第三十三話 互いの拳(ハート)!
箱根駅伝往路、
ゴール地点・芦ノ湖。
上位校のほとんどが、
東洋文化大の葛城龍次に
勝負を挑んだが、
ことごとく返り討ちに合い、
そのままペースを崩して、
完全に失速してしまっていた。
東洋文化大がゴールして
およそ三分後にようやく各校のランナーが
次々とゴールテープを切っていくが、
全力を使い果たしフラフラに
なりながらゴールする者や
ゴール後、自力で歩くことすらできず
チームメートに介抱される者が
後を絶たず、
今年は五区の大半のランナーが
医療エリアへ直行となった。
上位校の中には
葛城との勝負を選択したことで
オーバーペースとなり、
過呼吸症候群となるランナーもいたが、
当日の気温が例年より低かったこともあり、
仲間に運ばれてきたランナーの多くが
低体温症に近い症状を
引き起こしていた。
当時、医療チームとして
その運営に携わっていた関係者らは、
「あの時の医療エリアは、
まさに凄惨そのものだった。」と
口を揃えて答えている。
これは、古来より
『箱根の山は天下の険』と表現されたように、
いかに箱根駅伝の五区というコースが
過酷なものであるかを物語っていた。
第三十三話 互いの拳!
一方、区間新記録を叩き出す走りをした
葛城龍次は、ゴール直後でありながら、
全く持ってピンピンしており、
チームメートとはしゃぎながら、
往路優勝の喜びを分かち合うシーンが
テレビで放映されていた。
多くの箱根駅伝ファンは、
山の神の誕生を喜ぶ一方で、
多くのライバル校を
容赦なく絶望の谷底に突き落とす
鬼神ごとき走りをみせた
葛城龍次に恐怖すら覚えていた。
「人は決して
『神』に勝負を挑んではならない。」
この言葉は
箱根駅伝関係者のみならず、
多くの人々に教訓として刻みこまれていた。
また、選手の治療が続けられている
医療エリアでは、
毛布に包まりながらガタガタ震えている
ヤマガクの井之上とジョーダイの郡司が
隣同士で簡易ベッドに横たわっていた。
現在、二人ともすでに意識ははっきりしており、
命に別状はないとの診察を受けている。
「おい、郡司。生きてっか?」
井之上が声をかける。
「当たり前や。死んでたまるかいや…。」
郡司は精一杯の強気を見せて応える。
「でも、どうなっとるんや、今の駅伝は…。
ワセガクの速水が出てきたと思ったら…、
今度は…山の神・葛城。
とんでもない奴らがどんどん出てきやがる。
ほんで、今、俺が感じてるこれが、
きっと『越えられない壁』ってヤツ
なんかもしれん…。
だから…。」
郡司自身、分かってはいても、
どうしようもなく悔しくて
涙が止まらなかった。
「分かっとる…。
これ以上は話さんでええよ。
わしかて同じ思いじゃ。
じゃが、それでも…。
わしは実業団で駅伝をやる。
お前がどんな進路を選ぶにせよ、
わしは、自分の全てをかけて
郡司大河っちゅう男と
正々堂々、箱根で勝負したことは、
一生の誇りに思っとる…。
だから、
いつか一緒に酒でも飲みにいこうや。」
井之上幸希が郡司に向かって
左拳を突き出す。
郡司大河も泣きながら
それに向かって右拳をあわせた。
(井之上、本当はもう一度お前と
真剣勝負がしたかったんだ…。)
ライバルにそれを伝えたかったが、
悔し涙で声が出なかった。
城西拓翼大学・郡司大河
一年生から三年生までの間、
大学三大駅伝を走った経験なし。
競技に真摯取り組む姿勢と
責任感の強さから、
メンバーからの信頼も厚く、
寮長に抜擢される。
ラストシーズンにおいて、
箱根駅伝の五区山登りを任され、
最初で最後の箱根駅伝を
見事に走り切る。
特に、箱根山中では、
山梨国際大学のエース井之上に
正々堂々、真っ向勝負を挑み、
互角の戦いを見せる活躍で、
チームに勢いをつけた!!
一月二日、
最後の箱根駅伝、五区走破後、
自身の限界を悟り、
競技引退の意向を固める。




