第八話 飛竜と命名
「こいつは中々……上玉だな」
魔力量はあの髑髏頭の巨大蟷螂には及ばないものの、この森で今までに遭遇し
た魔物の中では間違いなくトップクラスだ。
今回はただの慈善事業になりそうだと思っていただけに、これは嬉しいハプニ
ングと言える。
このワイバーン? っぽいのも、どうやら闘る気満々のご様子だし、気兼ねな
く返り討ちにできるな。
ワイバーン(仮称)に向けて、片手の人差し指だけをクイクイと動かし、かかっ
てこいアピールをしてやると、ワイバーンから仄かな怒気が滲み出てきたのが、
なんとなく分かった。
どうやら、この〝指クイクイ〟の挑発効果は、この世界でもそれなりらしい。
「グガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ワイバーンは戦闘開始の合図だ、とでも言わんばかりに咆哮する。
そして、噛み殺すつもりなのか、そのまま喰らうつもりなのかは分からないが、
その凶悪な牙が並んだ口を大きく開き、俺へと迫ってきた。
どうやら、俺を最初の標的に選んだらしい。
その攻撃を、当たる直前でバレリーナの様にくるりと回転することで回避する。
すぐ脇で「ガチンッ!」と、死の顎が閉じる音が響く。
獣人兄妹とは十メートル近く離れているので、二人が流れ牙に巻き込まれる心
配はない。
ぶっちゃけ、さっきのオーク共はともかく、このワイバーンからあの兄妹を守
る理由は特には無いのだが……まぁ、せっかく助けたのに、直後に死なれるのも
ナンだ。お荷物を抱えながら戦う、という縛りプレイでもしているつもりで闘る
としよう。
俺は回転した勢いそのままに、鉤打ちの様な形でワイバーンの下顎にカウンタ
ーの拳をお見舞いする。
ワイバーンの牙が数本砕け散り、宙を舞った。その巨体が揺らめき、たたらを
踏んだものの、ワイバーンは倒れない。
ん~~、素の筋力じゃあ、気絶させることもできないか。
やっぱこいつ、そこそこ強いな。殴った際に伝わった感触も、中々に硬質なも
のだった。
だが、次は確実に仕留める。魔力を使用、消費する事で、全身の筋力を増大。
ついでに拳の皮膚、筋、骨も硬化しておく。
「グゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
歯茎から流れ出る血もなんのその、ワイバーンが先程よりも更に大きく咆えた。
怒気に満ち満ちた咆哮が、大気を震わせる。
その眼には明らかな憤怒の炎が燃え、ついでに口の端からもチロチロと炎が漏
れ出ている。
あっ……こいつ、そういう系のワイバーンか。
やだなぁ……前にチラッと語ったと思うが、この体は熱や炎に対しては若干な
がら弱めなので、火炎系の攻撃はできればご遠慮願いたい。まぁ、敵がそんな願
いを聞き入れてくれる筈もないが。
ワイバーンの口が再び大きく開かれ、その喉の奥から赤熱の輝きが放たれるの
を確認した――次の瞬間。
ワイバーンの口から、巨大な火球が発射される。狙いは言うまでもなく俺だ。
躱せない速さではない……が、今回のは、躱すと後ろにいる獣人兄妹が巻き込
まれる可能性が高そうだ。かといって、肉盾になるのはまっぴら御免である。
となれば……これか。
ワイバーンの放った火球が俺に直撃――する直前、半透明な壁の様なものが俺
と火球の間に出現し、火球から俺を守る。
火球は半透明のそれに勢い良く衝突すると、豪快に爆発四散した。
それによって生じた熱風が荒れ狂い、轟音が大気を揺らす。だが、半透明のそ
れには、僅かなひびすらも入っていない。当然、それの後ろにいた俺(ついでに
獣人兄妹)には、なんの痛痒も無い。
今、俺が使ったのは【防壁】という名のスキル。
その名の通り、自分の周囲に魔力を凝縮して創り出した防壁を発生させ、敵の
攻撃から身を守る、防御スキルだ。
注ぐ魔力の量によって頑丈さや大きさを調節でき、発生させる場所が自分から
離れれば離れるほど創り出すのが困難になり、時間が掛かったりする。
ちなみに今の俺は半径五メートル以内になら、この体を完全に隠せるくらいの
大きさの壁を、一秒程で創り出すことができる。
ワイバーンの表情から感情を読み取ることは極めて困難だが、なんとなくギョ
ッとなった様に見える。
そして、お次は上空から攻撃してくるつもりなのか、或いはただ単に逃げるつ
もりなのか――どちらかは分からないが、ワイバーンが両翼をはばたかせ、空へ
と舞い上がった。
どちらにせよ、させるか。
【防壁】を解除。速やかに跳躍。垂れ下がっていたワイバーンの長い尻尾に跳
びかかり、がっしりと掴む。
俺は先程のオーク共の様に、特別気分を害されたなどの理由が無い限り、戦意
の無い相手――逃げる相手や、降伏の意思表示をしている相手に襲いかかる趣味
は無い。
だが、それはあくまでも戦う前からそういった意思を見せていたらの話だ。
最初に自分から仕掛けて来ておきながら、形勢が悪くなるや否や、命請いや逃
走を図って見逃して貰おうなどと、そんな都合の良い話は認めない。
一度拳を交えた以上、俺は相手に情けはかけない。
「――墜ちろ」
尻尾を千切り取ってやるくらいの気持ちで思い切り引っ張り、ワイバーンを地
面に叩きつける。
「グガッッ!!」
ワイバーンが短い悲鳴を漏らす。
すぐさま尻尾から手を放し、仰向けになって地面に倒れているワイバーンの喉
元――顎のすぐ下辺りの部位に、追撃の貫手を叩き込む。
今回の一撃は無事ワイバーンの甲殻を貫き、腕が体内にメリメリと食い込ん
でいく。
まだだ、まだ終わらない。
間髪入れず、最後の攻撃だ。正真正銘、最後の一撃だ。
【雷帝】発動! 突き刺した俺の腕から、青白い雷がワイバーンの体内に流れ
込み、内側から全身を焼き尽くしていく。
「ッッッッッッ~~~~~~!!!???」
ワイバーンの口から声にならない悲鳴が漏れ、全身がビクビクと痙攣する。そ
のまま十数秒ほど雷を流し続け、【雷帝】の発動を止めた。
こんなもんかな?
ワイバーンは眼窩や口、鼻孔などの、全身の穴という穴からブスブスと煙を上
げている。全身から焦げ臭ささを漂わせ、ピクリとも動かなくなったその体に、
もはや生命の気配は皆無。どうやら、完全に事切れた様だ。
古来より、地球の漫画やラノベなどでは、外皮の堅い相手が敵の場合には『口
の中を狙うなどして、体内に直接ダメージを与えるのが手っ取り早い』とある。
それはどうやら、この世界でも通用する理の様だ。
ありがとう、地球の漫画やラノベ。
……もっとも、このくらいの相手なら、もう少し【雷帝】の出力を上げて発動
させていれば、内側からとか外側からとか関係無く、あっさり葬ることはできた
だろう。
しかし、毎回過剰な魔力を使った大技で相手を瞬殺していては、修行にならな
い。
魔力の消費を可能な限り抑えた上で、敵を鮮やかに狩り取る事に意味があるの
だ…………と思う。
さて、それはともかく。思いがけず、数日ぶりにそれなりの修行相手と巡り会
う事ができた。
こういう事があると、偶には人(獣人)助けも悪くないかもしれない、と思えて
くるな。……まぁ、だからといって、これから先も進んでやる気はないけど。
……おっと、そうだ。その助けた兄妹はっと。
振り返って見てみると、兄妹は二人して、これでもかと言わんばかりに目を見
開き、あんぐりといった様子で、顎が外れんばかりに口も開いている。
おいおい、せっかくの美形が台無し……でもないな。美形というものは、多少
の事では揺るがないものらしい。羨ましい事だ。
……ん?
ふと、離れた所からの熱を感じ、それを感じる方向に目を向ける。すると、少
しばかり離れた場所にある樹木が数本、キャンプファイヤーの如く燃え盛ってい
た。
おそらく、【防壁】にぶつかって爆散した火球の炎が、燃え移ってしまったの
だろう。このまま放置したら、結構な山火事に発展してしまいそうな勢いだ。
最近、敵らしい敵がいなくなってきた感はあるものの、俺にとってこの森は一
応未だ大切な修行場だ。派手に炎上されるのは好ましくない。
こういったサバイバルなシチュにおいて、慢心したキャラが直後に痛い目に遭
うというのはよくある展開。俺には、見えている地雷にわざわざハイ○ライフロ
ーする趣味など無い。まだまだ修行は続けていくつもりだ。
右手を固く握り、そこに魔力を集中させる。そして、その右手をブンッと振る
う。すると、振るった俺の右手から半透明な砲弾の様なものが放たれた。
砲弾はまっすぐに燃え上がる木々に向かい――着弾。燃えていた木々を、周辺
の大地諸共吹き飛ばした。
舞い上がった土煙が風に流れた後、そこには隕石にでも落下されたかの様に抉
れた大地が姿を見せ、炎は無事消え去っていた。
今のは【魔弾】というスキルの力だ。
魔力を凝縮し、物理的な破壊力を備えた弾として撃ち出す、【防壁】の攻撃版
の様なスキル。
体のどこかに魔力を集めて撃ち出すスキルなので、別に必ずしも拳から放つ必
要は無いのだが、俺は大体拳から発射している。
というのも、体には魔力を集め易い場所、集め難い場所があり、それによって
【魔弾】を放つのに掛かる時間が大きく変わったりするのだ。
例えば、俺の場合は手足の先――特に拳や手の指先辺りは魔力が集め易く、非
常にスムーズに【魔弾】を発動させられる。
逆に、背中や尻などの部位は魔力を集めるのが難しく、発動にやたら時間が掛
かったりする。
しかし、今後も特訓を続けていけば、いずれはどの部位からでもスムーズに【
魔弾】を発射できるようになる可能性はあるだろう。精進せねば。
ところで、あの二人は――と、再び兄妹の方を見やると、俺の【魔弾】が起こ
した爆音でようやく我に返ったのか、なにやら自分達の後方にある草むらを見な
がら「良かった……〝クタ〟は無事だ」とかなんとか言いながら、胸を撫で下ろ
している。
……山菜採りにでも来ていたのだろうか?
さて、あの二人に関わるのはこの辺りで止めにするか。二人とも動けもしない
という訳ではなさそうだし、後は自分達でなんとかしてもらうとしよう。
そう思い、兄妹に背を向け、歩き出そうとする。すると――
「あっ! ま、待ってくれ……いや、待ってください!」
――獣人兄が声に多少の必死さを含ませつつ、俺を呼び止めてきた。
なんだなんだ? もしかして、安全な所まで護衛してくれとか言い出さないだ
ろうな?
肩越しに見やると、兄妹は共に両手と両膝を地面に着けた、土下座にも似た格
好で頭を下げていた。
「助けてくれて、ありがとうございます! このご恩は決して忘れません!」
「あ、ありがとうございます!」
おおう……マジか。
いくらピンチを助けたとはいえ、俺の様な得体の知れない怪物にきちんとお礼
を言ってくれるとは……ええ子達や。
チラッとだが「助けて良かったな……」なんて、らしくないことを俺に考えさ
せるとは…………やるやん。
「お気になさらず。ほんの気紛れだ」
気恥ずかしさを隠すべく、素っ気なく答え、歩き出す。
「あのっ! な、何かお礼を!」
「お構い無く~~」
歩みを止めることなく、手をヒラヒラと振って軽く返す。
本当に気にしないでくれて良いのに……律儀な子達だ。
二人を助けたのは、謙遜でもなんでもなく、完全に単なる気紛れだ。あのオー
ク共があの様なゲス共でなければ、正直見捨てる気満々だった。
なので、ここまで感謝されてしまうと、少々こそばゆくなる。
「せ、せめて、お名前だけでも!」
ん? 名前? 名前かぁ……。
そういえば俺、まだ今世での名前を決めてなかったな……今更気付いた。
この世界に生まれ落ちてから今日に至るまで、ずっとボッチだった為、当然誰
かに名付けしてもらう事もなかったし、無くても特に困らなかったからな。
だがまあ、丁度良い機会だし、今決めてしまうとしよう。名前。
どうしよう? 別に前世と同じ〝望〟でも……いや、せっかく強大な怪物に生
まれ変わったんだ。ちっぽけな人間だった頃の名前とはおさらばしよう。
となると、そうだなぁ…………じゃあ――
「――アルブスクルス。〝アルル〟でいい」
特に深い意味のある名前ではない。
学生だった頃のある時分……ドイツ語やらラテン語やらをやたらと調べていた
時期があり、その時に得た知識――ラテン語で白を意味する〝アルブス〟。そし
て、同じくラテン語で兎を意味する〝クニークルス〟。
単にこの二つをくっつけただけだ。ただ、アルブスクニークルスだと、長い上
に言い難い気がしたので、〝クニー〟の部分にはご退場願った。
……え? なんで、そんなにドイツ語とかラテン語を調べていたのかって?
いや、その……まあ、なんだ……そういう外国語を、やたらと使いたい時期が
あったんだ……察してくれ……。
そして、今も使ってんじゃんというツッコミは無しの方向で。
「アルブスクルス……さん。本当に、ありがとうございます!!」
二度目となる獣人兄からの渾身の感謝を背中に受けつつ、振り返ることなく森
の中へ歩き去る。
獣人兄妹よ、喜ぶのは無事に家へ辿り着いてからにしろ。山菜採りは、きちん
と家に帰るまでが山菜採りだぞ。
……まぁ、あの二人が家まで無事に辿り着けるよう、心の中で少しばかり祈る
くらいはしておくか。
らしくない? 自覚してるよ。




