102 最終決戦①
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この扉を開ければ、宿敵ジンがいるはず。そう思うと、おのずと胸の鼓動が早くなる。
「……ねえ、カゲロウ。早く扉を開けてよ」
「む、吾輩もそうしたいのだが、この扉には取っ手がないのだ」
カゲロウは眉をひそめ、あらゆる方向から扉を眺めている。
「それ、自動ドアじゃね? 取っ手を持って開けるんじゃないんだよ。きっとセンサーに手を近づければ——」
シズカが扉の中央部に手をかざすと、扉の真ん中の薄い切れ目が大きく左右に開いた。
急に開いたドアに、カゲロウは小声で「扉型の魔道具か」と呟いた。やはりこの建物はかなり日本式に作られている。俺達には馴染みのある造りばかりだが、こちらの世界の人には異質なようだ。
すうっと音もなく、扉が全開になった。扉の向こうに目の焦点を合わせれば、そこには銃を構えたジンがいる。
ジンはまっすぐに腕を伸ばし、こちらに銃口を向けている。
「アンタら、えらい緊張感がないなぁ。それとも、アンタらにとって、ウチらは取るに足らん相手っちゅうワケか?」
ジンは忌々し気に口元を歪めた。
「ああ、お前らエレガンス製薬やゲルセミウムのやり方は厄介だが、戦闘スキルはまるで素人だ。吾輩の敵ではない」
剣を構えたカゲロウは、いつも以上に好戦的な態度でジンを煽る。
「ハッ、素人同然か。よう言うてくれるわ。アンタらがここに来たってことは……もうキリエも、レジスも、アンタらにやられたんやな?」
ジンはカゲロウ、シズカ、俺の順に見た。彼女の恨みがましい目と視線がかちあう。
「レジスっていうのは、アンタを——ジンを影で操ってた男のことだよな? あいつはアンタについて色々と喋ったあとで、獣人化して俺達を襲ってきたよ。でも残念でした。俺は獣人化を解除するためのコカトリス毒を持ってる。レジスってやつも倒したし、もしジンが同じ手で俺達を襲おうとしても無駄だ」
ジンの目元がピクピクと痙攣するのが見えた。
「人の会社に勝手に乗り込んできて好き勝手しよってからに! どうしてウチらの邪魔ばっかりするんや⁉ そんなに獣人の子供が大事か⁉ 獣人なんか差別の対象やんか。守る必要なんてないやろ。そこの獣人は同族やから分かるとしても、ヒロには何の関係もないやん。どうしてお前は同じ日本人のウチらやなくて獣人の肩を持つんや?」
「俺は——」
俺はどうしてここまで来たんだろう。
もちろん、右も左も分からなかった俺を、カゲロウやリタが助けてくれたからだ。彼らの恩に報いたい気持ちは当然ある。また、単に大きな流れに流されてしまったというのもある。でもその気持ちと同じくらい、ジンを放置してはいけないという思いがある。異世界人としての俺の矜持みたいなもんだ。
「この世界で助けてくれたカゲロウやリタの大事な人を助けたいと思うのは当然だろ? それに、俺もジンもこの世界にとっては異世界人なんだ。要は異物なんだよ。だからこそ、俺達はこの世界の治安を乱しちゃいけないと思う。同じ日本人として、俺はジンのやってることは正しいと思えない。獣人が差別対象だからって、その子供を攫って薬の材料にするだなんて間違ってる。しかもその薬を世のために使うんじゃなくて、暴力のために使うなんてもっとダメだ! 俺達異物は大人しくこの世界を受け入れるか、日本に帰るかの二択なんだ! 大人しく俺達に捕まって、獣人の子供たちや不当に働かされている人たちを解放しろ!」
「黙れ、クソガキ! この世界に来てたかだか数週間のお前に、10年以上必死に生きてきたウチの何が分かるんや! ウチはなぁ、日本で死にかけたと思ったら、気づいたらこの世界に来とったんや。ウチは、神様に生かされたんやと思ったわ。神様に選ばれたんやとな! だからこそ、この世界に新しい秩序をもたらすんや。それがウチの使命や。邪魔すんな!」
ジンは早口でまくし立てるように言うと、銃の引き金を引いた。
銃口からシュッと飛び出した液体は俺とカゲロウの間をすり抜け、背後にあった扉を溶かした。
「神様に選ばれたとかいう考え方も、どうせレジスって奴の受け売りじゃないのか?」
俺が言うと、ジンの肩がピクリと揺れた。多分、図星なのだろう。ジンは30代後半に見えるが、言動は随分幼く感じる。おそらく精神年齢が低いのだろう。レジスにとっては裏で操りやすい人材だったに違いない。
「レジスはアンタをカリスマに仕立て上げて、自分がいい思いをしたかっただけだ。アンタのためにやったんじゃない。そりゃあアンタも甘い汁を吸えたかもしれないけど」
「黙れ! 黙れ!」
顔を赤く染めたジンが、出鱈目に何発も銃を撃った。液体がかかった場所から、異臭と共にシュワシュワと煙があがる。
「アンタ、本当は薬剤師じゃないんだってな? レジスから聞いたよ。アンタは多分日本では薬物中毒だったんだろ。日本からこの世界に転移した人が教えてくれたんだ、俺達異世界人は、日本にいる頃に熱望したものがスキルになって発現するらしいってな。だから俺は串焼き屋のスキルだし、クロジは人間と喋るスキルだし、ジンは——薬を作るスキルだったんだ。アンタはポーションを作るだけじゃなくて、どうせ違法薬物に近いものも作ってるんだろ」
「……だったら何やねん。ウチが作る薬に救われてる人間がいっぱいおるねん。辛いとき、悲しいとき、ウチの薬があれば皆幸せになれる。ポーションがあれば怪我や軽い病気もすぐに治る。ウチはみんなの役に立ってる! たかが串焼き屋のお前より、よっぽどこの世界に必要な人間なんや! おい、アルバン、聞こえとるやろ! 妹連れてこっち来い!」
ジンが命令すると、アルバンがリタを伴って部屋の奥から現れた。
アルバンの腕はリタの首にかっちりと巻き付いて、リタが簡単には逃げられらないように押さえつけている。リタは覚悟を決めたように、まっすぐな目で俺たちを見る。
「ヒロ、もうお喋りはおしまいや。アンタとウチは分かりあえへん。アンタのお仲間の女の子が痛い思いするんが嫌やったら、大人しく全員武器を捨てて壁に手をつけ。アンタらのスキルは封じさせてもらう。アンタらが好き勝手するんはここでおしまいや!」
「ハハハッ」
「何がおかしいんや?」
「リタが、か弱い女の子だと思ったら大間違いだ。俺達はこのメンバーで色んな修羅場をくぐり抜けて来たんだ。リタ、反撃開始だ!」
すると、リタは口元をニヤリと持ち上げた。
「お兄ちゃん。私はもう、初級のヒールしか使えなかったへっぽこヒーラーじゃないんだよ。ちょっと眠っててもらうからね——【安眠】!」
リタのスキルで急激な眠気に襲われたアルバンの体が床にどさりと崩れたのを合図に、カゲロウが床を蹴り、大きく剣を振りかぶる。
「ジン! ナリトモ様は返してもらう。観念しろ!」
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