103 最終決戦②
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「観念しろ!」と斬りかかったカゲロウを、ジンは苦い表情で、しかしひらりとかわす。彼女の表情に余裕は無さそうだが、少なくとも身のこなしは軽いようだ。
ジンは身をかわしながらも、攻撃の手を緩める様子はない。ジンの手元の銃からは、絶えず劇薬と思われる薬品が勢いよく飛び出している。そのうちの何発かはカゲロウの体毛をかすめたようで、カゲロウの体に焼け焦げたような黒い染みが何か所もできている。
「カゲロウ、大丈夫か⁉」
「吾輩のことは心配いらぬ! ジンはこちらで引き受ける。ヒロ、リタ、シズカ、クロジはこの部屋の奥にいるであろう獣人の子供たちを探すのだ!」
するとジンは「させるか!」という大声と共に壁際まで下がり、銃を持っていない方の左手で壁をまさぐった。カチッという音と共に、ズズズと何かが動く音がした。
「なんでしょう、今の音?」
「みんな気を付けるニャ、たくさんの動物の匂いがするんニャ!」
ジンが背にしている壁が、左右にすうっと開く。ここの奥にも部屋があったのかと驚くのと、開いた扉から複数のモンスターが顔を出したのは同時だった。
奥から現れたのは10匹ほどの猿のモンスター。研究用に捕まえられていたのかもしれない。ギィギィと不穏な鳴き声を発したそれらは、いずれも眼球が白濁している。おまけに、猿たちのサイズは小学生くらいのサイズだ。猿としては規格外に大きい。
「チクショウ、ここでも暴走モンスターかよ!」
この世界に来て、幾度となく苦しめられた暴走モンスター。通常のモンスターの習性とは異なる動きに加え、狂暴性が何倍にも増した厄介な存在だ。
「おい猿ども! 敵を一掃するんや! そう、ウチ以外の人間全員と、そこの猫もな!」
猿たちはまるでジンの声に応答するかのようにギャァ! と鳴くと、一斉に俺達めがけて飛び掛かってきた。
「ヒロさん! この猿型モンスターの内臓は、珍味として重用されています! 多分ヒロさんのスキルが通用するはずです——きゃあ、こっちに来ないで! 【安眠】!」
リタは小さく悲鳴を上げながらも、自身に飛び掛かってきた猿に的確にスキルを当てて眠らせる。
クロジもシャアア! と歯を剥き出しにして猿を威嚇している。
よし、俺だって!
「くらえ、【串打ち】!」
竹串がブスブスと猿の体へと突き刺さっていく。しかし、狂暴化した猿たちはこの程度の攻撃では怯む様子さえない。
「まだまだァ! 全部まとめて捕まえてやるよ! 【食材確保】!」
俺の右手から飛び出した網が、バサリと大きく広がる。網は空中に飛び上がっていた猿たちを見事に捉え、勢いよく床へ落下した。ギャン、と痛そうな悲鳴をあげた猿たちが網の中で暴れ回っている。
「…………はち、きゅう、じゅう! ヒロさん、多分全ての猿を鎮圧しましたよ! あとはジンを捕まえるだけです!」
「ジンとやりやってたカゲロウはどうなったんニャ⁉」
クロジの声で、ハッとしてカゲロウを探す。俺達がいるのとは反対方向の壁の隅で、シズカに庇われるようにして床に膝をついている。苦痛の表情を浮かべたカゲロウの左腕からは立派な青色の体毛が姿を消し、代わりに焼けただれた皮膚が見えている。
「シズカ! カゲロウ!」
キリエとの戦闘で血を失いすぎたのだろう、真っ青な顔のシズカはもはや身体強化する余裕もないらしい。やはり先ほど元気に見えたのは空元気だったようだ。シズカは獣人化することもできず、震えながらカゲロウとジンの間に立っている。
ジンは銃を構えながら、シズカとカゲロウをいたぶって楽しんでいるかのような表情を浮かべている。
「無様やなぁ。ウチが獣人ごときに負ける訳ないやろ? だいたい、どうやって獣人の子供らを何人も捕まえられたと思う? あいつらがどんだけ身体能力に優れてても、銃を使うウチには適わへんねん。それに研究材料として使うだけやったら、無傷で捉える必要もないしな。アハハ! 下等種族はそうやって跪いとったらええねん。下等種族も、ウチに従わへん日本人も、全員一緒に死ね!!!」
ジンが引き金を引く。カゲロウを庇うように覆いかぶさったシズカは、器用に半身だけを身体強化した。ジンの放った薬品が、シズカの強化された方の半身に降りかかる。
シズカの抑えきれないうめき声と共に、焼け焦げたような匂いが漂った。同時に、再びシズカの身体強化が解除されてしまった。彼女も既に限界を超えている。次の攻撃はもう防げないだろう。
「シズカ!」
クロジとリタの悲痛な声が響く。なんとかしなくちゃ。カゲロウとシズカを助けなくちゃ。考えろ、考えろ、考えろ!
作戦が頭の中に浮かんだ瞬間、俺は走り出していた。勝算がある訳でもない。失敗する可能性の方が高い。失敗すれば、俺もあの酸のような劇薬で体を溶かされるだろう。身体強化もできない俺じゃ、即死かもしれない。
でも、やるしかない!
「クロジ、一瞬でいい! ジンの動きを止めろ!」
「分かったニャ! シャアアアア!」
クロジがジンに向かって威嚇する。俺とジンの間の空気がぐにゃり、とわずかに揺れた。ほんの一瞬、ジンが顔をしかめた。
俺はマジックバッグの中をまさぐり、一匹の蛇を取り出した。もう毒袋は除去した上で全て使用してしまったから、これ以上毒は使えない。
俺は蛇をジンに向かって、ただ投げつけた。
「ハハッ! やけくそかァ⁉」
ギラついた目のジンが、銃口を俺に向ける。
ジンが蛇を手で振り払おうとした瞬間。
今だ!
「【食材確保】!」
俺のスキルは人間には反応しない。だったら、食材と一緒に人間を捕まえてしまえばいいんだ!
俺の手からばさりと広がった網は、蛇一匹を捕まえるには明らかに大きかった。スキルが蛇と接触したジンごと食材だと誤認したのだ。
ジンは網に絡めとられて、ぐらりと体勢を崩した。このまま俺が攻撃の手を緩めれば、ジンは網の中で再び銃を構え、その中の薬品で網を焼き切ってしまうだろう。そうなる前に。
「これで終わりだ、ジン。【冷凍保存】」
ジンの周りに、白い冷気が漂い出す。
「こんなショボいスキルで、ウチをどうこうできると思うな!」
目を剥いたジンは、網の中で懸命に腕を動かす。しかし既に漂い出した冷気がジンの体温を奪っているのか、彼女の動きはどんどん鈍くなっていく。
パキ、パキ、パキとジンの体が白い氷に包まれていく。
強烈な冷気を放っている俺の右手はジンの体を覆う氷の面積が増えるにつれ、だんだんと感覚が無くなってきた。冷たい、痛いという感覚はとうに過ぎてしまった。
でも、それでいいのかもしれない。人間を攻撃するのに、生々しい感覚があったら辛いだけだ。
「どうして……どうしてお前はこれだけの力があるのに、獣人やショボい人間に、味方、する、ん、や」
ジンの声が途切れ途切れになる。
「俺は、俺の良心に従ってるだけだよ。それに俺たち異世界人は、やっぱりこの世界の秩序を乱しちゃいけないと思う。ジン、お前にももっと違う生き方があったはずだよ……この世界で」
「はは。薬物中毒以外の生き方なんか、ウチは、知らん……」
「薬を作るスキルがあるなら、たくさんの人の役に立てたと思うよ。お前は、この世界での生き方を間違ったんだ」
「……気づいとったよ。こっちの世界の人間に、利用されてることくらい。でも、ウチは頭が良くないから……そいつらに担がれる以外の、上手な生き方が分からんかった……」
ジンの目から、つつつ、と涙が一筋流れた。
気づくと、俺の目からも涙が流れた。ジンは、身の振り方を間違った俺だ。俺も、カゲロウやリタ、クロジ、シズカに出会わなければこうなってたかもしれない。
上手な生き方なんて、日本にいる時からできてた自信などない。ましてや知り合いもいない、色々なルールが異なる異世界で、道を踏み外さずにまっとうに生きられる人がどれだけいるだろうか。
ジンへの共感と、このまま彼女を氷漬けにして命を奪っていいのかという感情で、思わず嗚咽が漏れた。
子供のようにしゃくりあげる俺の肩に、リタが優しく手を添えた。
「ヒロさん、後は任せてください」
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