episode10 sect4 ” Let Down ”
週明けの月曜日は、久々の陽気。天気予報のお姉さんも「本日は小春日和になるでしょう♪」と言っていた。千影のもこもこパジャマのあったかさと合わさって、迅雷は危うく暁を忘れるところだった。
慈音がまだ半分寝ぼけている迅雷の手を引いて玄関を出ると、真向かいの敷地には早くも工事会社の人たちが集まっていた。東雲邸宅再建工事である。
8月のリリトゥバス王国襲来の余波で家が破壊され、3ヶ月。今日からようやく新家屋の建築が始まるのだった。
「おはようございまーす!よろしくお願いしまーす!!」
慈音が元気よく挨拶して手を振ると、工事会社の人たちも作業準備の手を止めて、お辞儀と挨拶を返してくれた。彼らにとってはこの工事も数ある仕事のひとつに過ぎないが、それだけに、こうしてお客さんに好意的にしてもらえると、つい嬉しくなってしまうものだ。特別ではない仕事のひとつひとつを特別にするものは、その仕事を特別だと思ってくれるお客さんなのかもしれない。慈音の眩しい笑顔を向けられて、なおさら作業員たちが活気付いているようだった。
「あの分だと半月くらいで完成するかもよ。この調子で毎朝ガンガン応援しようぜ」
「あんまり早いと逆にこわいかなー」
工事方法の詳しいことは迅雷や慈音では分からないものの、流用出来るものは流用して、建て始めから1ヶ月くらいで引き渡せるという話は聞いていた。前の家は取り壊した時点でお別れを終えていたので、あとは完成への待ち遠しさしかない。IAMOの災害支援金と会社の見舞金が給付されたこともあり、慈音の両親はどうせ建て直すならと予算の範囲内でいろいろと拘りを見せていた。
「でもなんか、としくんと一緒のおうちじゃなくなっちゃうのも、ちょっと名残惜しいかも」
「言うてもいままで通りのお向かいさんじゃん」
「えー。朝起きてすぐおはようするのって結構楽しかったんだけどなー。しのが出てってから寂しがっても遅いからね?」
「・・・ぬぬぬ」
まるで未来でも見てきたかのようなしたり顔で、慈音は迅雷の顔を覗き込んだ。迅雷も、言われて想像してみると、確かに「そんなことない」とも言えなくなって、短く唸った。
だって、迅雷の家はよく考えたら4人家族+居候1人で暮らすにしたってまだ広かった。慈音と、彼女の両親を仮住まいさせてやっと、ちょうど良い感じがしていたくらいだ。慈音が試験勉強に集中したいと言ったときには、物置を整理して1部屋用意出来てしまったりもした。
むしろ、それでようやく自宅の広さに気付いたというべきか。いかにも「私フツーの公務員です」みたいな顔して日々淡々と働いている父親の稼ぎのデカさを思い知る迅雷であった。
「よっすー、慈音ちゃん!あと迅雷も」
「よっすー!」
「よっすー。あと真牙も」
「オレ以外に誰と挨拶したんだ!?塩持ってこい塩!!」
いつも通り真牙も途中で合流し、学校へ。なにも変わったことなどない、普通の月曜日。
○
そのはずだった。
○
特別なことなんて、強いて言えば、早い科目は先週のテストの結果が返却されたことくらい。点数に一喜一憂しながら授業を受けている最中だった。
この時間は授業がないはずの真波が、顔を青くして3組の教室に飛んできた。まるでトラック一周を全力疾走してきたかのように肩で息をする真波は、真っ直ぐ迅雷の方を見て、言った。
「た、大変迅雷君!!大変なことになってる!!」
「はぁ」
「妹さんが!!」
「・・・は???」
●
騒然。
子供たちの学び舎に似付かわしくない、その物々しい響きこそが相応しい空気感。
引き攣った悲鳴を空耳するような重苦しい沈黙が、13歳、ないし12歳の少年少女たちを支配していた。
ただひとり声を漏らすのは、腹からだくだくと血を流す教員だ。
当然、声なんて言っても言葉じゃない。消えゆく命を繋ぎ止めようと藻掻く反応的な呻き声を、途切れ途切れに上げているだけだ。
見たことない量の血と、聞いたことない死にかけた人間の鳴き声は、中学生の心を恐怖で染め上げる演出としては過剰だった。
「勝手に動いたらどうなるか、体ァ張って生徒たちにレクチャーするなんて・・・教師の鑑だねェアンタ」
倒れている教員の腹を裂いたのは、煙草で潰したしゃがれ声の男だった。ボサボサに伸ばした白髪を後ろで適当に束ねただけで、服装も、お世辞にも綺麗とは言えない、みすぼらしい男だった。切り取る側面によって、20代のようにも、50過ぎのようにも見える、浮浪者のような男だった。
ただその男が手に持つ刀だけが、冴え渡るような蒼白の輝きを湛えていた。
男の名は―――名乗りは、『レダウ』。
外部に連絡を取ろうとする者を睨んで黙らせ、レダウは冷たく嗤う。
「良いんだぜ、通報しても。俺らはとっくに自分で110番してるからな。ただ―――」
血飛沫と悲鳴。
スマホを握る右腕が教壇の上を転がる。
「動いたら”こう”だって言ったよなァ?」
刃は二度振るわれた。再現性を証明された悪夢。このだるまさんが転んだでは、鬼は決して目を閉じない。
教員たちも、生徒たちも、蛇に睨まれた蛙の如く固まっていた。この場の全てを完全に支配している実感―――全能感に、レダウは恍惚として、しかし、深呼吸で思考を切り替えた。
人質は手段であって、目的ではない。
仲間たちも配置につき終えたようだ。
「はァい。静かになるまで5分かかりました。コレ訓練じゃないからね。マジメに考えて行動しろよ。・・・じゃ、話すから注目」
レダウの合図で、彼の仲間のひとりがスマホのカメラを構えた。SNS,動画サイト、ネット接続のあるテレビはジャックして。様々な媒体で中継するためだった。
レダウは、抜き身の刀をいつでも振るえる格好で肩に担ぎ、宣言した。
「一央市第一中学校は、我々『BLEACH』が占拠した。生徒の身柄もこの通り、こちらが預かっている。生徒たちはいまのところ無事だが・・・すまないな。少々手が滑ってしまった。なにぶん乾燥する季節なもので、ついうっかり」
カメラは一旦、床の半分が血の海と化した教室の全景を写し、再び主犯格の男に向けられる。
「我々の要求はカンタンだ。この一央市にいるはずの金髪のオドノイドを、ここに連れて来い。それと、神代迅雷もだ」
語られた要求に、息を詰まらせた女子生徒がいた。
黒髪、黒瞳、いじめたくなるような可愛らしい顔立ちの少女。
彼女の恐怖と自身の愉悦が比例する実感。
いけない。カメラが止まるまでは、笑っては。
「この2人には、今日、ここで、我々の目の前で死んでもらう。要求を拒否した場合、またはいまから30分が経過するごとに、1クラスずつランダムで皆殺しにする。いいか、1人ずつじゃないぞ?1クラスずつだ。我々は他の教室も全て制圧している。人を喰うだけでなにも生み出さない人間もどきと、未来ある子供たち。どっちが守られるべきかよォく考えろ。以上だ」
そう、知っているとも。神代迅雷の妹。神代直華。兄と違って、さほど特別ではない、普通の中学1年生の女の子。千影が身を寄せ心を許す神代家の、最大の弱点。
『BLEACH』は既に校庭や屋上を含む校内全域を掌握しているが、それでもリーダーであるレダウが敢えてここに立て籠もり、声明を発することを決めたのは、全てここに神代直華がいたからだ。
高速移動能力を武器とする怪物に、学生らしからぬ実戦経験を積んだ魔力量のおばけ。一般人に毛が生えた程度の武装集団がどうこうしようと思ったら、これくらいのハンデはなくちゃならない。
直華と、彼女に寄り添う友人2人が、小声でなにか話している。震えながら、怯えながら、涙を浮かべながら―――見るからに実のない励まし合い。まだまだどん底があると思うとゾクゾクする。
「よォ。助けに来てくれると良いなァ?愛しのお兄様が。来るかなァ~。果たして素直に来てくれちゃうのかなァ~?」
「ッあぐ!?」
金髪オドノイドの足なら、声明から数分も経てば駆け付ける可能性がある。備えも兼ねて、レダウは直華の髪を掴んで無理矢理立たせた。せっかく人質に取ったのに、触れる前に取り返されました、じゃあ笑い話にもならない。10日も張り込んで確信した急所なのだ。
「やめっ―――」
「あ、動いちゃう?」
直華を挟んでいた友人の片方が手を伸ばそうとしたが、レダウが刀を握り込めば、金属の揺れて鳴る音を聞いただけで固まった。そうだろう。無力な凡人は、恐怖で簡単に屈する。
男は直華の喉笛に刀を当て、動きを封じた上で仲間に命じて彼女の両手と両足を縛らせる。抵抗されたところで黙らせるのは造作もないことだが、ターゲットが来てから暴れられては誤算が起きかね―――
「直華ちゃんを放せッ!!」
想定外。
窓を割って外から1年生の教室に飛び込んできたのは、待ち望んだ金髪幼女でもなければ、ベージュのブレザーを着た高校生でもない、この中学校の白い制服に身を包んだ少年だった。
上の階から飛び降りてきた?上級生か?見張りはなにをしていた?
「神田先輩だ―――」
「先輩・・・」
「来てくれた」
「もう助かる?」
魔剣片手に飛び込んできた美少年を見る、人質の1年生たちの目に、かすかな希望を走査する。レダウは、知らないなりに理解する。
あるいは、見張りを倒してここに来たか―――。
子供と言えど、日本が世界に誇る高濃度魔力地帯・一央市で生まれ育った天然物の強化品種だ。才能に恵まれれば、そういうこともある。
高所からの飛び降りに、窓を破っての突入。アクション映画さながらの、見事な身のこなし。ガラスの散らばった床で事もなげに受け身をとり、勢いそのままにレダウに向かって斬り掛かってくる。
「けど、やっぱガキはガキさ」
直華を捕らえる片手を放す必要も感じない。直華を盾にして嫌がらせするか、自分で捌いて実力差を思い知らせるかで悩む余裕さえあった。
いま、直華が下手に重傷を負っても旨くない。
レダウは、少年の突き出した魔剣の表面を滑らせるように己の刀を翻し、まるで背負い投げでもするように少年の攻撃をいなす。
勢い余って教室の壁に激突した少年は、空気の抜けたボールのように小さく跳ね返って、机を散らしながら床に転がる。
「神田・・・先、輩・・・!!」
髪を掴まれたままだというのに、それでも直華が心配そうな目をする。他の生徒たちも、少年のことを呼ぶ。神田とかいうこの上級生は、なるほど、校内ではそれなりの有名人らしい。
少年を呼ぶ下級生たちを見て、改めて這いつくばる少年を見下ろす。
「・・・お遊びでやってんじゃないんだよなァ。それともなにか?坊ちゃんは自分が特別な人間だとでも思ってたのかい?」
「そうだな。思ってたよ。思い知らされもした。・・・けどね、それは、今日、お前にじゃないぜ―――!!」
「な~にが”ないぜ☆”だ、イキリが抜けて”ないぜ☆”」
とりあえず剣を握る右手の骨を踏み砕いて戦意を奪い、レダウはのたうち回る神田を改めて踏み付け、足元に縫い止める。数秒黙して考え込み、レダウは「やれやれ」と嘆息する。
生徒を殺せば教師の中からなりふり構わず反撃してくる正義感の強いヤツが出るかもしれないため、とっておき扱いをしていたが、この分なら心配しすぎだったかもしれない。
「ひとりくらいなら、見せしめで殺っといても良いか」
呟いて、刀を振り上げる、寸前。
耳元で通信機がノイズを放った。
校庭で張っていた仲間からの連絡だった。
『来た・・・来たぜレダウ。ヤツが来やがった!!』
ヤツ。
問い直すまでもない。
IAMOに可愛がられている、人間の姿をした猟犬。その一角。
《神速》にして《鬼子》。
オドノイドコード『The Tiny Devil』。
「待ってたぜ・・・真っ正面からお出ましたァなァ!!オドノイドォ!!」
並び立つ、少女と、少年。
役者は揃ったか。
『レダウ』を名乗る男が立つ舞台。
ショーはこれから。
あっと言わせてやりましょう。
章はここまで。
あっと言う間に終わらせてやりましょう。
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episode10 LastSection4 ”俺を見ろ”
●
一央市第一中学校がテロリストに占拠された。
人質多数。
負傷者有。
クラスの誰かがSNSで映像を発見する。
敵の狙いは、迅雷と、千影?
知ったところで関係なかった。
直華が危険の直中にいるのだ。
「でも大丈夫、ギルドと私たち学園の教師陣でもう救助隊を編制してるから!それにさ―――」
「教えといて黙って見てろはないでしょうよ!?」
一央市ギルドのレスキューも、マンティオ学園の先生たちも、頼れる実力者揃いではある。だが、妹の危機に駆け付けずして、明日もお兄ちゃんと呼ばれる資格があろうか。
それに、傲りではない。大人が人数を集めて救出に向かうより、迅雷が走った方が絶対に速い。車にだって負けやしないだろう。
迅雷は、自分を席に留めようとする真波を振り払って教室を飛び出した。
廊下を走り、階段を駆け下りながら、迅雷は千影に電話する。
「ナオが!!」
『もう出た!!』
○
2年生のフロアでも、騒ぎは伝わっていた。先生に謝り、急ぎ1年3組に来てみれば、やはり既に迅雷の姿はなく、焔煌熾は眉間を押さえた。良くも悪くも、思った通りの男だ。
煌熾の登場で、真牙と慈音、そして雪姫は、顔を見合わせ頷いた。煌熾も、敢えて頼もしく笑顔を作る。
「助けに行くぞ、神代を!!」
「だぁぁもう!!焔君まで!?キミ止める側でしょ!?」
よりにもよって、優等生筆頭の焔煌熾が火付け役とは、笑えない。『DiS』を結成して以来、1年生の問題児たちに感化されているのか、煌熾も無茶ばかりだ。しかし、優等生は腐っても優等生。次こそは止めようとする真波に、煌熾はスマホの画面を見せた。
一央市ギルドとのやりとりの画面だった。
「俺たちは、『DiS』として一央市ギルド指揮下でテロ鎮圧に協力します」
「~~~ッ!!分かったわよ!!でも、あなたがリーダーで、上級生なのよ!!分かってるわね!?」
「はい!」
○
誰だ、ウチの模範生徒にこんな悪知恵を仕込んだのは。
迅雷に情報を伝えたのは、家族の危機を知らせないままで居させるのが正しいことだと思えなかったからだ。彼や、彼の周りの生徒を巻き込みたかったわけじゃない。
・・・本当に?なにも予想してなかった?期待は?心のどこかで子供たちの活躍を面白がってはいないか?
じんわり浮かんだ自身への疑義に、真波は首を振る。無い。絶対だ。
卒業前の生徒に負けていられるか。
行くなっつってんのに行っちゃうし。
来るっつってたのに来ねぇし。
勝手ばかりしやがって。
大人ナメんなよ。
こんなところで油売っちゃいられない。
真波は、急ぎ救助隊に合流し、学園を出発した。
○
校舎を出た時点で校門前まで迎えに来ていた千影に運ばれて、迅雷が中学校に駆け付けるまで3分とかからなかった。
直華の教室は、窓ガラスが割れていた。激しい争いがあったのか。
人質がいる。考えなしでは突入出来ない。SNSにアップされていた動画は直華のクラスで撮影されていたが、いまもそこに直華がいるとは限らないし、他の生徒たちの安全を蔑ろにするのも避けたい。
幸い―――と言うとおかしな話だが、『BLEACH』の狙いは迅雷と千影だ。交渉する風を装えば、その間は直華たちに危害を加えられるリスクは低いだろう。その猶予を使って、次の一手を考えるのがベストなはずだ。救助本隊の到着までの時間を稼ぐことにも貢献出来る。
(危ねぇ。真牙の言う通りだな)
迅雷が教室を飛び出し、千影と連絡を取り合うまでの間で、真牙がPINEで送ってくれた作戦だ。それがなければ、頭に血が昇ったまま突撃していたかもしれない。
動画では分からなかったが、実際に目の当たりにすると想像を大きく上回る規模のテロだ。校庭や校舎の屋上にまで、銃火器や魔道具で威圧的に武装したテロリストがわんさかいる。
「千影、一旦校門前に下りよう」
「分かった」
ただ下りるだけでも、砲弾のような速度で飛来した2人だが、そんなことは覚悟の上だったのか、見張りのテロリストは声も上げずに銃を向けてきた。
「動くなよ・・・こっちの指示に従え。逆らえば、どっかの教室が血の海になる」
「やっぱり全部の教室に立てこもってるの?」
「喋るなバケモノ!!・・・こっちへ来い」
見張り数人で一斉に銃口を向けてくる。迅雷と千影は、銃で背中をつつかれながら校庭を歩く。
撃たれはしない。はずだ。いまは。まだ。たぶん。
反抗の意志を見せてはならない。
いつ弾が飛び出すか分からない金属筒の感触に、嫌でも脂汗が浮く。
右手と右足が一緒に出そうだ。
窓の割れた教室の中が詳しく見えるほどの位置まで誘導され、迅雷は目を剥いた。
「ッ、テメェ、ナオを放せクズ野郎ッ!!」
ボサボサの長い白髪の男が、手足を縛った直華の髪を掴んで無理矢理立たせ、その細い首筋に刃を当てていた。遠目でも分かるほど鋭く、鏡のように美しく研がれた日本刀だ。それこそ、舞い落ちる木の葉が、触れただけでスッと切れてしまいそうなくらいに。
「おっと。妙な真似してみろ!?フリーキックでこいつの首をお届けするぜ!!」
なぜ、よりにもよって直華がこんな目に遭っている。奥歯を磨り減らし衝動に耐える迅雷だったが、彼の疑問に答えたのは、主犯格の男ではなく、千影だった。
「アイツだ・・・」
「なに?」
「とっしー。こないだボクのこと見てたの、あのオッサンだよ」
「やっぱ覚えてたな。目も良いときた。いや、思考も速いってことか―――まァ良い。レダウってんだ。さ、もう忘れて楽になりな」
仕掛けてきたら返り討ちなんて簡単に考えていた。甘かったのだ。日の当たる世界にどっぷり浸かって千影は知らず知らずのうちに生ぬるくなっていた。誰もが岩破や紺のような、正々堂々正面切って敵を破壊する暴君にはなれない。むしろ、日陰者なんて、大抵は卑怯な手段に精を出す。日陰のルールはただひとつ。負けたら終わり。次も無ければ明日も無い。良心や情けは未来を閉ざして夢を砕く猛毒でしかない。
情けないヤツ、というのは褒め言葉なのだ。
「アイツ、ボクたちの弱点を探して嗅ぎ回ってたんだ。だから、ナオを狙ったんだよ」
「っ、んだよ、それ・・・!!大体、アンタらそうまでして千影を殺そうとする理由があんのかよ!?そもそもこいつと話したこともねぇだろ、恨みがあんのかよ!?!?!?」
「あるねェ!!ありまくりだ!!IAMOはなんで俺を守らねェでオドノイドなんつー人間の業を煮詰めたようなバケモノばかり可愛がる!?」
「テロリストなんざ守ってもらえるワケねぇだろ!!」
「守られねェからテロに訴えてんだよなァァァ、バ~~~カ!!」
差し詰め組織に馴染めなかった元IAMOの魔法士、といったあたりだろうか。だが、その末に無関係な市民をも巻き込んで刃傷沙汰を起こすような男が、どうして世のため人のために体を張って働ける。
ただのヒステリーだ。理屈も動機も揃っていない。直華も、千影も、迅雷も酷いとばっちりだ。
白髪の男は、唾を吐き散らして叫ぶ。
「お前ら2人、そこで自殺しろ!!そしたら俺たちも引き上げてやる!!」
「な―――」
「オドノイドってのは殺しても死ぬようなもんじゃないんだろ?じゃあどこまでやりゃあ死ぬのかも分かってる本人にやってもらわなきゃあなァ!!」
レダウが嬉々として吠えるたび、揺れる手元の閃きが、直華の顎を下から白く照らす。
実際、レダウの心は、IAMOへの憎しみよりも、いまこの瞬間、千影と迅雷を支配している悦びに躍っていた。気を抜けば、左手に捕らえた人質の存在も忘れてしまいそうなほどに。
千影は、ここに来た時点で詰んでいたのだ。抵抗しても、逃げても、人質は死ぬ。仮にここを生き延びたとして、命惜しさに自分を迎え入れてくれた恩人や、数百人もの罪なき子供たちを見殺しにした畜生の本質が透けるだけだ。
この手で腹を斬り裂き臓腑を引き摺り出して殺してやれないかもしれないのはつまらないが、我が身可愛さで後ろ盾を腐らせ、同類諸共野垂れ死ぬ様を観察するのも一興だ。
神代迅雷も、気に入らない。地団駄踏んだらIAMOに顧みてもらえるなど。あの少年もまた、オドノイド保護方針の旗印だ。
「さァさァどうした死なねェのか!?それとも俺たちに殺して欲しいのか!?それでも構わねェよ!?言うこと守っちゃいねェから人質も殺すことになっちまうけどなァ!?」
レダウは、言うなり容赦なく10カウントを始めた。
彼は既に教師をひとり斬っている。実際はさらに2人に重傷を負わせているが、とにかく、やると言ったらやる。ヒステリーと同じように、勢い任せになんでもやる。
寒空の下、迅雷の頬を汗が伝う。千影が生唾を呑む音が聞こえる。
?
(寒い)
迅雷が口をうっすら開く。
千影の遊び毛が跳ねる。
眴せコンマ1秒。
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○
†
┏
⯾ -.
episode10 s ect 4 ” Let Down ”
∂ S
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○
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「は?」
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目の前に
オドノイドが
いや
えっ
神代迅雷?
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雷光一閃。
神鳴る哉。
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迅雷の一撃で、レダウは教室の壁をぶち抜いて廊下まで吹き飛ばされた。
キレイに空いた人型の穴に向けて、迅雷は吐き捨てる。
そんな迅雷の片腕には、しっかりと直華が抱き締められていた。
「この距離なら俺たちが動いても先にナオをやれるって思ってたろ。千影ナメんなよ」
「クソが・・・ァッ!!やれッ!!やれェッ!!ボーっとしてんじゃねェェェェ!!」
手応えが変だったが、ギリギリで『マジックブースト』を間に合わせたらしい。あの勢いで吹き飛ばされても、レダウは意識を保っていた。
リーダーの怒声で、呆気に取られていた彼の仲間たちが一斉に動き出す。
「お兄ちゃん!!」
「大丈夫。絶対守るから」
迅雷は飛来する初弾を首を振って躱し、右の『雷神』を振り上げる。
『駆雷』。
切れ味は刃を飛び出しテロリストのひとりを電熱で失神させる。
「安歌音ちゃん!」
半歩下がり、左手で直華をそっと投げる。
呼ばれた少女は咄嗟に受け止める。
余所見?
ナイフを持って駆ける女。
油断などない。
迅雷ひとりに目を奪われたのは、むしろ『BLEACH』だ。
誰を殺しにここに来た?
小柄な子供の跳び蹴りで人体がくの字に折れ曲がる。
教室という限定された空間。
守るべき者を抱え、多勢に無勢。
敵は誰が何人死のうがお構いなし。
それでも、迅雷と千影は互いに笑い合う。
魔法を斬り捨て、速さで薙ぎ払う。
鉄火を『黒閃』で焼き尽くし、防具の上から雷撃で打ち据える。
室内にいた武装犯を全滅させるのに、10秒も要らなかった。
だが、まだだ。
「逸ったな!!人質はこの教室だけじゃねェ!!」
「そんなの知ってるよ」
「見殺しかァ!?薄情だなオドノイドォ!!」
「なわけないでしょ!」
なにを―――レダウはそれを言い損ねる。
肌を刺す冷気。おかしい。本日は小春日和になりそうですって、天気予報のお姉さんも言ってたじゃないか!!
数秒。日差しが消えた。
遅れて、それが雪崩だと気付く。
絶叫。それは耳の通信機から。
上階の仲間たちが押し流された?
どっから侵入した。上か?屋上組はなにしてる。
どいつもこいつも―――!!
「もういい!!全員こっちに集中しろッ!!」
オドノイドが目の前にいるのだ。いろいろ作戦を練ったが、要は千影と迅雷さえ殺せれば勝ちなのだ。レダウの命令で、校庭や別のフロア、教室に配置されていた者たちが血相を変えて集合してくる。
「『プロテクション・バリア』!!」
「『フレイム』!!」
迅雷たちのいる教室の割れた窓に代わるように、光の壁が現れ、直後に灼炎が大地を舐める。
「としくん、千影ちゃん、おまたせ!!」
「外の敵は俺たちが引き受ける!」
「焔先輩、しーちゃん―――!!」
さっきの雪崩は、十中八九、雪姫の魔法だ。
ということは、きっと真牙も。
いや、それだけじゃない。
敵は数十人、酷ければ100人を超えるかもしれない大部隊だ。
それでも、新たな悲劇はどこにも起きていない。
一央市ギルドとマンティオ学園合同の救助本隊が間に合ったのだ。
空気が転じた。
睨み合う、迅雷と、レダウ。
もう、ここに絶望の付け入る隙はない―――!




