最終話 約束の地
「それじゃヨシモリを起こすから、綾乃はそのまま隣にいてあげて欲しいニャ」
「お待ちくだ・・・・・・いえ、ちょっと待ちなさい」
棺の元に歩み寄ったキトラが綾乃に話しかける。
その言葉に違和感を覚えた彼女はキトラを呼び止める。
神ではなくペットに語りかける。
「ここまでして何で私に譲るのよ。いえ分かってるわ。貴方の気持ちは分かるけど、私には貴方の献身を無視して最初に会うなんて恥知らずな真似は出来ないわ」
本当は唯一の血の繋がった家族である兄を今すぐ起こして、抱きしめて家に帰りたい。
だが文字通り死んでも兄を救ってくれた、血の繋がりはない家族も幸せになって欲しい。
せめて言葉を交わして欲しい。
綾乃は本心からこのキジトラ猫にそう思えた。
「それはダメだニャ。まずヨシモリはにゃー達の記憶が限りなく薄くなってて、起きてしばらくしたら夢のように忘れるニャ。そんな時に、にゃーと会えば問題が起こるかもしれないニャ。それに向こうの時間で10年以上も家族と会えてないのだから、誰よりも先に心配してくれている妹の綾乃が会うべきニャ」
キトラはヨシモリの幸せを1番に考えている。
そしてそれは長く続いて欲しい。
だから魂から異世界の記憶を消して、戦地で消耗した神経を忘れさせたいし、今後の生活のためにも、実年齢と掛け離れた精神年齢でいるのは良くないと考えていた。
「はぁ、、、仕方ないわね。キトラこっちに来なさい」
これは議論すると長くなると感じた綾乃が、さっさと折れることにしてキトラを隣に呼び寄せる。
「ニャッ?」
そして隣に来た両手で抱えて、膝の上に置いて抱き締めた。
「にゃぁ、、、綾乃は暖かいし落ち着くニャ」
「キトラ、貴方が来てくれて本当に良かったわ。少しの間でも家族になれて本当に良かった。ありがとう。遠い世界から来てくれた兄の大切な友人キトラ」
「ヨシモリを救うまではダンジョン暮しでいいと思ってたけど、綾乃と過ごした日々も悪くなかったニャ。ヨシモリが目覚めて問題が無さそうなら、ダンジョンの入口に転移させるニャ」
キトラが綾乃の腕をポンポンと軽く叩いて手を離すように要求する。
「それじゃ起こすニャ」
綾乃の膝から降りたキトラが棺に手を当てると聖句を唱える。
「眠っている者よ、起きよ。棺の中から立ち上がれ」
透明な棺が光り輝き、さらさらと光の粒子になってなくなっていく。
「これで目が覚めるはずニャ。魔力の流れも滞りないし、問題ないニャ!」
「良かった、、、本当にありがとう」
兄ヨシモリの頭を膝に乗せた綾乃が目を赤くして今にも泣きそうな顔でお礼を言う。
いくらしっかりしていてもまだ若い学生。
不安もあっただろに、その心を押し殺して過ごしていたのはキトラから見ても立派だった。
「それじゃ2人を地上に送るニャ。にゃーはその後でこいつを連れて元の世界に帰るニャ」
キトラはそう言って倒れているイナに目をやった。
「それじゃ2人を転移させるニャ!」
キトラが2人を転移させようとした瞬間──
「キトラ。それはもう少しだけ待ってくれないか?」
「にゃっ?」
酷く懐かしい声がした。
聞き違いかと思ったが人より何倍も聴覚がいい猫が聞き間違えるはずがない。
「ありがとう。助けに来てくれるのを待ってたよ」
その声の主は河南 義盛。
キトラの飼い主であった。
「にゃっ、、、!?よ、ヨシモリ!!!記憶は消えてるはずニャ!何でにゃーが分かるニャ!」
「その前にちょっと待っててくれ。綾乃、強くなったな。お兄ちゃん帰るの遅くなってごめんな」
驚くキトラを横目に、膝を借りている綾乃に彼は話しかける。
「遅くなる時は連絡してって言ってるじゃない。バカ! お兄ちゃんまで居なくなったら私1人になっちゃうんだよ!!! 人を救うのも大事だけどもっと自分を大事にしてよ!しかも異世界でも自分を犠牲にするなんて!! 本当にバカ・・・・・・」
ダンジョンの中で大粒の雨が降った。
彼女の中で堪えていたものが溢れ出てくる。
勇者がそれを拭いとり、頭を撫でた。
「ごめんな。随分遅くなったな」
「・・・・・・グスッ。ちゃんと帰ってきたから許してあげる。次はないからね」
「あぁ分かってるよ」
義盛は綾乃に優しく微笑む。
キトラは姿形は違えとそれは間違えなく勇者の笑みを実感して、心から安堵した。
「さてどうして覚えているかだったねキトラ。実は創世神様にお詫びとして記憶を消すのをやめてもらったんだ」
「お詫び?」
「ダンジョン最下層に飛ばすことになって、目を覚ますのが遅くなったお詫びだってさ。まあ本来は僕を慮っての処置だから、僕がいいなら良いって許可してくれんだ」
「ヨシモリが記憶を残したかったなら、にゃーとしては嬉しいから何も言わないニャ」
勇者ヨシモリは世界を救った。
だがその輝かしい事実の裏では何度も後悔をしたり、凄惨な光景を見ることもあった。
しかし、それでもヨシモリは何物にも代えがたい仲間と冒険の記憶を残したかった。
友との思い出を忘れるなどしたくなかったのだった。
「それと創世神様からキトラに話があるらしいよ」
「分かったニャ。さてそれじゃにゃーは帰らなくちゃならないニャ。2人とも身体に気をつけるニャ!」
「もちろん。拾った命と思い出を大切にするさ」
「えぇキトラも気をつけるのよ。本当にありがとね」
キトラはそれだけ言うと2人をダンジョンの1層へと転移させた。
これ以上、話してしまうと隠していた気持ちが溢れ出て迷惑をかけてしまうのは分かっていた。
溢れ出す前に2人を帰して、意識を失っているイナを連れて、キトラも元の世界に帰ることにした。
世界を越えれる聖句を詠唱して、世界を渡る。
キトラは気持ちを振り払い、本来の世界に帰還した。
◇◇◇
「ただいま」
「おかえりなさい兄さん。今日は早めに切り上げたのね」
「ドロップ運が良くて今日の目標金額を超えたから早く帰ってきたんだ」
数ヶ月も経つと2人の日常は完全に落ち着いていた。
学校が始まった綾乃は休みの日にダンジョンに入るくらいで、義盛は専業冒険者として安定した収入を得れるようになっていた。
まだ少し当時の感覚で身体を動かしそうになる時があるが、それもかなり解消してイメージと動きが元に戻った。
「まだ昼過ぎだけど、今日はどうするの?」
「溜まってる配信でも見ようかな」
「ふーんまぁいいんじゃない」
そういうとリビングのテレビでインターネットに接続して、動画サイトを開く。
机に肘をつきながらぼーっと見ていると、あぐらをかいた膝の上が暖かくなる。
ペットのキジトラ猫がご主人様に甘えて、膝の上で昼寝を始めた。
画面上では「ニャーン。今日はいよいよ50層のボスへ挑戦だニャ!」と猫がダンジョン最下層にまで潜っていた。
過去に1週間ほど配信を停止して行方不明になっていたが、最近また復帰してこまめに配信を再開したらしい。
本猫? 曰く、女神様から許可が出たそうだ。
初仕事を無事に終えたご褒美と、スタンピードなどの災害で、まだこの世界の人々が対処できないダンジョン災害が起きた際に対応する仕事を任されて、こちらの世界に住むことになったらしい。
世界を渡るためには神界という所を経由するそうだが、一般人である義盛にはよく分からなかった。
しかし、空間魔法でドラゴンの鱗や、カイザーオークの棍棒を放置していた神界はこの世界のどこからでも繋がり、どこからでも繋がらない不思議な場所らしく、そこから空間魔法を使うことによって世界を渡っているらしい。
片手で頭を撫でて、お尻をトントンしてあげながら、猫の動きは参考にならないので、ボスの動きをしっかりと見て、自分が相手をする際のイメージトレーニングに励む。
今日も異世界猫は約束の地であくびを一つして眠りにつき、幸せな夢を見る。
そんな河南家の日常を妙に豪華な宝箱に入れられ、祀っている銀の猫像が見守っていた。
~完~
これにて異世界猫は約束の地を目指す。〜最強猫による現代ダンジョン攻略配信!〜は完結です!
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最後となりましたが、最後までお付き合い頂きまして、心より感謝申し上げます。




