第21話 降臨
「ほう?あくまで1戦交えるというのか?」
提案を拒否したキトラに邪神は目を細めて問う。
「お前みたいな存在が残っていたら勇者は必ず討伐しに来るニャ!何回も勇者に尻拭いをさせる訳にはいかないニャ!」
「くくっ見事な忠義よ。自由を愛する気ままな猫とは思えんな」
およそ猫らしくないキトラの行動に邪神は愉快そうに笑う。
「そして何より勇者の故郷でスタンピードを起こして、付近の人間や勇者の妹まで危険に晒したのは許せないニャ!」
「此度の獣神は随分と人間が好きなのだな。人間といえば勇者の妹は妾が預かっておるぞ」
「そこまで堕ちたか冥府の主よ!」
「勘違いするでない。妾がお主を倒したら勇者を地上に返してやる人間が必要じゃろ」
彼女がそう言うと、横からちょっと気まずそうな綾乃が顔を出した。
「ごめんなさい。気がついたらここに居たわ」
「神隠しに抗える人間なんて居ないから気にする必要ないニャ。というかダンジョン内で冥府の主相手にできることなんてないニャ」
実際キトラも邪神によって容易く転移させられた。
気の緩みも間違いなくあったが、それでも見事な手際だった。
このダンジョンという邪神に地の利がある土地で、ただの人間が抗える訳がないのだ。
キトラとて全力を出さねば負けると、対面して肌で感じていた。
そんな彼女でもキトラと戦うのは避けれるなら避けたいと考えていた。
「妾は害をなすつもりはないし、力を取り戻したら、この世界から去るつもりじゃ。それでよいじゃろ?」
「よくないニャ。力を取り戻したいなら向こうで取り戻すべきだったニャ。それをこちらに逃げ込んで迷惑をかけてる上に、害をなさないと言うが、スタンピードを起こした危険な存在を見逃す理由はないニャ!」
キトラは全身の毛を逆立てて牙を見せる。
それ見た綾乃は後ろに下がり、玉座の後ろにある透明な棺にそっと身を隠す。
邪神曰く、創世神が作っているので物理的に破壊するのはほぼ不可能らしい。
身を隠しながら綾乃はそういえばキトラがちゃんとした威嚇見せるのは初めてだなぁと場違いな感想を思い、それほどの相手なのかと改めて理解した。
「猫は自由気ままで可愛いが、こう反発されると妾も女王の威厳を見せてやらねばならぬな」
彼女がそういうと処刑鎌を出現させて、魔力を解放する。
すると冬が訪れたように辺りが急激に冷え込む。
「さすが豊穣と冥府の神ニャ。魂そのものを刈り取る、生きてるなら神すら殺せる恐ろしい物を持ってるニャ。でもあんま関係ないニャ」
冥府の主たる彼女が操る鎌は死そのものであり、生きてる者に当てれば魂を直接切り裂け、死せる者に当てれば魂を消滅させられる恐ろしき神具。
だがしかし当たればの話である。
そもそも猫であるキトラはまともに攻撃に当たってしまうと死ぬので、魔力で防御するか、スキルで回避をしている。
つまり、いつも通りなのだ。
「妾は争いは得意ではないが、我が威をここに示すとしよう!創世神の末の娘であり、数多の戦士を迎え入れ、戦士たちの守護神となり、試練を与えた冥府の主イナ!推して参るぞ!」
デスサイズを片手に彼女は堂々と名乗る。
もっともイナという名前は本名ではない。こちらの世界の言語では発音できないので、綾乃の為に名前を略して発音できるようにしたのだ。
甘い神様なことだニャン。と思いながらキトラも名乗りを上げた。
「創世神たる■■■■■■様の命を受けた神獣キトラここに見参!神勅によって御身を連れて帰るニャ!」
キトラも抑えていた魔力を全て解き放つ。
以前、綾乃に世界を滅ぼせると言っていた通り、開放された魔力は今までと比べ物にならないほど大きく、綾乃は祈るように兄ヨシモリがいる棺を抱きしめる。
だがそれでも実力が遠く及ばない綾乃ですら、理解できてしまうほどイナと名乗った邪神と大きな差があった。
「くくっ。流石のそなたも世界を超えた影響と連戦の疲れは大きいと見える。随分と少ない魔力だな」
「魔力だけで勝負が決まるわけじゃあるまいし、にゃーに取って格上との戦いはいつものことだニャ!」
キトラはなんでもないように言う。
だが彼にとって本当になんでもないいつものことだった。
仲間たちに助けてもらいながらも、短い手足、微妙な魔力で魔物と戦い続けた彼にとって相手の方が強い、当たれば死ぬは文字通り死ぬほど繰り返してきたのだ。
数多の戦場と幾千の命のやり取りをしてきたキトラにとってこの程度の差は何度も経験してきた。
だからこそ真なる意味で勇者パーティの一員であり、神々にその功績を認められた大いなる獣なのだ。
「これだから歴戦の勇士は佳い。妾の相手でなければな、、、ふっ!!!」
言い終わると同時にイナが踏み込み、斬り掛かる。
だが処刑鎌の大振りなど当たる訳もなく、ひらりと避けたキトラは猫パンチを繰り出そうとして何かに気づき、スグに飛び退いた。
「・・・・・・穢れか。いくら冥府の主とはいえど死の穢れを纏うなんて正気かニャ?」
「気づくか。ふふっ強敵を相手にして出し渋るものでもあるまい。妾にとっては身近なものだ。少々辛いがただそれだけだ」
穢れ。彼女が操るそれは概念的なものではなく、冥府の主たるイナが纏う穢れは、触れると衰弱する冥府の空気。
あらゆる生命に害なす猛毒。
触れれば神とて衰弱する冥府の主の権能の1つ。
「うーん普通にめんどくさいけど、まあ何とかなるニャ!」
穢れは確かに脅威だがそれでも直接触れなければ問題ない。
結局のところやることは変わらない。
魔力を纏って直接触れないようにする。
ただ必要な魔力が増えただけ。
あんまり関係ないと言わんばかりにキトラは魔力を纏って駆け出した。
「悪いがこれもまた戦場の習いじゃ」
イナはそういうと後ろに下がり、距離を取る。
いくらキトラが近づいても彼女は魔力を放出しながら逃げ回る。
明らかな時間稼ぎ。
俊敏性で勝るキトラがその差を活かして詰める。
だが全力で防御されると軽い攻撃しか通らず、本命の攻撃は通らない。
仕方なくキトラが距離を取り、遠距離から削ろうとすれば、すぐさまイナが魔法を放ち、転移しては処刑鎌を振るってくる。
非常にやりにくい相手だった。
時間が経つにつれてキトラが押されだす。
致命傷となる処刑鎌の刃の部分は躱せるが、柄を使った棒術や体術が当たり始め、次第に魔力で防御するのが増えてくる。
だが何よりも問題なのはゼーゼーと息が切れて、動きにキレが欠けていた。
「妾では搦手なしでは勝てなんだ。故にそなたの最大の欠点を突かせてもらった」
イナがそういうと地面から鎖が襲いかかる。
キトラはひらりと飛んで回避をしようとしたが、新たな鎖が背後から現れて絡め取られた。
魔力を奪い、冥界から逃げ出すことを許さない神具がキトラを締め上げる。
「うむ。配信でもよく昼寝をしておったし、そうではないかと思っていたがやはり体力は猫ベースで持久力はないのじゃな」
キトラの弱点。
それは体力のなさであった。
元々猫は小さい体であり、瞬発力に特化しているので持久力がないのだ。
いくらレベルが上がったとはいえ、元は猫。
綾乃の為に分身を作り、スタンピードを制圧して、竜王すら打ち倒す偉業を成し遂げたが、体力など残っていなかった。
イナはキトラを猫という視点から討ち果たすことにした。
キトラが退けないようにスタンピードを起こし、竜王を捨て駒にして体力を消費させた。
そして体力を回復しようとして昼寝をしようとした時を見計らって自身の領域に引きずり込んだのだった。
「お見事だニャ。次はこうはいかないからちょっと待ってるニャ」
「まずは妾の勝ちじゃな」
彼女はそういうと処刑鎌を振り下ろした。
「キトラ!? えっ、うそ、、、キトラァァァァ!!!」
「慌てるでない。すぐ生き返る」
惨劇を目撃した綾乃が悲鳴をあげるが、イナが話しかける。
そしてその証拠と言わんばかりにキトラの身体が光に包まれる。
「あっ、、、本当なのね。さすが異世界」
「ん?はぁ???」
彼女の言葉は本当だったのだと安心した綾乃が、光に包まれるキトラを見て異世界はすごいなと思ったら横でイナが、呆気にとられたような声と怒りを含んだ声を出した。
「それはちとズルでないか?いやズルじゃろ!!!!」
突然キレるイナに戸惑っていると、キトラの身体の光が収まり、ダンジョンという密閉空間だというのに、暖かくも厳かな光がキトラに差した。
そしてその光に導かれるように1人と1柱の前に女神が降臨した。




