episode10 sect5 ” Deep in Salt !! ”
中学校が見えてきた。マスコミや警察も集まっているようだが、目立った動きはない。事態は膠着状態と見るべきだろう。
映像からして校舎内は当然として、校庭、裏手の駐車場―――屋上にまで人員を配置しているとは、周到なものだ。ヘリなどで接近しようものなら即座に迎撃するか、要求を受け入れられなかったと見做して人質を殺害するつもりだろう。だが、むしろいま警戒するべきは”屋上にまで”戦力を分散させられるということだ。警察の魔法事件専門チームならこっそり接近して奇襲、そのまま一気に制圧なんてこともあり得るかと思われたが、これほどの警戒網を敷かれてしまうと生半なことではない。相当に規模の大きなテロ集団ということだ。
だが、半端じゃダメなら半端ないことをすれば良い。
誰が、生身の人間が空を飛んで襲ってくると思う?
特に、唯一、飛ぶと分かっているターゲットが、既に自分たちの手中にあるというときに。
「じゃあ慈音はみんなの落下サポートしてあげて」
「え、雪姫ちゃんは?」
「こんくらい余裕」
高度5000m。
空飛ぶ雪塊から地表を見下ろす雪姫は、双眼鏡を仕舞って立ち上がる。
知らなかったか。
熟練した魔法士は、空を飛ぶ。
「え、ちょっと待―――」
躊躇いなどなかった。
気温-10℃を下回る高空環境をものともしない特殊な体質。
一切無駄のない『マジックブースト』による低気圧への即時順応。
無数の無茶に裏打ちされた可能不可能の境界認知。
彼女の持ちうる全てが、一見して狂気的な余裕を作り出す。
高度5000mを飛ぶ、たかだか数人の人間が上に乗れる程度の大きさの雪塊なんて、地上から見ればただの小さな雲だ。校庭か、屋上かなんて高さも誤差のうち。視界に入っていたとしても気付いていたか怪しい。
故に。
完全なる意識外からの攻撃だった。
「えっ」
見張りの一人が素っ頓狂な声を上げたのが、最初で最後だった。
違和感を覚えて、振り返る。
その行動そのものが追撃を許す隙になるとも知らず。
砲弾のような突進、顎を打ち上げ卒倒。
同時に複数の中型魔法陣を展開。
飛び出す氷の柱で自身への射線を遮りながら、氷柱表面に別の魔法陣を並べて一斉射。
派手な音も立てることなく、着地から3秒で屋上に立つ者は雪姫一人となっていた。
頭上を見る。
慈音の結界魔法の照り返しが見えた。
あの調子なら問題ないだろう。2、3分もすれば追い付くはずだ。
「地固めしとこうか―――」
○
やられた。
まさか正面から教室に突撃するとは。
そんでもって、まさか空から降ってくるとは。
ちょっと降下組に混ざりたかったような気もする・・・なんて考えて、志田真波は自分の頬を叩いた。
なんにしたって、僥倖。
校舎の3階から窓ガラスをぶち破って莫大な雪が溢れ出すのを見て、マンティオ学園と一央市ギルドの混合チームも一斉に突入した。
「おい、貴様ら止まへぶッ!?!?!?」
紫電弾けるアッパーカット。
こんなのは挨拶代わりだ。
「出前授業よ!!子供たちに手ぇ出したらどうなるかミッチリ教えてやるわ!!」
「ちくしょう。いいか!?状況は案の定メチャクチャだ!焦って動くなよ、一呼吸位置動作だ!!」
『了解!』
ギルドレスキューを統括する清田浩二は、忌々しげに舌打ちしつつ、指示を飛ばす。
あの神代迅雷と、あの千影が渦中にいる次点で、メチャクチャになるのは予想していたことだ。
ある意味、作戦通り。笑える。学園の教師陣も相当キレてるし。
「キレてるのは浩二サンもでしょ」
「あ"ァ!?」
「ひぃーん」
浩二の傍らには、ギルドレスキューの副隊長、黒川の姿もあった。以前、一央市迎撃戦で利き足を骨や神経までズタズタに破壊された彼だったが、血の滲むようなリハビリを経て、最前線に舞い戻っていた。
○
雪姫の魔法は、相変わらず圧巻の一言だ。屋上に足を着けたときには、校舎の3階まで攻略が終わっていた。さっきのド派手な『スノウ』で廊下を哨戒していたテロリストをまとめて押し流したのだ。
だが、雑な初撃だ。隠れる場所があれば凌げるし、技術があれば受け流せる。そうして残った敵を各個撃破するのが、真牙の役割だ。
真牙と言えば剣術。しかし屋内で、守るべき生徒たちだっているんだから、日本刀を振り回すのは危険?やれやれだ。
勝手知ったる母校である。
迅雷と下らないケンカで駆け回った思い出の学び舎である。
卒業して1年も経っていないので、物の配置もほとんど以前のまま。
空きスペースに集められた机と椅子。死ぬほど臭いカビ雑巾。しょっちゅう躓く割れた配線カバー。折れたままロッカーに放置されているプラスチックほうき。
刃のない武器ならそこかしこに置いてある。
「食らえ歴戦のケンカ殺法!!」
見よ、生徒たちが巻き添えを食わないよう守る教師たちの、なんとも言いがたい表情を!
まさか3年間手を焼かされ続けてようやく解放されたと安心していたイタズラに命を救われる日が来ようとは!
雑巾1枚でテロリストを黙らせた真牙は、自身の来た方を指して教師に指示を出す。
「西側はOKッス!!」
「た、助かった阿本・・・無茶はするなよ!!」
「あざっす!」
廊下に出る。やはり居た、雪崩から助かったラッキーエネミー。
だが。
人が捌ければ、真剣勝負。
「くそ、逃がすな撃て!!」
「させっかよ!!」
抜刀。
掃除道具ロッカーが両断される。
狙いを外したわけではない。
ずり落ちるロッカーの上半分を蹴飛ばして、銃弾を遮るためだ。
真牙は、そのロッカーの残骸を追うように姿勢を低くして駆け、一気に敵との距離を詰める。
弾を通さない障害物だろうと、真牙の振るう業物『八重水仙』の前では紙屑同然。
宙に放られた不安定な質量体もろとも、真牙はテロリストたちの武装を斬り刻む。
「くそっ、なんだこのガキィ!?」
「これしき捌けねぇでよくまぁノコノコ来たもんだぜ!!」
母校を血で汚すのも忍びない。
峰打ち。
・・・と言うと、いかにも不殺の象徴、手心を加えたことを示す表現に思えるかもしれない。
だが、考えてみて欲しい。刀の峰も、刃ほどではないにしろ細身の鋼である。刀身のいち側面である以上、重さも変わらない。
それを、風をヒュンと斬って振るうのだ。
後ろから車に轢かれたときみたいな呻き声を上げ、テロリストたちは次々と薙ぎ倒されていく。
素直に斬られた方が、むしろ痛みを感じなくて済んだんじゃないかとさえ思えるような、鋭い峰打ち。
「ちょっと斬っちまったぜ」
峰に残った血を布で拭き取り、真牙は刀を一旦鞘に収めた。
戦ってみた感じ、敵の練度は特筆するほどのものではない。魔法の技術でも銃の腕でも構わないが、一央市で一旗揚げたいなら、もう少し一芸を磨いておくべきだ。
現状まだランク1査定の真牙でも、技があれば圧倒出来るレベル。この分なら、大人たちの敵ではない。生徒たちの安全確保もじきに完了するはずだ。
「となると―――」
真牙は、手近な教室の窓から外に飛び出した。
さすがに5000mから準備なしでスカイダイビング出来るヤツはおかしいが、真牙だって3階くらいの高さなら受け身は取れる。中学時代に実証済みだ。校長室に呼ばれるところまで。
真牙がいた教室の、さらに3つ隣の教室からも、雪姫が同じように飛び出てきた。
目が合う。
「要る?」
「サンキュー!」
雪姫の厚意は、素直に受けるものだ。『スノウ』のクッションを分けてもらい、真牙はその上に着地する。
クッションと言いつつ、単に着地の衝撃を和らげるだけのものではなく、筋斗雲よろしく雪姫の意思で飛び回る粉雪の乗り物だ。
雪姫の戦術を象徴する『スノウ』は、なにかとその防御力や破壊力ばかりが注目されがちだが、秘めた汎用性は決してその程度ではない。自在に変わる形状、人を乗せて空を飛ぶ機動性、そしてなにより彼女のシックスセンスを支える感覚器としての役割さえもこなす万能の一手だ。
『スノウ』に乗って飛距離を稼ぎ、目指すのは校庭だ。
校庭はマンティオ学園と一央市ギルドの救助部隊と『BLEACH』が本格的に衝突しており、乱戦状態だ。しかし、闇雲という風ではない。
むしろ、敵の動きは統率が取れている。地上からの突入対策で腕の立つメンバーをこちらに配置していたのかもしれない。空から奇襲されることを本気で心配するかと言われれば、真牙だってきっとしなかっただろう。飛べる人間を警戒するのは、飛べる人間だけだ。
「数は向こうのが上みたいだぜ」
「烏合」
「ヒュー、かっちょいい」
敵の動きは、明確に迅雷と千影が突入した教室を目指している。大方、ボスが応援を呼んだのだろう。なんとしても千影の命を獲りたいらしい。
その教室の至近で噴き上がる爆炎を見て、真牙と雪姫は向かう先を決めた。
○
「東雲、そっち側に頼む!」
「はい!!『プロテクション・アクア』!!」
煌熾の指示で、慈音は青色魔力を使った結界魔法を展開する。
敵のひとりひとりは、例え銃を持っていようとランク4魔法士である煌熾には実力で及ばない。しかし、数の暴力は脅威だ。死角から1発でも弾丸をもらえば、それで煌熾は動けなくなる。
慈音は、校舎側への流れ弾や敵の捨て身の突入を防ぐための結界を維持しつつ、それとは別に、煌熾の手が回らない範囲を遮るために水のバリアを作っていた。
慈音の結界魔法は、最大出力なら、時速100kmで突っ込んでくる10トントラックでも止められる。単純計算で、その運動エネルギーは約39GJ。TNT換算で約0.9t。要するに、目の前でダイナマイトが爆発しても無傷で凌いでしまえるほど堅牢だ。
とりわけ『プロテクション・アクア』は、その名の通り液体としての水の性質を備えるため、物理的衝撃の吸収性に優れる。当然、一般的な銃弾など屁でもない。
そして、敢えて『アクア』である理由は煌熾の背中を確実に守るため、だけじゃない。
正面の敵を魔法の火炎放射で散らした煌熾は、そのまま炎をレーザーのように圧縮し、振り向きざまに慈音の結界を薙ぎ払う。
全体反応型の水蒸気爆発。
魔法によって見えない型に押し込められた水が、収束された超高温によって暴れ狂う。
重装備の大人が弧を描いて吹っ飛ばされ、地面が抉れて土砂が降る―――いっそコミックのギャグ表現に見えてしまうほどの破壊力が生み出される。
さしもの凶徒どもも、たじろぎ、迂闊に近寄れない。
・・・かに思われたが、濛々と沸き立つ蒸気の煙幕を突き抜けて、ドローンが飛来する。
(鉄砲!?)
銃声。
弾かれ。
間に合った。
なんとか。
「助かった!!」
「はい!」
煌熾の誘導火球魔法『ブレイズキャノン』でドローンを撃墜。
爆発。
ドローン自体が爆弾を兼ねていたか。
気を取られる慈音。
素早く潜り込む影。
「まずはお前だ―――!!」
「わ!?」
迫る凶刃。
しかし虚空で火花が散る。
奇襲を読んでいたわけじゃない。
慈音にそこまでの対人戦スキルはない。
たまたま、煌熾の魔法の余波から身を守るための結界がそこにあっただけ。
ただし全周。
隙はない。
口元も、胸元も、足元も。
いまの彼女に日頃の緩さは期待するべきではない。
冷や汗かきつつサムズアップ。煌熾が動く。
業火が慈音ごと敵を呑み込む。
「・・・助太刀は不要でした?」
「天田。それに阿本も、無事だったか」
「ったり前。にしてもまた随分と気合いいれたみたいッスねぇ」
一面焦土。踏んだ地面がところどころガラスのようにパキパキ割れる。
だが、軽口を叩くにはまだ早いようだ。
よろよろと立ち上がるテロリストたち。全ての眼球が爛々と燃え続けている。
力及ばずとも―――。
雪姫は彼らのことを”烏合”と尻目にかけたが、そんな彼らも各国で悪目立ちしている、ただ憂さ晴らしに集まっただけの暴徒ではなかった。
「この程度・・・・・・覚悟、していたさ・・・!!」
「化物の生殺与奪を握る武力を持つ世界組織に喧嘩を売るんだ。殺しを躊躇うような甘い学生アマなんか恐くもなんともねぇ!!」
「レダウさんはやり過ぎる人だけど、でも、だからこそきっとやり遂げる・・・!!俺はっ、あの人の最初の一歩の踏み台になれればそれで良い!!それで母さんの無念を晴らせるならッ!!」
輝き。
黒々とした眼光。
だが、それもまた人間を突き動かす原動力だ。
むしろ、希望や喜びなんかよりずっと強力な。
たぶん、世界には不幸も絶望もありふれていて、それを感じない瞬間のことを幸福と呼ぶのだと信じて疑わないような、恵まれない人間だって山ほどいる。
そういう人種の呪言は生々しく人の心を揺さぶる。言葉の端々にチラつくリアリズムが、人間の優れた想像力を駆り立てるから。
慈音が気圧される。
恐らくは、煌熾も、少し。
優し過ぎるのだ。
耳に毒。
容赦なく、氷河が落とされた。
言い訳したって犯罪者。
あしらい方はコレで良い。
死ぬ覚悟?生きながら苦しむ方がよっぽど大変だ。
殺しを躊躇する甘さ?平気で人を殺すヤツの方がよっぽど安易で人生ナメている。
アンタの母親は子供が人を殺したら赤飯炊いて喜ぶのか?さすが、子は親に似ると言う。
所詮、間違えた連中の集まりだ。
「慈音。集中するから防御お願い」
「は、はひっ」
雪姫の瞳が青白く輝き、気温がさらに3℃下がる。
真牙が敵陣を突っ切り、校庭の中央で地面に刀を突き立てる。
彼の武器は、剣術だけではなかったはずだ。
「本日のとっておき―――『エグゼス・グラヴィ』!!」
効果範囲内の、術者本人を除く全生命体に加わる重力を5倍近くまで増加させる、岩石魔法の亜種。
だが、真牙の重力魔法は効果範囲の加減こそ身に着きつつあるが、依然、敵味方の区別を付けられない欠陥魔法だ。これでも剣術同様に訓練を重ねているのだが、いかんせん難しいし燃費も悪い。
ただし、校庭にいるテロリスト全員を拘束するならこれで十分。
雪姫の周囲に数十、もしかすれば百をも超えるほどの小型魔法陣が展開される。
体重が5倍になったくらいで照準を誤るような天田雪姫ではない。
氷弾の一斉射。
眉間、心臓、金的。
死なないだけで死ぬほど痛い、正確無比な3点セットを人数分お見舞いする。
一瞬の弾雨が止み、真牙が重力魔法を解く。
かなりの範囲に広げたせいか、ドッと汗が噴き出すが、疲れに耐えて声を張る。
「起きれないうちに拘束を!!」
「阿本お前、一言あってからでも良かったろ!!」
「テへ!」
「次の授業お前の小テストだけ東大の過去問にすり替えてやる!!」
重力魔法には、救助隊の面々も容赦なく巻き込んだため、大多数がご立腹だ。突然地面に吸われれば足首を挫いたり転んで手を痛めたりすることもあるだろうから、怒るのも当然ではある。
真牙の要請で、これまでは遠巻きで様子を見ていた警察官たちも校庭に入ってきて、手早くテロリストたちに拘束具をつけていく。いつの間にか大型の護送車まで、校門の前に待機していた。
「おい、大人しくしろ!!」
「コイツっ!?」
「ま、まずい離れろ!!」
制圧完了―――かに思われた矢先、火柱が上がった。
「うおあぁッ!?じ、自爆か!?」
間近で爆圧に煽られた真牙が転がりながら素っ頓狂な声を上げた。
だが、違う。
爆発物による炎の広がり方じゃない。
火属性魔法に精通する煌熾が反射的に動き、彼の反応を見た雪姫が思考する。
0.3秒。
「自爆じゃない!慈音は真牙守って!!」
「うん!?」
直後、爆風を内側から押して、なにかが飛び出す。
(なんっ、ヤリ!?)
槍、と言っても、馬上槍。初対面の三角錐を見てどう受ければ良いか分からず、真牙の反応が一瞬遅れる。
慈音の結界が間に合っていなければ串刺しだった。
しかし、その見えない壁も一撃で突き崩される。
つまり、時速100kmで走る10トントラック以上の破壊力。
掠っただけで肉がもげるかもしれない。
それでも、刹那の隙。
真牙は転じて踏み込む。
一太刀。
金属の手応え。
盾か?
「『メテオシャワー』!!」
「チッ」
煌熾が弾幕を張る。
ランサーは舌打ちをして、二撃目を諦めステップ。
爆風。
自身を巻き込む爆破魔法。
なるほど爆風を盾で受けて推進力に転化するランサーは、一歩のステップで10m近く移動するわけだ。
ふざけている。
次の瞬間にはさらに10m先のどこかだ。
本来なら時代遅れな騎兵用の重武装だが、魔法と組み合わせて運用することで、逆に無理矢理機動力までをも高めたのか。
しかも、爆破魔法自体の威力もかなりのものだ。巻き込まれた警官たちも、プロテクターが防御力+2な布の服みたいにボロボロになっている。
厄介なヤツが紛れていた。
仲間がいるとかえって動き辛かったパターンの強敵だ。
一歩の歩幅が10m、爆炎のおまけ付き。
桂馬みたいな突破力だ。次の一歩でどこに襲い掛かるかも分からない。
接近するリスクを嫌って遠距離攻撃を重ねても、爆発に余裕で耐える堅牢な盾を突破出来ない。
しかも。
「『二個持ち』かよ!!」
囲んで飽和攻撃を狙った一央市ギルドの魔法士たちだったが、ランサーは岩魔法で背後を守った。
岩壁に向けて放たれた爆風は、跳ね返りでさらなる推進力をランサーに還元し、砕けた石礫は熱に強い赤色魔力持ちにダメージを通す手段として転用される。
「万歳!!『BLEACH』万歳!!死ね、IAMOの狗どもめ!!思考停止の愚民どもめ!!」
「思想の方も厄介そうじゃん」
天空から巨大な氷槍が降り注ぐ。
「こんなもの・・・!!」
「5番」
雪姫の一言。
爆ぜ駆けるランサーが道半ばでひしゃげる。
「な・・・に・・・っ?」
文字通り爆発的な加速で動き回るランサーが、自前の爆速で目に見えない壁に顔面から突っ込んだのだ。
一歩で10m動くから動きが読めない、なんてのはランサー本人の思い上がりに過ぎない。
単純な話である。
爆風は盾で受けなくてはならないのだから、当然、盾を向けた方向と反対に飛ぶしかない。
ランサーは咄嗟に追撃を嫌って再移動を試みるが。
「18番」
再び、冷徹な指令が下る。
(馬鹿な・・・理屈は分かるが、こちらの動きを見てからトラップが間に合うものか!!)
困惑するランサー。
気持ちは分かる。
でも、出来るのだからしょうがない。
打ち所が悪い。
目測不可能の見えない壁で立て続けに頭を打ったランサーが、星を散らして立ち尽くす。
「・・・でだ・・・なんでだぁ!!なんでお前たちはオドノイドなんかのために必死になる!?IAMOに守れと言われたら得体の知れない化物でも守るのか!?」
知らない。お前の悲しい過去なんて。
みんな、次の悲劇を止めたくてここにいるんだから。
絶叫するランサーに、魔法士たちは一斉に攻撃を叩き込む。
しかし、膝から崩れ落ちるランサーの目はまだ血走っていた。
「ごの"ま"ま"死"ね"る"がァ"!!」
「勝手に死なせるか!!」
今度こそ、本当の自爆を試みるランサー。
凄まじい熱量がランサーの体内から光となって溢れ出す。
だが、既にランサーに迫っていた煌熾がそのまま組み付き、組み伏せ、真牙が峰打ちで首を打ち、意識だけを刈り取る。
「IAMOがどうとか関係ないんだ・・・」
「オレたちは、ああいう千影ちゃんだから守んだよ」
正直、千影がこの街に来た当初は、真牙だって可愛がるフリして警戒していた。
オドノイドの放つ雰囲気というのは、例えオドノイドの存在を知らなくても人間の感覚にうっすら障る。4月や5月にこの騒動があったなら、真牙も迅雷の身を案じて『BLEACH』に参加したかもしれない。煌熾も、暴力には訴えずとも積極的に守ったかは怪しい。
だけど、千影は、ぶきっちょながらも必死だった。ずっと、目の前のことに懸命だった。そのくせ極端になれない、人間臭い人物だった。そして、迅雷の心を何度も救ってくれた。人間より人間の出来た少女だった。みんな、それを見てきた。
下ネタでも付き合ってくれる愉快なヤツだ。一緒にいて楽しいんだから、それで十分じゃないか。
四肢を無造作に投げ出したランサーが再び暴れ出す気配はない。
今度こそ、制圧完了だった。
ランサーの熱で学校の制服が発火してしまいあたふたする煌熾の身ぐるみ剥がして『DiS』の後輩3人が消火作業を始めた。そんな彼らの姿を見て―――いや、厳密にはそんな輪の中に混じっている天田雪姫を見て、大人たちは驚いた顔をしていた。
さっき雪姫が降らせた巨大な氷の槍。近くで見ると気付かないが、後衛の立ち位置から見ると頂部に算用数字に成形された氷像がくっついていた。雪姫が慈音に指示していた番号は、これのことだった。雪姫は、ランサーの動きを見て、慈音にトラップの結界を作る位置を、嵌められる本人には決して気付けない氷のピンで示していたのだ。
慈音の結界魔法は発動速度についてもまさに一瞬であり、氷よりも遙かに透明度が高いこともトラップとして有効だ。雪姫単独でやるよりも合理的な連係プレーだが、大人たちを驚かせたのは、他でもない雪姫がそれを指揮していたことだ。
「あの孤高のお姫様がなぁ・・・。高総戦のときの雰囲気からじゃ思いもしなかったよ」
「チームの指揮も執れるってなったら、いよいよ在学中にランク5、いや6だってありえるかもしれないな」
○
警察によって屋外で確保された『BLEACH』構成員の拘束が行われた。
校内についても、騒がしさを感じない。あらかた片がついた頃だろう。
あとは、レダウと呼ばれていた敵のリーダーを捕らえるだけだ。
「としくんと千影ちゃんだもん。絶対になおちゃん助けて戻ってくるよ」
「じゃなきゃ困るぜ。オレの直華ちゃんになにかあったらあのクソ兄貴切腹だぞ」
「”オレの”って・・・まぁいつものことだけども」
「ほら、迅雷のこと”お義兄さん”って呼びたいんでしょ。こいつ一人っ子だし、いつもラブラブだし」
「そうなの真牙くん!?!?!?」
「違うが!?雪姫ちゃんでも言って良いことと悪いことがあると思うんですが!?」
キレ芸をしつつ、真牙は視線を迅雷のいる教室に向ける。やってくれなきゃ困るし、出来なきゃおかしいのだ。だって、あいつは、もう―――。
「伏せろ。・・・伏せろみんな早く!!」
真牙が気付いて叫んだ直後。
凄まじい閃光が迸り、慈音が校舎への流れ弾を防いでいた結界が内側から弾け飛んだ。
飛来する校舎の破片に戦々恐々としながら、真牙は爆心地を見る。
あれは雷魔法の光だ。
というより、こんな出鱈目な破壊力にはそうそうお目にかかれない。
でも、それにしては制御が雑過ぎるような気もする。
(なんだ・・・?迅雷のヤツなにしてるっ!?)
頭上を横切る飛影。
ハッとして見上げると、迅雷と千影だった。




