第22話 愛
「創世の女神■■■■■■!まさか自ら私を捕らえに来るか!」
娘であるイナが彼女に処刑鎌を向けて声をあげる。
その声で我に返った綾乃は創世の女神に深く頭を下げた。
そんな2人を創世神は一瞥だけしてキトラを抱きかかえた。
「まさか。私はこの子に任せました。それに聞いてなかったのですか?この子は死後、神に成ると言っていたはずですよ」
キトラを優しく撫でながらそう答える。
「じゃ、じゃがまだ命は全て潰えていないはずじゃ!」
「それが何か?何度も生き返る猫でも死というものは変わらない。生き返るとはいえ死んでいるのだから。不死の女王である貴女としたことが迂闊でしたね」
創世の女神が言い終わると撫でていたキトラが強い光に包まれる。
キトラは確かに何度も言っていた。
死後に神となると。
「さぁ大いなる獣よ。最も多く魔族を屠った荒魂よ。そして愛を知った獣よ。新しい我が子としてここに生まれ変わりなさい」
光がさらに強くなり、目を開けていられないほどになる。
イナは眩しさに耐えられず、影に潜る。
そしてキトラの額に創世の女神がキスをして、棺に入っているヨシモリと、その横で伏している綾乃を見て、微笑み、粒子になって消えていった。
その光は心地よい温かさであった。
もう記憶すら定かではない幼き頃に母といた時のような、その母を殺され、勇者に救われて抱き上げられた時のような温かさ。
彼と居た時はよく感じていた心が温かくなった感覚を、キトラは上手く働かない頭で感じていた。
その心地良さが走馬灯のように記憶を呼び起こした。
名をつけてもらった時は嬉しかった。
寂しい時には彼の懐で寝ると紛らわすことができた。
彼の喜ぶ顔が嬉しかった。
彼の悲しみが自分の胸を締めた。
いつしか共に歩を進めることが出来るようになった。
あの時の嬉しさは今なお覚えている。
いつしか勇者と呼ばれた彼はいつも優しく微笑んでいた。
魔王を倒した時に、これで世界は平和になると言った彼の横顔はとても綺麗で穏やかだった。
自分が死んで人と魔族の平和の礎になると言われて怒った時には、少し困ったような顔をして彼は笑った。
そんな顔にちょっと腹が立ち、一方的な約束をした。
必ず会いに行ってやると言うと、クスッと笑い「じゃあ膝の上は空けておくね」と彼は撫でながら言ったのも覚えている。
人生のほとんどを魔法に注ぎ込んだ老人が、語尾にニャをつけると餌をもらいやすくなると言うので、試すといつも以上に貰えた。
老人が撫でる手は骨と皮だけで少し痛かったが、その手には確かな温もりがあった。
夜の散歩から帰ってくると、こっそり焼いていた燻製した肉を1人と1匹で2人には秘密にして食べた。
何度も頼んで魔法を見せてもらった。頼む度に老人は笑顔で分かりやすく教えてくれ、上手くいくと褒めてくれた。
魔王を倒した時に、これでこれから生まれてくる子供たちが怯えることのない世界になってほしい。と言った優しい笑顔はやりきった男の顔だった。
そんな男は勇者の死に絶望し、自分より先に未来ある若者が死ぬことを嘆き、救えなかった自分を道化と名乗り、世界を救った友に石を投げた世界に嫌気がさして引きこもった。
だが引きこもったあとも、ふらっと目の前に現れては干し肉をくれて、何も言わずそばに居てくれた。
身寄りも後ろ盾もない神に愛されただけの少女は、命の大事さを説いてくれた。
うっかり死んだ時は叱ってくれた。
幾多の困難を乗り越えて芯の強い女性へと成長した彼女は、聖女と呼ばれるに相応しい温かさがあった。
撫でる手は男どもより柔らかく心地よかった。
神獣となった際にはその在り方を教えてくれた。力の振るい方を間違わぬように丁寧に教えてくれた。
魔王を倒した時に、これでもっと傷ついた人々の力になれて、愛と教育を説けると言った彼女は誰よりも凛として先を見据えていた。
彼女もまた勇者の死後もキトラに会いに来てくれて、顎下を撫でたり、お尻をポンポンしながら想い出を語り合った。
微睡みの中でキトラはパーティでの出来事を思い出していた。
そして、あぁそうか。と納得をした。
言葉で知っていた。多分そうなのだろうと思っていた。
周りの人間にも、神にも言われたので知ってはいた。
だがここでようやく心から理解できた。
これが愛──
自分が仲間に愛されており、そして自分もまた仲間を愛していたのだとようやく理解して目を開けた。
「ニャァァァァァン!!!」
自分が抱いていた感情を理解したキトラは、溢れる想いのままに吠え叫んだ。
その咆哮はダンジョンを震わせる。
神格化の影響か、魔力を完全に回復している。
その溢れ出す神威は賢くないモンスターたちも、本能で神が降臨したことを理解し、その場で震え出す。
そして鳴き終わるとイナも影から出てきた。
「まさか今、神格を得るとは。完全に死したら、成り上がるものだと思っておったわ。猫のくせに謀りおって」
「にゃーは最初から死んだら猫になると言ってたニャ。けどこれで神同士の条件は互角ニャ!」
「チッ! 小癪なヤツめ」
キトラがそう言って獰猛に笑い、イナは舌打ちをする。
イナとしては最初の戦いでキトラを殺せれば、自身が魂の管轄者であるために交渉、脅迫など出来る手はあったのだ。
肉体が死ぬと必ず魂だけになる。それは神とて例外ではない。
そこに勝機を見出していたイナはそのために竜王まで使い捨てて勝ちを拾おうとしたのだ。
しかし自らの分野である魂の管理も、唯一自分より強い権限を持つ、創世神が降臨したことで全てが狂わされた。
創世神であれば例え、砕けた魂ですらも元に戻してしまう。
だが通常、創世神はその強い権能と権威があり、周囲への影響が大きいために滅多に降りてこず、雑務はその手足となるほかの神々に任せるのだ。
ただ降臨の例外があるとすれば、それは神格化。
こればかりは創世神でしか成し遂げられない御業であり、生前の功績や信仰などで人から神へと成る。
この神格化が行われたのでイナの計画は全て狂ったのだった。
「それじゃ続きを始めるニャ!」
「全くままならんものよな」
処刑鎌を構えるイナに、キトラが真正面から突っ込む。
神格化により万全の状態になり、さらに神獣の頃よりも出力が増した身体は小細工など必要としなかった。
膨大な神威を身に纏い、最速での突撃。
猫であるキトラは質量こそ軽いが速度は音速を超える。
まともに食らえば神とはいえ肉体が砕け散る一撃。
イナは反射的に自身の周りに病魔が巣食う氷の壁を展開した上で、影の中に身を隠した瞬間に頭上を魔力で武装した猫が弾丸のように通り抜けた。
あとほんの僅かでも、壁の展開か隠れるのが遅れていたらやられていた。
その事実に彼女は肝を冷やし、そして大いに奮起した。
「戦は不得手とはいえ妾は冥府の女王ぞ!その誇りにかけて打ち倒してくれよう!!」
処刑鎌を再度構えて、冥府の冷気と病魔を纏わせ襲いくる。
だがキトラは身構えることもせず、呑気に前足を使い顔を洗っていた。
「畜生が妾を侮るか!!!」
怒りに任せて振り下ろした処刑鎌は、なんの抵抗もしないキトラを切り裂く。
「「侮る?これは余裕ってやつだニャ」」
水で作られたキトラが切られて水溜まりとなり、その水溜まりがキトラの形を成して、2匹が話し出した。
配信でも使用して見せたスキルの猫は液体と分身。
キトラが好んで使う2つのスキルだった。
1度死に、神格を得て、復活した際に回復した魔力でキトラは落ち着いて立ち回る。
「ならばこれでどうじゃ!数多の命を凍らせる冥界の冷気よ!ここに顕現せよ!」
イナはすぐに新たな手として冥府の冷気による吹雪を引き起こす。
死者の魂までも凍らせる暴風がキトラを飲み込む。
「「甘いニャ!」」
キトラはすぐさま土で大きな土人形の猫を作り、その後ろに隠れる。
そして息を大きく吸って炎を吐き出した。
魔力を糧として燃える炎は吹雪にも負けることなく、イナの元に届くが、魔力の壁で防がれダメージはなかった。
「「見た目が可哀想だけど仕方ないニャ!」」
そう言ったキトラは土で出来たキトラを燃やす。
魔力を燃やすので、火がついた土人形は全身に炎を纏い、イナに突撃する。
赤猫。本来は古い言葉で猫に火をつけて放つ、許し難い行為を配信のコメント欄で知ったものである。
普通なら火をつける意味はさほどないが、空間が冷えきっており、突撃する相手が病魔を纏うものであれば、神聖な火は特効になる。
襲い来る巨大な土の猫に避けることは出来ず、防御しようとするイナだが、軽トラくらいある大きさの質量の突撃は小柄な身体では受け止めきれず、弾き飛ばされる。
「ふざけるな!神に成ったとはいえ、所詮は地に生きる獣たちの神!妾に勝てるはずがなかろう!!!!」
イナが激情をあらわにする。
確かに神としての位の話であればキトラはイナとは比べ物にならないほど地位は低い。
だがそれでもキトラは負ける気などしなかった。
「「御身は地母神だニャ!にゃーは確かに獣神ではあるけど、その本質は魔族の領土を奪った征服神だニャ!そもそも全力の半分も出せてないにゃーをスタンピードという奸計を用いてようやく倒せる御身が、全力のにゃーに勝てる訳ないニャ!!」」
キトラは地母神と征服神が戦闘という土俵なら勝てる訳ないと断じたが、事実はやや異なる。
キトラとイナの違い。
それは決定的な程のモチベーションの差であった。
イナは本来の世界で力を奪われ、落ち延びてこちらの世界に逃げてきて、失意の末にここにいる。
それに対してキトラは自ら志願して、大切な人を救うために来た。
後ろ向きな心と、前向きな心では大きな違いがある。
そんな心を映し出すように戦況は変化して、徐々にキトラが押し始める。
「「にゃぁぁぁぁ!!!」」
キトラが分身体と土人形に近接を任せて病魔を対策しながら、要所要所で自身も加わり、体勢を崩せたら重い一撃を繰り出し、徐々に戦いを詰め始める。
イナの斬撃を躱し、隙を見て猫パンチを繰り出すことを、数回繰り返したところでキトラは分身と土人形を解く。
「もう勝負は見えてるニャ。大人しく投降してほしいニャ」
「断る。かつての力を取り戻し、次は妾を信仰する者たちが理不尽に殺されることのない力を分け与えてやらねばならぬのじゃ!」
「なら痛いけど我慢するニャ」
そう言ったキトラはイナの視界から姿を消した。
次の瞬間に目の前に影が現れ、「にゃっ!」と声が聞こえ、彼女の意識は闇へと飲まれていった。
そしてキトラはゆっくりと1歩1歩踏みしめるように棺へと歩みを進めた。




