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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode10『The Lightning Dyes White on Black』
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episode10 sect2 ”お前らもし昔の同級生が有名人になったら絶対自慢するでしょ”

 静寂の時間が終わりを告げた。

 満を持して、はたまた容赦なく、全ての成果物は徴収され、彼らの手元に残ったものは、ただ消し屑のみ。


 終わったのだ。


 長かった、戦いが、遂に。


 「お」

   「わ」

     「っ」

       『たあああああ!!』


 試験官の先生が退室した直後、慈音と向日葵、そして巻き込まれ気味な友香が、手を繋いでバンザイした。

 11月18日、金曜日。世間にとってはちょっと早く帰ってのんびりしたい普通の金曜日かもしれないが、彼ら・彼女らにとっては待ちに待った中間テストの最終日なのだった。

 魔法士の卵として日々さまざまな授業を受けているマンティオ学園特別魔法科の生徒たちも、校名がデカいだけで所詮は日本の高校生だ。文科省の学習指導要領に基づいてやることはキッチリやらなきゃならないし、マンティオ学園の偏差値は地味に高い。そのため、ほぼ実技スコアのみによって受かることも珍しくない特別魔法科の生徒たちにとって、魔法学以外のテストこそが鬼門だったりする。


 迅雷が使い過ぎで熱暴走する頭を抱えて机に突っ伏していると、後ろの席の室井(むろい)茂武夫(もぶお)に肩をつつかれた。振り返れば、室井は悟ったように穏やかな眼差しをしている。


 「終わったな―――神代」


 「そうか・・・終わったんだな、室井」


 「フッ―――」


 じわじわと室井の両の瞳に輝きが溜まる。迅雷は全てを理解して、今朝通学路の途中でもらったポケットティッシュをくれてやった。ちなみに学習塾の広告が入ったやつだ。ご新規様大歓迎、冬季講習申込受付中!室井は真っ先に広告の紙で鼻をかんで丸めて教室の前のゴミ箱にスリーポイントしてやった。


 「室井、俺らこのあと打ち上げでカラオケ行くけど、来る?」


 「いや、今日はパスで」


 「え、どしたん珍しい。秋アニメの新曲入ったっぽいけど?」


 「ぐっ!!ぬ、ぬ・・・いや。神代なら良いか」


 室井に手招きされて、迅雷は耳を貸してやる。すると、室井はとんでもないことを言い出した。


 「(実は6組の古川さんに屋上に呼ばれてんだよね)」


 「ふぁっ!?」


 「(ちょ、声デカい!!)」


 まさか、本作世界のモブ界代表選手みたいな、冴えなさが冴え渡っている《もろモブ》こと室井茂武夫氏に青春が訪れようとは。

 ・・・とはいえ、さほど身形(みなり)にこだわっていないのに可愛い彼女が出来たのは自分も同じか、と迅雷は失礼な偏見を反省した。室井は良いヤツだ。こう、そこはかとなく。きっとそれを分かってくれる子に巡り会えたのだ。


 「・・・っと、そうだったよ」


 反省の甲斐あって千影にPINEすることを思い出した迅雷は、試験のルールで切っていたスマホの電源を入れた。昨日、一応試験の終了時刻については教えていたのだが、スマホを立ち上げると、案の定千影からの催促メッセージがポップアップされた。熱湯4分のカップ麺は待てるくせに、5分は待てないのか。その1分の差はなんなんだ。


 「よー迅雷。出来はどうよ」


 「上々。今回は先生が良かったからな」


 「へ、よせやい照れるぜ」


 「真牙のことじゃねーよ」


 真牙も真牙で学年2位の優等生だが、2位がいるなら当然1位もいる。


 あれだけの連戦を経て、その少女はしかし、事もなげに頬杖をついて、窓外の景色を眺めていた。ただ退屈そうにしているだけなのに、どうしてか画になる、雪のように儚げな彼女。

 勉学のみならず、魔法士としての能力もプロをしてプロ以上と評するほどの超一流。触れれば融けてしまいそうなほど繊細な美貌と、それとは裏腹に見る者全てに格の違いを思い知らせるかのような冷たく鋭い眼光―――は、いまは鳴りを潜めていた。


 天田雪姫。


 距離を縮めようとしたのは間違いなく迅雷の選択だったが、それでも未だに雪姫と一緒にテスト勉強したことが夢の中の出来事のように思える。ほんの1ヵ月前であれば会話すらままならなかったのだから、全く想像もしなかったことだ。

 彼女の妹、天田夏姫の働きかけもあったとはいえ、結局のところ雪姫が変わったのは迅雷がなにかしたから、なんかじゃない。『ブレインイーター』の一件を経て、雪姫の中でなにかが変わって、そして雪姫自身がその変化を受け入れたのだ。

 雪姫とブレインイーターの間にあった因縁も、迅雷はよく知らない。だから、迅雷は本当に、雪姫の迷いをぶつけてもらっただけだ。でも、もしそのわずかな手助けに雪姫が価値を見出してくれていたのだとしたら、それほど誇らしいことはない。


 そして、気を許してくれたのであれば、もはや遠慮する道理もない!!


 「ゆっき先生~、このたびは


 「うわ"ぁ"ぁ"ん雪"姫"ち"ゃ"ん"あ"り"がどぉ"~!!なんか今回はっ、今回こそはいけそうな気がするぅぅぅぅぅ~!!」


 下卑た笑みを浮かべて揉み手する迅雷を弾き飛ばして、慈音が雪姫に抱き付いた。もっとも、寸前で雪姫に顔を押さえられて未遂に終わったが。


 「はいはい、暑苦しい」


 「あ。雪姫ちゃんの手、ひんやりするー・・・おでこもさわってー」


 慈音の脱線したリアクションに、雪姫は少しやりにくそうにしている。1年3組に新たな百合カップリングの兆しが見えてきた。野郎どものニコニコ笑顔に気付いた雪姫が、ますますやりにくそうな顔になる。面倒になった雪姫は、慈音に轢かれて転がっていた迅雷の存在を思い出して、フォローを求めるように話を振った。


 「で、迅雷はなんだったの?」


 「し、しーちゃんと同じっす。あざっした・・・ぐふ。あ、それとこのあとの打ち上げ、カラオケで良い?」


 「良いよ」


 「すげーあっさりOK出たぞみんな」


 「なんか悪いかオイ」


 「いえとんでも滅相もございません」


 迅雷の勝手なイメージだけど、普段からあんまり冗談とか言わないクールなタイプの人って、人前で歌ったりするのが好きではないと思っていたのだ。もっとも、仮に嫌がったとしても他の打ち上げ参加者たちと協力して駄々をこね、強引に連行する計画だったのだが。

 でも、考えてみればこの青春を知らぬ卒ぼっち、不慣れな学園ライフに馴染むために様々なイベントに積極的に参加中なのだった。友達とカラオケなんていう、いかにも部活のない日の高校生の放課後っぽいイベントを断るハズがない。


 「じゃ、ホームルーム終わったら即出発ね!」


 「りょーかい」


          ○


 ホームルームを終えて、晴れて完全にテスト期間を終えた迅雷たちが校門を出ると、もう千影が待っていた。仁王立ちである。アホ毛なんて雷マークである。全体的にちっこいから迫力は皆無だが。


 「おっそい!!」


 「いま来たとこ?」


 「いま来たとこ」


 迅雷は、後ろのクラスメートたちの方に振り返って、『な、言ったろ?』とばかりに肩をすくめた。これでもホームルームが終わってから連絡を入れたのだ。連絡してから1分前後で飛んでくると分かっていたからギリギリまで引き付けてPINEしたのだが、この様子だと昇降口を出たくらいで連絡するくらいでちょうど良かったかもしれない。


 「わー。ひさしぶり千影ちゃーん♡」

 「いえーい。ほっぺほっぺー」


 この前のダンジョン演習で助っ人に来て以来、千影とマンティオ学園生の距離もすっかり縮んで・・・すっかりペット枠と化していた。さっそく女子たちにもみくちゃにされている。男子は・・・迅雷が眼光で牽制している。

 その正体がオドノイドということも既に周知の事実なのだが、迅雷との関係性を知るクラスメートたちにとっては、もはや少しも警戒する必要のない存在だ。

 さて、行き先はマンティオ学園から歩いて10分ちょっとの場所にあるカラオケ店だ。だから、当然歩いて移動するのだが、かと言って10分間黙々と歩くだけなんてのはあり得ない。


 「ね、ね、とっしー見て見て。さっきツブヤイタッターで見つけたんだけどさ」

 「ブフッ」

 「勢いで笑わせに来てるよね」

 「ズルだろこれは・・・くふっ」


 「・・・・・・」


 あり得ない。その認識は雪姫も同じだ。同じなのだが。


 「・・・ーい。おーいおいおい雪姫ちゃーん?」


 「・・・・・・、な、なに?」


 「なんか頭上に『ジトォォォォ・・・』って書いてあるけど、千影たんの頭になんかあった?」


 「千影のアホ毛ってなんであんな動くのかなって思って」


 真牙に眼前で手を振られた雪姫は、咄嗟にしては上出来な言い訳をした。まさか、校門を出るまでおしゃべりしていた迅雷を千影に取られてしまって、いまさら会話に混ざれずマゴマゴしていた―――なんて言えない。言えない・・・!!・・・が、恐らく真牙のこの猫目フェイスは察している目だ。

 真牙は人の考えを読むのが人一倍上手で、雪姫もこの半月ほど『DiS』で一緒に活動する中で、それは実感していた。それ自体は素晴らしい特技なのだが、邪推される側からするとあまり面白くない。・・・邪推だよ?邪推だっつってんだろ!!


 「ところで、雪姫ちゃんって普段歌とか歌うの?」


 「いや、あんまり」


 「飯作ってるときに鼻唄とかも?」


 「ないかな。昔はしてたような気もするけど」


 「フムフム。じゃあ、歌わないにしても音楽聴いたりとかは?」


 「料理は音も大事だから、聞こえにくくなる音楽は流さないな。勉強中なら、たまに環境音とか・・・・・・って、音楽じゃないかコレ。あ、でも夏姫がよくいろんなの聴いてるから、そのときは一緒に聴いてるかな」


 「ほうほう。妹ちゃんはなに聴くの?」


 「・・・なんの取り調べ?」


 明らかになにか企んでいそうな真牙に、雪姫は怪訝な目を向けた。しかし、真牙はのらりくらりとはぐらかしてしまう。聞き耳を立てていた向日葵や友香の方を見てみるも、口笛を吹いて(どっちも吹けてない)そっぽを向くばかり。意地悪・・・という感じでもないが、ちょっとモヤモヤする。


 そんなこんなでカラオケに到着。20人くらいの大所帯で来てしまったが、ここは全員入れるほどの大部屋がない店なので、グループを2つに分けることになった。ウラオモテで分けようという流れになるや談合が始まったため、呆れた雪姫の「じゃあ最初から相談で決めれば?」という名案が炸裂。しかし、仲良しグループで固まったら、困るのは雪姫である。いつものメンバーがそれぞれくっついていく中、雪姫だけは誰にも声を掛けに行けず、少し居心地が悪くなってきた。


 (・・・なにしてんだろ、あたし)


 別に悩むようなことなんてない。さっさと迅雷に「あたしもそっちで良い?」と言えば済むことだ。でも、雪姫はたったそれっぽっちのことも、思うように出来ないでいた。

 迅雷に嫌われているとは思わない。あそこまでして雪姫と向き合ってくれた人だ。声を掛けて、断られるなんて絶対にあり得ない。でも、他のクラスメートは?・・・考えすぎなのは分かっている。ただ、好かれるようなことなんて、なにもしてこなかったことも事実だ。現に、今日集まった中にだって雪姫を敬遠している人は何人かいる。

 やっぱいい、帰る。そう言い出して以前の自分に戻る方が気楽だと感じることが、まだ多い。でも、それは気が”楽”なだけで、”楽しい”わけじゃない。みんなと一緒の方が楽しいに決まっている。小さかった頃みたいに、みんなの輪の中に混ざって、みんなと一緒に笑い合える自分になりたい。”好きな自分”を取り戻したい。


 ・・・そこまで分かっていても、それでも、勇気が足りない。


 「天田さんはこっちねー」


 「あ、うん」


 向日葵が、あっさりと雪姫の手を引いて、迅雷のいるグループに引き込んでくれた。

 ここまでウジウジ書き連ねた言い訳がバカみたいだ。

 いつもそう。誘ってもらえたら、雪姫はホイホイついて行ってしまうのだ。誘ってくれるということは、受け入れる用意があるということだから、安心する。


 部屋に向かいながら、迅雷はニヤニヤしながら雪姫に耳打ちしてきた。


 「(なんであんなまごついてたん?)」


 「(いや、別にそんなことないし・・・)」


 「(いやいやあるでしょ分かるって)」


 「(だからないって言ってんでしょ・・・!)」


 「(あ、もしかして俺のこと誘うのが照れ臭かった?)」

 

 「なっ、はぁ!?違うし、調子乗んな!」


 雪姫が急に今日イチの大声を出したので、みんなビックリして振り向いた。迅雷が涙目で壁際に追い詰められていた。

 雪姫は、振り上げた手を、ワナワナしながら引き戻す。危ない。ここはダンジョンじゃないのだ。勢いでぶっ飛ばしていたら店の壁を壊して弁償案件になりかねない。

 怒っているようで、そうでもなさそうな、でもいつもよりは血色の良い雪姫をいさめようとして、慈音と友香が割って入ってきた。


 「ちょ、ちょちょちょ雪姫ちゃん!?」


 「どうしたの天田さんなにされたの!?」


 「セクハラ発言」


 あの雪姫相手にそれを敢行した迅雷には、軽蔑より先に尊敬の眼差しが集まった。実際にはセクハラなんてされていないのだが。雪姫は心の中で迅雷にちょっぴり謝罪する。

 それはそれとして、雪姫は、特に慈音にはあまり顔を見られたくなくてフイッとそっぽを向いた・・・が、その先にはジト目の千影が待っていた。


 「・・・・・・」


 「・・・・・・なに」


 「つーん」


 「・・・・・・」


 なんでカラオケに入店してから部屋までがこんなに遠いのか。


          ○


 順番に曲を入れて回して、4巡目が終わった。そろそろ延長の確認が来る頃だ。


 嫌々トリを任された雪姫が、リクエストで勝手に入れられた曲を歌い上げると、数秒の余韻があってから、パラパラと拍手が始まって、次第に大喝采になった。

 去年リリースされて世界中で大ヒットした洋楽バラードだったのだが、英語の発音からして完璧で、それでいてただオリジナルのトレースをするのではなく雪姫自身の個性も感じる仕上がりであった。


 「わぁ・・・ぁ、なんか・・・涙出てきた」

 「すげぇ・・・なに言ってんのか全然分かんないけど、なんか分かった気がする・・・」

 「紅白出れるやつだ」


 「えーと、ご清聴どうも?」


 こそばゆい反応ばかりで雪姫は頬を掻く。

 《雪姫(ユキヒメ)》から歌姫にモードチェンジした雪姫に惜しみない拍手を送りつつ、迅雷はどこか煮え切らない表情である。


 「途中からね、なんかもう諦めてたんだけどさ?雪姫ってなんでそんな歌上手なの」


 「諦めてたってなによ」


 「なんというかですね―――」


 かれこれ半月、何回か一緒に遊びに行って身近なネタも尽きかけていたので、迅雷は白状することにした。行きしなに真牙が妙にしつこく雪姫を質問責めにしていたのと同じ理由だ。

 最後に歌ってもらったバラードだけではなく、流行りのドラマ主題歌も、鉄板のアニソンも、シャウトのあるような邦ロックも、雪姫はサラッと歌いこなしてみせた。

 なにも、今日、カラオケに限った話ではない。学業優秀なのは知っての通りで、体育の授業でも未だ苦手なスポーツはなく、料理の腕は本を出せるレベル。

 その上、商店街の楽器屋では店員が仕事を忘れて聴き入るような試奏を連発し、お遊びとはいえチャンバラで迅雷から一本取り、最近趣味でMeTubeにダンス動画を上げているという向日葵にお手本付きでアドバイスをしてみせたりと、もはや上手じゃないことがなにもないレベルのド万能っぷりだ。こないだファイナルラウンドのスポッチャに誘ったときなんて、生物としての格の違いすら思い知らされたものだ。


 ということで。


 「みんなで雪姫さんの弱点探しゲームしてました」


 「バカなのでは???」


 100%濃縮還元の罵倒で全員がくの字に折れ曲がった。

 でも、雪姫には是非ともクラスメートたちの好奇心を分かってやって欲しい。世界人口70億人と言えど、こんな仮装ライダー劇場版限定究極最終形態みたいな美少女にはそうお目にかかれるものじゃないのだ。将来絶対に教科書に載るような完璧超人と毎日学校で会っておしゃべり出来るなら、究極生物の唯一の弱点くらい見つけておきたくもなるだろう。一生涯通じてずっと自慢出来る話のネタだ。


 「誰だって練習すれば多少はマシになるもんでしょ」


 「え、じゃあゆっきーって歌も練習してたの?ギターも?ダンスも?」


 「まぁ、一応」


 「・・・なんで???」


 出た、子供の質問あるあるVol.1、ザ・ナンデ。まぁ、千影も幼稚園児じゃないので補足する。


 「もっと魔法士として強くなる方に全振りしてるイメージだったから意外すぎる」


 「それはそうなんだけど―――えーと、ほら、歌唱力で負けた方が死ぬ魔術?とか使う敵が、現れたりするかも・・・じゃん・・・?」


 つまり、ダンスも、楽器も、スポーツも、全部は戦闘に勝つために上達したんです、と。


 説明の途中からだいぶヘンなことを言っている自覚が出てきたのか、雪姫の声は尻すぼみに小さくなっていった。でも、本気でそう思っているんだからしょうがないじゃないか。

 しかし、誰も雪姫の自白を聞き逃さない。耳まで赤くした雪姫にトドメを刺したのは、一切悪気のない慈音だった。


 「雪姫ちゃんって実は面白い子だったんだー」


 「やめて・・・」


 雪姫が恥ずかしさに耐えかねていると、間の好いことにインターフォンが鳴った。多分延長の確認だろうが、この際自分の話題を打ち切れるのであればなんでも良い。雪姫はすぐに受話器に飛びついた。


 「ハイ」


 『お客様、そろそろお部屋の―――あっ、店ちょ』


 不自然に電話の声が途切れ、雪姫は目を細めた。なぜ店長が受話器を取り上げる?なんらかの責任を伴う対応が必要となったからだ。しかし、サービスの面で雪姫たちはなにも迷惑なんて被っていないし、逆に店側に迷惑を掛けてもいない。


 「・・・」


 思い当たる節はあった。そして、雪姫の予想は当たっていた。


 『非常に申し上げにくいんですが、延長はご遠慮いただけますと・・・。その・・・お連れ様の中にオドノイドの方がいらっしゃると思うのですが、いまは・・・状況が状況ですし、他のお客様もいらっしゃいますので。何卒ご容赦ください』


 雪姫と目が合った千影は、一瞬だけ寂しそうな顔をしたものの、すぐに笑顔に戻って席を立った。


 「歌ったらおなか空いた!」


 「もう17時過ぎかぁ」


 迅雷も調子を合わせて、自然な雰囲気で退店する流れを作る。

 千影はもちろんなにもしていない。でも、この店の対応も間違ってはいない。店長の言葉はもっともだし、それをバイトに言わせないところには好感さえ覚える。

 悪いのは全部『BLEACH』だ。オドノイドを擁護するならば、団体、個人問わず標的にする。彼らの声明のせいで、千影たちオドノイドの肩身の狭さは以前にも増して酷くなっている。

 店でもてなしただけで擁護したとまで見られるか、と思うかもしれないが、そんなのはテロリストの匙加減なのだ。虎の威を借る狐どもが、今日も世界のどこかで「その程度の理由」に事寄せて勝手を働いている。


          ○


 11月も半ばを過ぎ、17時ともなればすっかり夜だ。千影の小腹が空いた発言も、あながち嘘じゃない。カラオケでは歌うだけ歌い果たして、思えばあんまり食事はしていなかった。


 「ラーメン食べ行く人~」


 真牙が誘いをかけ、チラホラ手が挙がる。


 「あたしはパス。夏姫も帰ってる頃だし、夕飯作んないと」


 暗いし、なによりいまはいろいろと物騒だ。真牙の他に集まったのは結局、迅雷と千影、慈音、ほか男子2人だけだった。


 「馬鹿者で良いよな」


 『オッケー』


 悪口を言っているのではなく、『馬鹿者ラーメン』という店名である。あしからず。全国からマニアが集まってくるほどの名店ではないが、市内では根強い人気のある店だ。迅雷たちもギルドでクエストをこなした後などに、ちょくちょく通っている。


 「へい大将、6人、座れる?」


 「なんだ、また来たのか嬢ちゃん。カウンターで良いかい」


 「あいさー」


 迅雷が常連なら、千影だって馴染みの客だ。真名には食べて帰ると連絡したので、迅雷も千影も遠慮なくラーメン半チャーハンセットに餃子もつける。慈音も、チャーハンはないが、しっかり頼むので、野郎連中も負けじとがっつり注文し始めた。


 「ウチもう飯作ってっからなァ、母ちゃんにどやされんなァ」


 「言い出しっぺが日和ってるぞ」


 「はぁー!?日和ってないんだがー!?チャーハンフルプライスだがー!?」


 一気に注文を受けて忙しそうに厨房を動き回る大将に、千影はふと尋ねた。


 「いっつも来てていまさらなんだけどさ、いいの?ボク追い出さなくて」


 「あー?いんだよ。もし店が爆破されようが、そんときゃ屋台からやり直すだけさ」


 心強い一言だ。決して、迅雷や『DiS』のみんなだけじゃない。一央市には、こうして千影を認めてくれる人がちゃんといる。


 「要らない心配だったな」


 そう言って千影の頭を撫でる迅雷も、どこかホッとした様子だ。


 カウンターに6杯の丼が並べられ、パンチの効いた醤油スープの個性的な匂いが広がる。


 「もうけなんて二の次。俺はただコイツをみんなに食ってもらいたくてこの仕事やってんだ」


 『大将・・・!!』


 頼もしい笑顔と共に振るわれた自慢の一杯を一口すすってから、千影はしみじみとツッコんだ。


 「でも最近ちょっと値上げしたんだよね―――」


 「・・・大人の事情です」

あけましておめでとうございます。ここまで追ってくれた方は、本年もどうぞよろしくお願いいたします。たまたまここに来た方は、本年からどうぞよろしくお願いいたします。ところで知ってた?今年の5月で連載10周年なんだって。こえー。

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