101 ここに日本を作りたかったんじゃないの
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キリエも、裏からジンを操っていたと思われる男も倒した。
あとはラボとやらに連れ去られたリタを救出すると共にアルバンを説得して、最後にジンを倒せば俺達の戦いは終わりだ。
「早くリタを追いかけないと。確か、ラボってところにジンがいるんだよね? アルバンはリタを抱えてそこに向かったと思うんだけど……クロジは彼らに追いついたのかな。あーあ、こういう時にスマホでもあればすぐに連絡が取れるのになぁ」
俺がぼやくと、カゲロウがスッと眉を寄せた。
「すまほ、とは何なのだ」
「俺の住んでた世界にある連絡アイテムだよ。すごく便利なんだ」
「こちらの世界にも魔石を使った連絡手段はあるが、今は手元にないな。まぁ無いものを嘆いてもしょうがないであろう。吾輩は獣人の中でも鼻が利く部類だ。リタの匂いを辿ればラボにもたどり着けるはずだ」
「えっ、リタの……女の子の匂いを辿るの……?」
「おいヒロ。お前、いま変態的な妄想をしてないか?」
口元を引き攣らせたカゲロウが、俺の頭をグッと押さえつけた。
「うわ! すみません! もう変な妄想はしません! ところで、シズカは大丈夫なのか?」
シズカはキリエとの戦いを切り抜けたものの、大量出血で真っ青な顔をしていたはずだ。シズカの方に目を向けると、やはり青白い顔で床に座り込んでる。
「アタシは大丈夫。それより早くリタを迎えに行かなきゃ」
「そんな青白い顔で、無茶だよ! シズカはここで待っててもいいんだよ?」
「そういう訳にはいかないよ。ラボにはあと何人敵がいるかは分かんないんだよ? こっちの戦力はちょっとでも多い方がいいだろ? もう止血はできたから大丈夫だ。立てるよ」
シズカはそう言って立ち上がったが、足をまっすぐに立てた瞬間にフラリと後ろに倒れそうになった。
「無理するな! そういや、シズカはポーションは持ってないのか?」
「ポーションの材料は持ってるけど、ポーション自体は今持ってない。悠長に作ってる暇はないから、このまま行くさ」
「そういうことなら、ちょっと待って」
俺はマジックバッグに手をつっこみ、ガサゴソと奥のほうを漁った。確かこの辺に——
「あった。ポーションだ。……エレガンス製薬のやつだけど」
確かザカリオでジュリアが分けてくれたやつだ。俺はエレガンス製薬のものというだけで嫌悪感があるから使いたくないが、同じものを使ったカゲロウ達にはちゃんと効果があったし変な副作用も無かったはずだ。
「シズカ、これ使いなよ」
「いいの? この後の戦いでヒロもポーションが必要になるかもしれないんだよ?」
シズカは俺を気遣うように見た。俺は静かに首を横に振る。
「いいや、俺は使わない。エレガンス製薬の作ったものは使いたくないんだ。……あ、でもそのポーション、効果は確かだよ。シズカが嫌でなければ使ったらいい」
普通のポーションなら俺だって使う。でも、日本から来たくせにこっちの世界の秩序を乱しまくったジンの作ったポーションは、俺はどうしても飲みたくない。
周りから見れば変なこだわりにしか見えないだろう。でも、俺は俺なりのやり方でジンに抗いたい。ジンの力なんか借りたくない——まぁ、オリハルコン製の銃は拝借するんだけどね。
シズカは俺からポーションを受け取ると、迷いなく瓶の栓を開け、口に流し込んだ。
「あ、エレガンス製薬のポーションって従来のポーションより甘くて飲みやすいじゃん。これは売れるだろうな。——おっ、貧血がかなりマシになった。ははぁ、こういうポーションを作ればアタシも荒稼ぎできるかも」
シズカは薬師目線でポーションを味わいながら、ブツブツと感想を述べた。
「シズカ、モタモタするでない。回復したのならすぐにリタを追うぞ」
「わかってるってぇ! うん、しっかり回復した! ヒロ、ありがとねん。じゃあ行こっか。ここからが本当に最後の戦い、でしょ?」
◇
キリエ達と戦ったエントランスから、リタ達が向かった方向を辿る。確か彼らはエントランスからまっすぐに伸びた廊下を走っていったはずだ。
廊下を辿っていくと、奥の方でふいに見慣れた機械が目に入った。
「えっ⁉ エレベーターがあるじゃん」
「ホントだ。ねぇカゲ様、こっちの世界にもエレベーターってあるの?」
するとカゲロウはエレベーターの扉をぺたぺたと触りながら首をかしげる。
「なんだこれは……階をまたぐ垂直移動用の魔道具か? 見たことが無いな」
「魔道具じゃなくて機械だよ。こっちの世界にはないのかもね。アタシもこっち来てからは初めて見た。……もしかしたら、ジンはここに日本を作りたかったんじゃないの」
「日本を作る……?」
シズカは「いや、ただの想像だけどさ」と言って頬を掻く。
「ジンっていうオバサンはさ、こっちで日本人を集めてたんでしょ? ヒロも勧誘されたって言ってたじゃん。そんで、ここの建物ってさ、モロに日本のオフィスって感じじゃん。こっちの世界にありがちな建物とか内装じゃないもん。今日この建物にほとんど人がいないのもさ……普通に休みの日なんじゃね?」
「日本では休みの日にはこれほど大きな建物が無人になるというのか?」
カゲロウが驚きで目を見開く。
「そうだよ。まあ日本の場合、警備員さんはいたりするけど……。ジンはここで日本人を集めて、日本式の建物を作って、働く人も日本っぽいシフトで働かせてるんじゃないかなって思ったんだ。こっちの世界の人って、日本ほど休日がハッキリ決まってないんだよね。それなのに、この建物は大きさの割にほとんど人がいない。会社自体が休みって言われたらしっくりくるだろ」
「確かに……」
シズカの想像は、あくまで想像に過ぎない。でも、ジンが日本を作りたがっていたとしたら——その気持ちは痛いほど分かる。
日本から異世界に来て、そこに順応できる人もいるだろう。一方で俺みたいに帰る方法を追い続ける人もいるだろう。また、ジンのようにここで生きていくことは受け入れられても、日本を諦めきれない人もいるだろう。
誰が正しいっていう訳じゃない。ジンは彼女なりにここで生きていこうとしたのかもしれない。——反社組織を作ったりするのは絶対に許せないけれど。
「この移動用魔術具は便利そうだが、罠が仕掛けられていた場合に逃げ場がない。吾輩たちは階段でリタを追うぞ」
俺達はエレベーターを後にし、階段を上っていく。
カゲロウが「ここのフロアで間違いないであろう」と言ったのは、最上階まで上ってからのことだった。
「……ッハァ! もうダメ! このビル7階建てとか聞いてない! 全部徒歩で上るなんて無茶すぎ! リタを救出する前に俺の膝が瀕死なんだけど」
「相変わらず、ヒロは貧弱なことこの上ないな。これしきの階段が何だというのだ」
「でもさ、確かに階段はなかなかキツかったけど、窓から見える景色は絶景だよ」
シズカはあんなに出血したのに、ポーションを飲んだあとはピンピンしている。それほどまでにエレガンス製薬のポーションは優秀なのか、それとも俺達を心配させないためのカラ元気だろうか。
シズカがはしゃいで指さした窓の先には、青い海が広がっている。水面が太陽の光を反射してキラキラと眩しい。
窓に沿って伸びた長い通路の真ん中あたりに、このフロア唯一の扉がある。
ツンと鼻にくる消毒薬と薬の匂い。ここがリタが連れてこられたはずのラボで間違いないだろう。
「リタとクロジの匂いは……間違いなくこの扉に続いている。ヒロ、シズカ、準備はいいか」
「カゲ様、アタシはいつでもオッケーだよ!」
「俺だって、もう覚悟はできてる。孤児院では逃げられたけど——今度こそ、ジンと決着をつける。異世界に来た同じ日本人として!」
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