episode10 sect3 ”相談相手はお間違えのないように”
『大体ね、戦争だからってIAMOに食料の流通を操作する権限なんかないハズなんですよ!』
『いや、権限もなにもこれ各国合意の上でやってるから。え、知ってますよね?』
『自分は合意してませんが!?というか誰も合意してないから問題になってるんでしょ。それとも立花サンはどっかで賛成票でも入れたの?』
別に、いい歳した大人がやいのやいのと口喧嘩している様子を眺めて楽しむ趣味なんてないのだが、テレビを点けたのは迅雷じゃないので、どうこうする気も起こらない。さて、千影はこんな番組のなにが面白いのだか。
「え?別に面白くはないけど?」
「オーケー。チャンネル変えよ」
「あぁ~」
「なんなんお前・・・」
土曜日だけれど真名は仕事。東雲さんちも自宅の修繕工事の関係で外出中。直華と一緒にランニングして帰って来たばかりの迅雷は、リビングのソファでうだーっとしながら、お昼ごはんどうしようか、と思索していた。
そばでも茹でようか、それとも冷凍ごはんがあるからチャーハンでもしようか。ううむ、洗い物が面倒臭い。そろそろ水道水も冷たくなってきたし、あんまりお湯を使うと母親に、夜に風呂入るときお湯が足りなくなるだろうと小言を言われるし。
「・・・むっ。くんくん。このかほりはナオがシャワーを浴び終わったな」
「あの、匂いじゃなくてせめて音とかで判断していただけませんでしょうか」
「テレビうるさくて聞こえなかったんだもーん」
「ふぁぁっ!?ちょ、ナチュラルに嗅ぎにこないでよぉ!?」
鼻の穴を広げて目一杯空気を吸い込みながら抱き付いてきた迅雷を、直華は慌てて突き飛ばした。ぶっ飛ばされて上下逆様な格好でソファに戻ってきた迅雷の腹の上に、千影がまたがった。毎度毎度直華にヤキモチ焼くことないだろうに。まだ薄着なままの部屋着越しに少女の滑らかな感触が腹筋を撫でるので、反応しちゃう前に迅雷は千影を脇に転がして起き上がる。
「ナオ、昼飯どっか食べに行かね?」
「あ、ごめん。私、このあと友達と買い物だからそっちで食べるね」
「友達って誰ですか!!誰と、どこで、なにするのか、ちゃんとお兄ちゃんに教えて!!」
「さくやんと安歌音ちゃんだよ!!もー、なんでそこまで教えなくちゃいけないの!1」
「俺が過保護だからだ!!」
強がりばかり言って擦れ違い続けて来た想い人にようやく覚悟を決めて本当の気持ちを打ち明ける感動のシーンばりに迫真の告白だった。百も承知の事実なのにイケボ過ぎて直華のツッコミが追い付かない。
「と、とにかく!服見に行くだけだからっ!」
「それなら俺もついてって選ぶの手伝うよ?」
「ぐっ・・・・・・とっ・・・とに、かく・・・そういうこと、なので・・・!!大丈夫、です!!」
その実、兄好みの服を選びたいインモラル妹☆直華ちゃんはメチャクチャ心が揺れたが、それでは咲乎と安歌音が居辛くなるのが目に見えている。降って湧いたデートチャンスだが、不義の恋路と友人との休日、どちらを取るのが正しいかなど・・・!!
直華は、血の涙を呑んで、迅雷の提案を固辞するのだった。
照れちゃって、逃げるようにバタバタ準備して出掛ける可愛い妹とニヤニヤしながら見送って、迅雷は「さて」と手を叩いた。
薬局の箱売りマスクと父親のグラサンで顔面の60%を隠して靴を履く迅雷を、千影は呼び止めた。
「ねぇ、とっしーさんや」
「なんだい、千影さんや」
「インフルの時期だからね。まぁマスクは良いと思うの。・・・で、どちらへ?」
「俺はナオを追っかけるから、昼飯は自分でなんとかしといて」
「どうする?110番で犯行予告しとく?」
「しょーがないだろー!?ついてっちゃダメならストーカーするしかないじゃん!」
迅雷はもうダメだ。かのマリー・アントワネットでもツッコミに回らざるを得ないトンチキだ。
そっとスマホを取り出す千影の両手を掴んで通報を阻止しつつ、迅雷は言い訳―――というよりは説得を続ける。
「だってこんな物騒なご時世にナオみたいな美少女を、女の子3人だけで出掛けさせられるか!?いいやありえないね!!」
「ぐぬ・・・そう言われるとビミョーに心配になってくるじゃん」
『BLEACH』によるテロはいつどこで起こるか分かったものではない。大抵が無差別テロなのが悪くも、良い塩梅に予測不可能度を増幅しているのだ。美少女だろうがブサメンだろうが、やられるときは等しくやられかねない。
千影を言い負かしてすぐ出発しようとする迅雷だったが、しかし、千影はそれでも再び彼を呼び止めた。
「ボクも行く!!」
●
直華が出掛けてから既に10分ほど経っており、具体的にどこへ行くかも聞いていなかったが、市の繁華街方面に向かう地下鉄で無事発見した。迅雷の愛と千影の足があれば、直華が地球上のどこへ行こうとも追跡出来るだろう。
「ボクの能力にかかれば第3宇宙速度に到達するのも簡単なんだけどね」
「太陽系の外までストーカーするのはさすがにダメだろ」
「まるでいまやってることはダメじゃないみたいな言い方だね」
「家族間でのストーカー行為は規制法に引っ掛かりにくいってネットで見た」
「思ったよりヤバい領域に肩まで浸かってた」
直華と友達2人が乗った車両の隣に乗って、連結部の窓からチラチラと視線を送る姿は、誰がなんと言おうと立派な不審者である。平然と会話する少年少女という外見がなければすぐにでも疑われそうだ。
迅雷の予想した通りの駅で直華たちが地下鉄を降りたため、迅雷と千影も人混みに紛れて3人の後を追う。テロがどうこうと言いながら、まだ外出する人の数は普段と変わらないようだ。隠れるのが楽で助かる。
改札を出たあたりで、時刻はちょうど正午だった。くぅ~、と千影の腹の虫が鳴いた。
「とっしーとっしー」
「んー?」
「今日のボクは天ぷらな気分なのです」
そう言って、千影はグルメマップに投稿されている天ざるの写真を迅雷に見せた。冬を目前にしてかけそばじゃなく天ざるかよ、とツッコミかけた迅雷は、しかしなるほど言葉を呑んだ。
ひとり用鍋の蓋くらいはありそうなドデカいかき揚げに、これまた恐らく1株丸ごと揚げたであろう立派な舞茸天、衣の隙間から紫が映える茄子天、そしてみんな大好き大海老天。写真だけでも垂涎ものだが、さらに千影は投稿者のレビューで追い打ちを掛けてきた。
『店に入って席まで案内される途中、通りかかった席の人が天ぷらと食べるときのザクッて音で即決でした!超おいしかったです♡』
迅雷の腹の虫も屈した。
だが、迅雷はあくまで直華たちを見守るためにここにいるのであって、昼食をどうするかなんてのは二の次なのだ。例え天ざるの口になっていたって、直華がファンシーなパンケーキのお店に入るならパンケーキを食べに行くし、コンビニで簡単に済ませようと言うならコンビニで済ませるしかない。
「ちっちっち。とっしー、ここは逆転の発想だよ」
「・・・そうか!!」
●
直華、咲乎、安歌音の3人は、地下鉄駅から地上に出て、身震いした。
「うー、寒い」
「地下鉄けっこう暖房効いてたもんねぇ」
「さくやんが寒いのはどー考えても生足だからっしょ」
基礎体温高めだから大丈夫、という謎理論で夏を忘れた白い素肌を晒す咲乎は、早くも顔まで白くなっていた。冬服を買ったらそのまま着て帰った方が良いかもしれない。
とはいえ、ショッピングはこのあとの話。腹が減っては戦は出来ないのだ。安歌音が開いたスマホのマップを、直華と咲乎も覗き込む。
「で、結局どうする?パンケーキ?」
「そのつもりだったけど、なんかもっと温かそうなのが良いかも」
「ラーメン?」
「いやー、私ちょっとダイエット中でさぁ」
「なーにー!?色気づきおってからに!!若いもんは気にせずしっかり食え食え!!」
「いやどこの誰さまよ」
地下鉄に乗っているうちに決めておけば良いものを、わざわざこんな肌寒い外に出てから悩み始めた3人は、なんとなくアツアツ方面に絞って店を探す。そんな折りであった。
『さっきの天ぷら、ザクザクジューシーで最高だったよね!!』
『マジそれな!!しかも、あんなデッカいのに油も全然しつこくないし!!』
『そば湯飲んだから体がまだポカポカする!』
『店の名前なんだっけ?』
『「ほうび屋」だよ、もう忘れたの?』
『食べるのに夢中でさ!また絶対行こうな!』
どこからともなく聞こえてくる若い男女の声に、直華たちは操られるようにして店の名前を検索していた。噂通りの巨大な天ぷらはもちろん美味しそうだったし、温かいそばのメニューも充実しているようだ。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「3人です!」
気が付くと、暖簾をくぐった後だった。
○
期待以上のザクザクだった。大満足。
思惑通りに直華たちを目当てのそば屋に誘導し、ついでに和風スイーツまで堪能した迅雷と千影は、ターゲットの退店を見計らって会計を済ませた。なに、これから行く店は盗み聞きしていたので見失う心配はない。
「千影、一応言っとくけどさっき撮った写真、ツブヤイタッターに上げんなよ?」
「えー、別にいくない?バレないって」
「SNSは恐いんだぞ?予想だにしないルートで情報が拡散するんだからな?」
「ハイハイっと」
「あー!!」
せっかくの休日デートなのだから、幸せな思い出はキッチリアピールしておかなきゃ勿体ない。千影は容赦なく天ざるの写真をツブヤいた。直華もフォローしてるのに・・・。
さて、JC一行が次に向かったのは、駅前の商業ビルだった。景気が良いのか最近は映画館付きの2号館まで出来たところで、土曜の今日は当然大賑わいだ。地下鉄でもバレなかったのだから、店内でストーカーするくらいじゃ絶対に見つからないだろう。
「ついでだからとっしーも服見ようよ」
「え、俺?」
「どうせとっしーのことだから去年のままもう1年いけるとか思ってるんでしょ」
「ぐ・・・・・・」
オシャレどうこうも、まぁもちろん大切なのだが、それ以前に成長期の男子高校生が何年も同じ服を着続けること自体に無理があるのだ。実際、恐らく去年の冬より迅雷の身長は2センチくらいは伸びているはずだ。冬の装いがつんつるてんではあまりにも格好がつかない。
直華たちが入った店のちょうど真向かいは、メンズのショップだった。そこからなら直華の様子も見えるだろ、と論破された迅雷は千影に手を引かれてそちらの店に連れて行かれた。
いっつも変なデザインのものばかり選んで見つけてくる千影が、今日は一体どんなフザけたコーディネートをするのかとハラハラしていた迅雷だったのだが、意外にもまともな服を見つけて持ってきた。
「・・・って、こういうとこに入ってる店で千影の趣味に合うような服はないよな」
「服のセンスでとっしーにとやかく言われる筋合いはないんですケド?ほら見てボクのこのラブリーチャーミーなオータムコーデ♪」
オーバーサイズなジャケットと、千影にしては珍しいスカート。ワンポイントの小さなリュック。ブラウンやベージュに統一した色感は秋っぽい。
ありがちと言えばありがちな組み合わせの気もするが、ありがちな服装すら意識出来ない迅雷よりマシなのは間違いない。
「ヘイ、りぴーとあふたみーカワイイ」
「ぬぬぬ・・・俺の負けです降参します」
「のんのん、りぴ~と」
「カワイイ」
「イェーイ」
照れる迅雷と謎のグータッチを交わして、千影はひとまず満足した。迅雷ときたら、千影が言い出すまで、直華のストーキングに必死でちっとも恋人の格好に感想も寄越さないのだから困ったものだ。かと言って、いまさら直華そっちのけで千影ばかり構い始めたら、それはそれで気味が悪いのだが。
迅雷の主観では、こんなに長々と試着を繰り返していて知らぬ間に妹を見失ったりしないかなどと心配していたのだが、杞憂だった。千影ひとりが満足するまで迅雷を着せ替えて会計まで済ませても、向かいのテナントではまだ3人がキャッキャしていた。
「うーん。また千影の靴も見ようか?」
「えー、これ気に入ってるのに」
千影は今日もサンダルを履いている。迅雷が遅めの誕生日プレゼントとして贈ったものだ。愛用してもらえるのは嬉しいことだが、裸足が許されるのは10月までだ。
時折、おしゃれは我慢、なんて言葉も聞くが、千影もわざわざ微弱な炎魔法でさりげなく足を温めていた。なんという魔力の無駄遣い。
直華たちが店を出たのは、千影が秋冬兼用シューズを選び終えた頃だった。
●
あちこち歩き回って、気が付けば半分日が沈んでいた。
「おかしいな・・・ただストーカーしてただけのはずなのに荷物が多い」
「完全にデートの流れだったのに、ストーカーって芯だけは最後までブレなかったよね」
「ったりめーよ」
昼前から始めて夕暮れ時まで一切気取られることなく直華たちを尾行してみせた迅雷は、探偵の才能があるのかもしれない。こうしているいまも、キッチリ10m手前にターゲットの後頭部を捉えていた。
だが、この分だと迅雷が心配していたようなことは起こらなそうだ。
「けっ。見る目のない奴らばっかりだぜ」
「とっしーの中ではなにが正解なのさ・・・」
おっと、赤信号だ。夕方で、昼間と比べると若干人も少なくなってきている。あまり前で待つとふとした瞬間に振り返った3人にバレかねない。こういうときは、会話で首を動かしても見えにくい真後ろに位置取るべし―――。
「?」
特に理由があるわけではなかった。
ただ、ほんの一瞬、横断歩道の向こう側を見ただけだ。
でも、千影にとって、その一瞬は大きな違和感をもたらした。
向けられたスマホのカメラレンズ。
にやついた口元。
みすぼらしい格好の男だ。
普通の人間なら”ヘンなオッサンがいた”程度で済ませるだろう小さな違和感。だが、人生の大半を悪意ある環境で過ごしてきた千影には分かるのだ。
―――あいつ、ボクのこと見てる。
「とっし―――
「ぅ、お、おおぁ!!死ねバケモぉああ"ッ!?!?!?」
千影がなにか言いかけたところで、突如背後から見知らぬ2人組の男が千影に向けて魔法を撃とうとしていた・・・のだが、それもまた言い切る前に迅雷に手首を掴まれ悲鳴を上げていた。
襲われたのは、直華ではなく、千影だった。
だが、それは最初から心配しちゃいない。
「テメェなにしやがる!!」
暴力の標的を迅雷に切り替えて、殴りかかるもう一人の男。
迅雷は腕を掴んでいた男の足を払って宙に浮かせ、そのままもう一人の男に向けてスイングバイしてやった。
迅雷と千影が揃えば、世間を騒がせたブレインイーターの暴走すら止められたのだ。
チンピラの相手くらい、剣を抜くまでもない。
「く、くそが・・・オドノイドが休日に彼氏とのんびり買い物か?良いご身分だな!!誰のせいで・・・誰のせいで街が焼かれたか分かってんのかよ!!」
焼かれた。
一央市民ならすぐ思い当たる。
8月。
火竜『アグナロス』が放った灼熱の息吹。
航空写真でも分かるその爪痕は、いまも生々しく残っている。
家。家族。恋人。思い出の品。この男たちも、あの日なにかを奪われたのか。
だが。
「千影のせいでもないだろうが!!」
千影が一央市におらずとも、あるいは、あの攻撃は、あの日どこかで行われていたような気がする。悪魔の理不尽だった。それは心のどこかでみんな感じている。
だからだろうか。迅雷に怒鳴りつけられた男たちは、唇をわなわなと震わせながらも、結局なにも言い返すことはしなかった。
事件が起きて鎮圧されるまで、あっという間のこと過ぎて、周囲の人たちが騒ぎ始めたのは迅雷が怒鳴った数秒後だった。警察への通報はそちらに任せ、迅雷は逃げようとする犯人2人に軽い電撃を浴びせて拘束した。
「大丈夫か、千影?」
「あ、うん。ってかあっち、さっきヘンな人がいたの!!」
「っ、コイツらの仲間か―――!?」
千影が指差す方をバッと振り向いた迅雷は、そこでバッチリと目が合ってしまった。
直華と。
「あっやばっ」
あってなんだ、やばってなんだ。でもってそいつらなんなんだ。
事態が事態なので、無事を喜べば良いのかストーカーを追及すれば良いのか非常に悩ましげな直華との間に、ものすごく気まずい沈黙が生まれた。
たぶん、今日、どこかのタイミングで直華が「出掛ける前にこんなことがあってさー」的な話をしたのだろう。咲乎と安歌音もビミョーな表情をしている。
「いやーぐうぜんだなー・・・・・・なんて」
「お兄さんそれは自白だって」
「ち、違うんだ安歌音ちゃん!!俺はやってない!!断じてナオをストーカーしたりなんてしてない!!」
まさか駆け付けたお巡りさんもこんなところで一石二鳥の大捕物になるとは思わなかっただろう。
いや、ちゃんと説明して見逃してもらったけど。
・・・なにか忘れているような気がする。
●
「あーッ!!」
「うわああああッ!?」
その夜。
千影が布団に入って電気を消すなり5分とせずに大声を上げて跳ね起きた。
「なに、おねしょ!?」
「ちっがうヘンなオッサン!!」
「は!?なにどこオッサンこわっ!!」
夕方のことなどすっかり忘れて、布団をめくりオッサンを探し始める迅雷の頭を、千影はひっぱたいた。布団の中の謎のオッサンよりはおねしょの方がまだ現実味がある。
とはいえ、思い出すのが遅過ぎた。いまから探す方法なんてない。よんどころなし。千影は溜息を吐いて、ポスっと枕に戻った。かくなる上は、仕掛けてきたところを返り討ちにするのみだ。
「そうだよ。ボクととっしーのデートを邪魔したヤツなんか誰であろうと八つ裂きだよ、八つ裂き。こっぱみじん切りだよ」
「せめて三枚卸しで許してやれよ。いいからもう寝ろって・・・むにゃ」
迅雷は、千影が新しく買ったもこもこパジャマの肌触りにすっかり夢中だ。熱烈に抱き締められて気分の良い千影も、今日のところはオッサンのことを諦めてモフられることにするのだった。




