突入ヴァド城 9
「その移動速度は厄介だな。力は取るに足らないものだが」
「言ってろ」
「言ってろ。じゃないよ!悠くんが苦戦してる相手連れて来てどうするのさ!」
「今のリィンじゃゴブリン相手でも、数が揃えば厄介なんじゃないかと思って助けに来たんだけど」
「それくらい大丈夫だってば。基本的な魔法は多少使えるし!私は私でなんとかするから、悠くんは悠くんの戦いをして」
「……無理はしないでくれよ。俺は自分の目の前で、守れたはずの人に死なれるのが一番嫌なんだ」
「それは……ううん、なんでもない」
「?なんだよ。言ってくれよ」
「なんでもないよ。ほら、がんばろ!」
リィンは尻で悠をぽん、と押すと、続々と現れるゴブリンやオーク達の集団へと駆け出して行った。
リィンが言いたかったのは、目の前で誰かが死なれるのが嫌なのではなく、それによって自分が傷つくのが嫌なのではないか、と問いたかったのだが、この戦況においてそんなことを聞いている暇もなければ、それを聞くほど野暮でもなかった。
故にリィンは悠に対する思いを振り切り、今は生き残る為だけに剣を振るうのだった。
そんなリィンの想いなど露知らないまま悠はヴァドに対峙し、目つきを鋭くしている。
悠はヴァドの動向を見つつ、メモリデバイスに映し出された映像を覗いた。
それはデッドノートのカメラから送られてくるライブ映像。
デッドノートの高性能アイカメラは遠方で、魔法を放ち、騎士団からの攻撃を躱す魔王軍との睨み合いを写しており、それは同時に、今デッドノートのメイン装甲を取り寄せるわけにはいかないということを示していた。
悠はメモリデバイスをしまうと、再びリザーブエッジを構える。
「気になることはもうないか?」
「……わざわざ待っててくれたのか?」
「我は兵を統べる、魔王様直下の五つの王のうちの一人だが、同時に誇り高き高潔なる騎士でもある。貴様らが謳う偽物とは違い、本物のな」
「お前の騎士道はつくづく油断の二文字に支配されているんだな。与し易くて助かるよ」
「余裕だな。果たして貴様程度の者が我にどこまで迫れるか見ものだな」
と、強がってはみたものの、予断を許さない状況に陥っていることは悠が一番理解していた。
大規模侵攻から一日以上の時間があったというのにシャープレイの色は赤から青へと一向に戻らず、いつまでもエネルギー不足を示す危険色をしている。
沈希が作り出したシャープレイは、普段沈希が住んでいる大学の施設内以外の電力をシャープレイに変換できない場所では日光や、それにより発生した熱や、大気中の微小なエネルギーなど、使えるものを全て変換しそれを糧に補填されるのだが、いかんせん効率が悪い。
人類の叡智である電気を遥かに上回るエネルギー効率を弾き出す新エネルギーである。
ただでさえ供給の遅い太陽光発電etc……が更に遅くなるのだ。
とはいえ、対策を講じていないわけではなく、沈希はある程度、最大限効率を高めてはいるのだが。
そんな理由もあり、最早デッドノートには期待出来ない状況下で、悠はなお立ち向かう姿勢を見せる。
――が、悠の行動は思いもよらぬことで阻害されることとなった。
「馬鹿か!勝ち目がないなら逃げろ!」
背後から駆け寄り、ヴァドの頭を踏みつけて悠とヴァドの間に割って入った。
「し、死神さん⁉︎」
「なんだよこの有様は。待ち合わせまでまだ時間あったろ」
悠の前に現れたのは死神。
予定より早く事が進んだことに若干苛立ちを見せる彼女だった。
「いや……潜入してることがヴァドにバレてな」
「……まぁ、正直バレない理由がないけども」
「新手か。なるほど、ダーク『トリニティ』とな」
「その名前で呼ぶな!虫酸が走る!僕だって不本意でつけた名前なんだよ!」
「結構ノリノリだったくせに」
「黙れ」
死神は悠の軽口を刺々しい言葉で諌める。
「そんなことはどうだっていい。お前、その装備であいつに勝てなかったんだろ?万に一つでも勝ち目があったか?」
「……ある」
「嘘つくな。僕の戦術眼を舐めんなよ?傍目から見てただけでも明らかに出力が足りてない。総合的に見ても、お前が今隠しているであろうパフォーマンスを含めても、総合的にはお前の負けだ。ここはおとなしく退いて、作戦でも立てて出直せ」
「そんなことさせると思うか?我とここまで善戦する者を大人しく逃がすわけもあるまい」
「――ということで、逃げろ悠。お前とリィンを逃がすための時間は僕が稼いでやる。ついでに、作戦会議をして、戦闘準備を整える時間もな」
「な、なに言ってんだ!出来るわけないだろ!それに、死神さんは目的のためについてきただけだろ!俺のためにそこまでする義理はない!時間を稼ぐってなら俺がやるから、リィンと一緒に逃げてくれ!」
「馬鹿か。あいつら騎士団の中で一番戦力になるお前がほぼ丸腰みたいな状態で最前線で孤軍奮闘してどうすんだ」
「いや……!」
「なんだよ。というか、お前は僕が殿を務める理由がないって言ったけど、それは違う。悠、お前は僕とお前の関係をただの契約だと思ってるみたいだけど、僕はお前のことをこの世界で出来たかけがえのない仲間だと思ってる。お前がいくつか知らないし、僕も何歳か言わないけど、お前のことを弟のようにも思ってる。僕の覚悟を無駄にする気か?……お前はまた僕に、大切な仲間を失わせる気かよ」
「っ……!」
「お前がなんでそこまで自分を追い込んで戦いを求める戦闘狂になったかも、なんで他人をアテにしなくなったかは知らないけど。これだけは言っといてやる。『僕はお前を裏切らない』。だから僕は少なくとも死ぬことはしないし、同時に逃げも裏切りもしない。もっと他人を、リィンを信用しろよ」
死神は悠に背中を向け、それ以上振り返る事なくヴァドと面として向かった。
「そら、さっさと行け。ここで行かないようなら僕はお前のことを一生軽蔑するし、仲間とも思わない。そんな上っ面だけの関係真っ平御免だ」
「……絶対にすぐ戻る。死神さん、死なないでくれよ。俺を絶対に裏切らないでくれ」
「はいはい、僕だって棺桶の中に入るのは嫌だし」
死神は悠を安心させるかのような、優しい口ぶりでそう言うと、もう振り返ることはなくヴァドに斬りかかっていった。
彼女の剣戟は凄まじく、死神から指南を受けていた時と比べても比べ物にならないほどの鮮やかな動きだった。
目にも留まらぬ速さで斬りむすんで数秒後、二人は互いの頬に切り傷をつくって一度間を置いた。
「ふむ、なかなかやるな。それでも、我の足元にも及ばぬわけだが」
「はっ。……舐めんなよエセ騎士風情が」
悠は心の中で、彼女に祈りを捧げる。
頼むから、死なないでくれ。
もう一度俺に、人を信用させてくれ、と。




