デッドノート・ラストバウト 1
『デッドノートシステム、アクティブ』
透き通るようなシステムボイスが悠の耳に入った瞬間、辺りはシャープレイで構成された擬似的な質量を持つカタパルトハンガーへ姿を変え、扉が開いた頃には悠はデッドノートという鋼の装甲を身に纏っていた。
悠は一つ、見晴らしのいい城砦の上で小さく息をつく。
別段緊張することもなければ、これまでのような高揚感も感じられない。
ただ、リィンの言葉だけがずっと頭の中に残っていた。
戦うことが怖かった。
あれほど自分を狂わせていたシェルショックも脳内麻薬も一切なりを潜め、ただ、自分が負けてリィンを失ってしまうことだけに恐怖していた。
出来れば戦いたくはない。
だが、不戦を選んだ時点で待ち受けている未来が彼女の死、彼女が好きなものの崩壊、彼女の未来が奪われるならば、戦うことを選ばざるを得ない。
それならば怖くなかった。
『……そうか、これが――』
悠はその時、初めて合点がいった。
あぁ、これが戦うために戦うのではなく、自分のためだけに戦うのではなく、理想の為に戦う、あるべき姿なのかと。
自分の心の壁が音を立てて少しずつ崩壊していくのがわかった。
まだ、全ての人間を信用することはできない。
自我を持ち始めたロボットではあるまいし、この世界の人間が遍く善良な人間ではないことはその身をもって知っている。
裏切りと欺瞞に満ちた世界。
しかし、それでも。
自らを犠牲にしてまで自分を救ってくれたリィンのことならば。
彼女のことなら、彼女がなんと言おうとなにを疑われようと、たとえ誰が彼女を陥れようとも、誰もが彼女を見捨てようとも信じられるような気がした。
リィンの言葉はそれほど暖かく、そして凝り固まった思考をほぐしてくれるものだったのだ。
『――よし、やるか』
悠はまた一つ小さく息をつき、自身の命運と未来を決める最後の戦いに赴いた。
『魔物軍を目視した。かなり広く陣を展開していて、やっぱり最小限の砲撃では葬れそうにない。予定通り頼む』
悠は城砦からスピーカーの大音量で、下で待機している魔法部隊に合図を送った。
現在魔法を放てるのは固有魔法に到達している騎士のみ。
固有魔法ではない通常魔法ではおそらく魔物達を一網打尽出来るほどの火力を発揮出来ないだろうと踏んでいたが、悠はそれでも作戦の魔法を組み込むことを決めていた。
威力は度外視、そして魔力の消費も度外視。
怪我をしているリィンを除いた騎士達は、全員揃って火の魔法を、遠距離にいる魔物軍の周囲に向け一斉に放った。
「これでいいの?悠くん」
『あぁ。多分あの魔法を当てても、この距離と範囲じゃ殆ど威力は期待できないと思う。だから今回は魔法を攻撃に使うんじゃなく、囮に使わせてもらう。魔物軍の本隊に当てなくていい。代わりに、魔物軍を取り囲むように……』
火の魔法は悠の目論見通り、敵軍の左右を通り抜ける。
そして二撃目、三撃目と放つたびに徐々に左右の幅を狭めていき、地が燃え、炎に挟み込まれた敵軍は炎から避ける為、少しずつ一直線の一塊へと姿を変えていく。
『上手くいったな。草地あたりに放ったから、あの火がなかなか消えることはないだろうな』
「これで魔物たちは逃げ場をなくして、一点に集まったね。それじゃあ悠くん、お願い」
『あぁ、任せろ』
悠はリィンに向けてサムズアップすると、城砦から飛び降りて、城門の前に立ち遥か遠くの魔物軍に照準を合わせた。
炎の幅を計測し、その幅に丁度嵌るよう射角を調整する。
『……残念だったな。お前らは慢心せず、もっと敵戦力のことを調べてから進軍してくるべきだった』
悠は魔物たちに、ある意味憐れむようにそう呟くと、両脇に構えたキャノンバレルなシャープレイを充填。
アンカーを地面に刺し、スパイクで自分を固定する。
『それじゃあ、いくぞ。キャノンバレル、放射!』
そう叫ぶと、悠は一気呵成にトリガーを引き、範囲は絞ったものの、その分高圧力な砲撃を、炎の狭間で進軍をする魔物軍に向けて放った。
二撃目はない。
どうか上手くいってくれ、と心の中で悠は祈った。
――が、その目論見はどうやら上手くいったようだった。
轟音を立て、炎の間をぴったりはまり込むように通り抜けた砲撃はその狭間の魔物軍を全て焼却し尽くし、作戦と言えるほど賢くない目論見通り、大量の魔物たちを一気に排除することに成功した。
望遠カメラから覗く、先ほどまで余裕綽々だったヴァドの表情が怒りに満ちていく様子がなんとも気味が良かった。
『上手くいった。取りこぼしはあるかもしれないけど、魔物達の掃討は終わった』
「やったね。それじゃあ悠くん、あとはお願い。この国を、私たちを守ってください」
『あぁ。任せてくれ。俺は大義の為に戦う。そして、なにより君の為に』
悠はリィンから離れると同時にキャノンバレルの実体化を解除し、猛スピードでこちらに向かってくるヴァドに自分も猛スピードで走り出した。
――体が軽い。
先ほどまでは恐怖に塗れていたものの、今の悠にはなんの恐怖もなく、そして驚くほど軽やかだった。
体に満ちるなにかが恐怖を消し去り、ただ勝利と未来のための活力を与えていた。
その正体は希望。
希望に溢れた今の自分が、負けるはずがなかった。
やがて望遠カメラなど使わずとも目視出来るほどに接近したヴァドに対し、悠は大腿部に格納してあるコンバットナイフを手に取り、飛来するヴァドに合わせるように飛び上がり、数に限りがある火薬カートリッジを撃発。
スラスター噴射をも凌駕する勢いで斬り抜けた。
しかし払った対価に対して負わせた傷は小さく、悠は小さく舌打ちをした。
「貴様、先ほどの侵入者だな。さっきの今で見違えるほどに強くなった」
『これが俺の本来の力だよ。戦力を図り損ねたな、魔王軍幹部。相手の魔法を大方消去した。数で勝る戦争、などと慢心したのがお前の敗因だよ』
「敗因などと……まさか我に勝てるとでも思っているのか?」
『そのつもりだ。平和な未来には邪魔なんだよ、お前ら』
「……ククク、ハハハハハハハハハハ!なにを世迷言を!我が部下を一掃したことごときでいい気になったか?そうだとするならばやはり愚かだとしか言いようがない。慢心だと?笑わせるな。これは慢心ではなく、余裕だ。単騎で魔物達を上回る自信、人間共が束になってかかってきても脅威すら覚えない圧倒的な余裕だ!」
ヴァドは以前とは違い、剣のみではなく剣に魔法すら纏わせた姿で悠に襲いかかる。
スリットから覗くシャープレイの光は赤。
稼動停止まではいかないものの、全体的に出力不足が否めないのは確かだった。
とはいえ今回は互いの全力での戦闘。
その結果がどう転ぶかはわからない。
ヴァドの刃をナイフで受け止めた悠は、スラスターを噴射し、そのまま空中にとどまりヴァドとの打ち合いを始める。
魔法を発現したからか、デッドノートを装着した状態でも矢鱈と重く、少しでも気を抜けば攻撃を弾き返されてしまいそうなほどだった。
おまけに剣閃も鋭く、自らを騎士と喩えるヴァドの言には嘘も誇張も含まれておらず、その卓越した技術のみが雄弁に事実を語っていた。
『ちっ……』
刃渡りの短いナイフでは攻撃を受けきることにも限度があり、度々装甲に刃を掠らせている。
キャノンバレルに頼りたくとも残り一撃でも撃ってしまえばデッドノートの装甲は解除される上に、相手が近距離戦を得意としているなかあのような巨大なものを出してしまえばこちらの身動きが取れなくなる上、最悪の場合砲身を斬られる可能性だってある。
リザーブエッジの刀身ももう冷まされ、再使用にはまだ時間がかかりそうなものだった。
悠はつくづく装備不足を呪った。
その時悠は、ふと一つの疑問にたどり着いた。
それは『ヴァドがここにいるならば、相対していた死神はどうなったか』という至極シンプルな疑問である。
『おい、お前と戦ってた女の子はどうなった……!』
「戦闘中に余計なことを気にするな!」
ヴァドは一瞬生じた隙を狙い、デッドノートのボディに痛烈な蹴りを出し、悠を地面に失墜させた。
尋常ではないその威力に、ほんの一瞬デッドノートが動作不良を起こす。
「口ほどにもないな。あの少女、死神といったか。奴ほどの腕の持ち主が自らを犠牲にしてまで貴様を生かした理由が分からないな。それほどの実力を持っているようにも思えない」
『死神さん……!死神さんはどうなったんだ!』
「奴は十分粘ったが、我には敵わず致命的なほどに身を裂いてやった。その後は放置したから知らんが、おそらく命はあるまい」
『貴っ……様ァ!』
「激昂するか!それもいいだろう!そして少しでも実力を出してみろ!奴の死を無駄にしたくないならばな!」
悠は怒りに身を任せつつも脳内だけは極めて冷静さを保ち、ヴァドを倒す算段を立てる。
悠はガルダに教わった、そして死神に教わったナイフの立ち回りを思い出し、ヴァドと相対する。
『死神さん、力を貸してくれ……!』
動きに連続性を持たせない。
悠はデッドノートで向上した膂力でヴァドを撹乱する。
ナイフの刃渡りが短いからといって、無理に当てようとしない。
悠は極めて小さな動きを心がけながら、確実に攻撃が当たるときを待って必殺の一撃を狙い澄ます。
相手の五秒後の未来を予測して動く。勝利者はいつだって相手の上を行くものだから。
悠はデッドノートのカメラをフル活用し、敵の筋肉の動きからある程度の予測を立て、それに基づいて動く。
さすれば。
「ぐうっ……⁉︎」
さすれば必ず、勝利は訪れるだろう。
ヴァドの脇腹に一筋の線が入り、そこから新鮮な赤い血が垂れた。




