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改正  作者: 工場長
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第二十一話 景正倒れる

 衆議院法務委員会はその日のうちに少年法改正案を全会一致で可決した。これにより法案は明日衆議院本会議に提出される。すでに政府の方針により本会議もその日のうちに採決する事が決まっている。二院制をとっているこの国だが、衆議院優位の現状では明日少年法改正がほぼ実現する事になる。

「畠山先生、よく来てくださいました。このたびは姪御さんにとんだ災難が……」

 委員会通過の知らせを受けた畠山は単身安田の部屋を訪ねた。

「ありがとう。幸い無傷ですんだようだ。それより……」

 昨日のショックを引きずっているのか、従来の傲慢さが彼にはない。

「犯人の昨日の要求を聞いているだろう。我が派も……、従う事にした。」

 安田は窓の外を見ながら畠山の話を聞いている。

「委員会では先生の派閥の委員も賛成していました……。やはり少年法の改正に賛成するのですね」

「犯人の要求に屈するなど国会議員として屈辱であるが……。いたし方あるまい」

 申し訳なさそうに頭を下げる畠山。

「そこで君の考えを聞きたいと思った」

 安田は驚かずに畠山のほうを振り向く。

「君らは犯人グループとは別の少年法改正案を作っている。明日は一体どうするのだ。犯人の法案が可決されれば君たちの思い通りの法案は作れまい」

 なんだ、やはりそんなことか。と安田は冷静に答える。

「犯人の要求に従って法律を改正するなど議会政治にあってはならない事です」

 これは意外なことを言う、という顔を、畠山は意外にもしない。

「しかし今回は人質の命、いや、日本国民全員が危機にさらされている……。人道的立場からいって賛成せざるを得ないでしょう。そうすれば人質は解放され、犯人の脅しも無くなります」

 安田が畠山の向かいの椅子に座った。

「そこで私たちが作った新たな少年法改正法案を提出します。犯人に脅されて作った法律などこの世に存在してはならない、……しかし私たちの法案は彼らの要求を取り入れかつ、もっと厳しい……。たとえ人質解放後、犯人が上手く逃げたとしても犯人たちはこの法案に不満を持つ事はない、逆に称える事でしょう」

「悪く言えば、今回の改正案を形式的に廃案にすることで、法案改正の手柄を君たちが取ろうというわけだ」

 畠山が意地悪そうに笑う。木枯らしが激しく吹き始め、窓を叩く。

「そうです……。しかし畠山先生、これは五年前のあなたが望んでいた事ではないですか」

「ふふふっ……。ずいぶん昔の話をしてくれるねぇ」

「あなたが法務大臣のときに少年法改正を自身の公約にしていた。しかし党内の抵抗勢力によってその夢は絶たれてしまう……。あなたはその時以来自身の栄達のみを考えるようになってしまった……。もう一度取り戻そうではありませんか。あなただけじゃない、今まで何人もの議員がこの改正を実現しようとしたが果たせなかった。今こそ実現のときです。畠山先生、力を貸してはくれませんか。私たち維新会が行う少年法の改正に――」

 安田の言葉の強まりと共に風は激しく窓を叩く。その言葉に畠山は冷静に返した。

「……君たちの改正案の骨子を出来た範囲でいいから見せてほしい。内容も知らないで協力かどうかは言えんからな」

「それなら用意してあります。まだほんの僅かですが……」

 安田は机からノートパソコンを取り出して電源をつけた。改正案のデータが現れるまでのしばらくの間部屋の内外は落ち着きを取り戻した。

「こ、これは……。安田君、これは反発が激しくなるぞ」

 口では言っているが畠山は驚かない。

「畠山先生……。悪いのは犯罪者の少年だけなのでしょうか。」

「……。大体少年が罪を犯すのは家庭環境などが影響しているようだな」

 良くぞ言った、と安田は少し高揚している。風が再び窓を叩く。

「そうです、責任は家庭……。その子供を育てた親にもある……。私は少年犯罪に限り、連座制れんざせいを復活させようと思っています。子供が犯した罪を親も償うのです」

 連座制とは犯罪者に近い親族(多くは両親祖父母、子・孫)がともに犯罪者と同様の刑、もしくは軽い刑を受ける事である。

「刑の適用も厳しいな。成年犯罪でも死刑制度反対の声があるというのに……」

「再犯を防ぐ一番の方法は犯罪者をこの世から消す事です。大昔のハムラビ法典までとは行きませんが……。平和な世の中を築くためには罪を犯したものは厳しく罰するべきです」

 安田が激しい口調にはためらいなど微塵も無かった。

「それでは畠山先生、よろしくお願いしますよ」

「うむ……。派閥内でよい方向に進めるよう議論しておこう」

 そう言うと、畠山は部屋を出た。安田は頭を下げ、彼を見送りながら聞こえないように呟く。

「傲慢な鼻を折られた人間は扱いやすいモノですね……。畠山先生。」

 しかし安田は大きな誤解をしていた。畠山は五年前の自分を取り戻していたのだ。

(人間は落ちると変わるものだ。あのときは人を上手く支配せねば物事は成し遂げられぬと思っていたが……。もう一度とことん落ちた事に気が付くと、そんなことなどどうでもよくなったわい。安田や犯人どもに感謝せねばな。わしはもう取り戻しているのだよ)

「畠山前総理、一体どちらへ向かうのですか」

「官邸に行って総理と話をしようと思います」

 民自党本部から出た畠山を記者が取り囲む。いつもは無言だった畠山だが、質問に答えると、車に乗り込んだ。ちょうど民放の一局がこの様子を生中継していた。視聴者はいつもと違う彼に驚いたことであろう。


 官邸に近づくほど木枯らしが激しさを増す。風の音かと思ったがそうではなかった。政府の対応に激しく反対するデモ隊の叫びだった。

「テロに屈する総理大臣は即刻辞職せよ!」

「少年の人権を護れ!!」

 畠山の車はデモ隊がいない裏口から入った。そして記者の目を上手くごまかし、景正のいる執務室に入る。

「畠山先生……!」

 驚く景正の目は激しくくぼみ、顔は血色が無い。

「君の今回の決断、我が派も賛成しよう」

「先生……、では……」

「今日はその話をしに来たわけではない、上杉君。君も分かっているはずだ……。政治というものは僅かでも空白期間はあってはならないのだよ」

「……、覚悟はできています」

 景正は力なく頭を下げた。

「そこでだ、君の後任の総理に誰がなるのがこの国に一番よいか、考えたのだよ。それを伝えに来た」

 畠山がその人物の名を口にした。

「……畠山先生!!」


「野上議員、総理と何をお話になるのですか」

「この国の将来のためになる話をしに行くのです。畠山先生とともに」

 先ほどの畠山の発言をテレビで見た野上は、彼に続けと総理官邸に現れた。畠山の取り巻きのナンバーワンであり、畠山派のなかでは「次の総理候補の一番手」と言われている。

 大勢の記者たちを引き連れながら彼は執務室の前に立つ。記者は警備員に引き離される。それを鼻で笑うと、勢いよく彼は扉を開けた。


「畠山先生……! 本当によいのですか!」

「ああ、彼なら事件の影響もそんなには受けまい。君の理念を立派に引き継いでくれると思うが」

「ありがとう、ございます。畠山先生」

 景正がその弱弱しい手を畠山の大きな手に触れようとした瞬間だった。

「上杉総理、この国の将来のための話をしにきましたぞ」

 野上が大きな叫び声とともに割って入った。

「畠山先生、先生がわざわざ出向く事ではないのです。我が派は今回の総理の決断に賛成いたします。その代わり、次の総理は我が畠山派に一任していただきたい。この国の将来のためです」

 さすがに「私を総理に」と言うほどおろかな男ではない。

 景正、畠山二人の口元が激しくゆがむ。

「何が国の将来だ、結局は自分の将来のためのみではないか!」

 景正は吐き捨てるように叫び、絶望した。この男はまだそんな事を考えているのか。

「お前こそなんだ! この国のことなど考えていないじゃないか!!」

 野上が激しく応酬する。

「お前こそ何が人質の命を最優先だ。結局は自分の孫可愛さじゃないか。たかが孫一人のために法律を変えやがって、てめぇこそ国のことなど考えてねぇ! この国を変えるなど総理就任時はえらそうな事を言っていたが、結局は自分のためか!!」

「うぬぬっ!」

 景正は野上に今にも襲い掛かろうとした。野上は怯えながら畠山の後ろに隠れた。畠山はいかにも迷惑そうな顔をした。しかし、景正は襲う体制のまま、ばったりと床に倒れてしまった。

 畠山の通報によって十分後に救急車が到着し、彼は病院へと運ばれる事となった。

「総理が倒れたぞ」

「容態は命に関わるのか?」

 報道陣は慌てながらも救急車に対して道を開けた。しかし、デモ隊の一部は

「総理が倒れたって」

「どうせ仮病さ。上手く逃げようっていうことだろう」

「それっ、仮病の総理を捕まえろ」

 彼らは救急車を取り囲み周囲は大混乱となった。

「貴様ら、道を開けんか、無礼であろう」

 激しい叫び声、デモ隊がその声の主を振り向くと、畠山であった。野上は怯えながら彼の後に続く。

「おう、仮病総理に座を追われたおろか者の元総理だ」

「こいつも少年法改正に賛成だったな」

「それっ、おろかな元総理に水をかけろ」

 デモ隊が畠山に攻勢をかけることによって、道は開かれ、景正を乗せた救急車は病院へと到着した。

 畠山はデモ隊の水にもひるまず、前に進む。後の野上は彼を傘代わりにしているので服はあまり濡れない。

 そのことに腹立たしさを覚えた(もっともそれだけではない。野上は大きな罪を犯している)畠山は野上の服をつかむと自分の前へと引っ張り出した。総理候補ナンバーワンと言われた男の転落の瞬間だったが、本人はまだ気づいていない。ただ滑稽に畠山の名前を呼びながら、水を手で防ぐのに精一杯であった。

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