついておらずスラリと伸びた手足。そしてどことなく高貴な雰囲気が漂っている。間違いない。あれが——
「ナリトモ様!」
カゲロウは切実な声を上げながらベッドに駆け寄る。カゲロウは何度もナリトモの名前を呼びながら、優しい手つきで彼の肩をゆすった。
しかしどれだけ耳元で大声を出されても、強めに肩をゆすられても、ナリトモは起きる気配がない。
「ま、まさか……」
生きていないのではないか、などと口に出せる雰囲気ではない。仮にそうだったとしても、そんなことを口にした瞬間に問答無用でカゲロウに斬り殺されそうだ。
しかしナリトモの顔は真っ白で、血の気がない。まさか本当に死んでるんじゃ……と思ったところで、リタがすいっとベッドに近づいた。
「薬で眠らされているのかもしれません。【解毒】……それから、顔色が悪いのは、おそらく血を抜かれ過ぎたからでしょう。まったく子供相手になんて酷いことを……【ヒール】」
リタはナリトモの手を取り、スキルを発動した。最初は蒼白だった彼の顔に、うっすらと赤みがさしてくる。
「ナリトモ様! カゲロウです、助けに参りました! ナリトモ様‼」
「カゲロウ、うるさいですよ! 静かに!」
「何を⁉ 吾輩は主を心配しているだけであろう⁉ それをうるさいだなんて、リタには人の心というものが——」
リタとカゲロウがぎゃあぎゃあ言い合っていると、ナリトモの瞼がピクリと動いた。それから、彼の指先もピクリと動く。
「カゲロウ、ナリトモ様が……!」
俺の言葉で、皆の視線がナリトモに注がれる。ナリトモはゆっくりと瞼を開くと、緩慢な動作で首を動かした。彼の口から、幼さの残る声がゆっくりと発せられる。
「カゲロウか……本当にカゲロウか……? 私は悪夢の合間に、良い夢を見ているだけか?」
「ナリトモ様! お気づきになられましたか⁉ 助けに、助けに参りました……何カ月もかかってしまいましたが……お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません……」
カゲロウはナリトモの両手を掴むと、自身の額へと押し当てた。
「本当に……お前なのか……」
ナリトモの目尻に涙が滲む。
「はい、カゲロウでございます。ナリトモ様……」
「悪夢は終わったのだな」
ナリトモはふうっと息を吐くと、小さく微笑んだ。
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