突入ヴァド城 2
「どゆこと?」
「例えば、すっげー凶悪な奴がいるとする」
「ふんふん」
「そいつはお前を人質にとってどっかの建物に立てこもったんだ」
「許せないねそれは。今すぐその場でお仕置きしたい気分だね」
「……お前は人質だからな?……ともかく、人質になったお前はめちゃくちゃビビる訳だ。なんたって、命の危機なんだからな」
「そりゃ……怖いね」
「だろ?けど、二人きりの状況でその犯人はお前を乱暴に扱わず、むしろ割れ物を扱うかのように接するんだ。まるで自分の娘かのように。優しい人だろ?」
「……ううん?うん?えー?……うん、優しい人だね」
「なぁ悠、こいつ本当に大丈夫なのか?さっきから簡単に引っかかりすぎじゃないか?」
あまりに簡単に引っ掛けにのるリィン、死神は逆に恐怖も不安を覚えた。
「まぁリィンの場合本当にその場から脱出できるからそこまで警戒してないんだと思うけど」
「えっなに?もしかして私、またなにか引っかかった?」
「引っかかりまくりだよ。お陰で解説がめちゃくちゃ楽だ。今お前、犯人のこと優しい奴だと思ったろ」
「うん。……はっ、私を誘拐した犯人なのに優しい人だなんて思っちゃってるじゃん私!」
「おお、今回は気づいたか。そうやって、恐怖の極限状態に追い込まれた被害者が恐怖のあまり犯人の何気ない親切心や優しさに触れて親近感を持っちまう現象のことだ」
「かなり有名な話だな」
「まぁな。誰もがお前ほど単純な訳じゃないから引っかからないやつもいると思うけど、さっきのバーナム効果、それに続くマインドコントロール、そしてストックホルム症候群に陥れてやれば侵入なんて容易い話だと僕は思うんだ」
「つまり段取りはこうか。まず俺たち三人で歴戦のチーム感を出して、バーナム効果で相手に、自分たちは魔王軍の者だと刷り込む。次になんなら暴力でも振るって恐怖の底に叩き落としてから優しくしてやって敵に親近感を沸かせて、完全に仲間だとゴリ押しで思いこませる」
「そうだ。そのためにも、僕が敵に詰め寄った時にリィンは僕と一緒に門番を威嚇、悠はデッドノートのアンダーアーマーを使って地面でも殴ってくれ。出来れば凹むくらい。それで僕たちが強いことをアピールだ」
「わかった。任せてくれ」
「よーし、やっちゃうよ!」
作戦が決まったことで気合が入った三人は、目的地を目指して足を止めることなく、休むことなくヴァド城へと向かっていく。
それぞれの抱える胸の思いを一時振り切り、ただ勝利のために。
自分以外が戦火に巻き込まれないように、平和な未来のために、目的のために。
やがて森を抜け、丘を越えたその先で飛び込んできたものは、禍々しいオーラを放つ、魔王軍幹部の城だった。
「……ついたね。これがヴァド城だよ」
それは王国にある城とは明らかに一線を画す、王国の城が善ならばこれは真逆の悪とでも呼ぶべき、まさに悪魔の城だった。
時々どこからともなく悲鳴や叫声が響き、悠たちを驚かせる。
「うへぇ、初めてこんなに近づいたけど、結構怖いね」
「まさに悪の巣窟って感じだな。お前ら、気合入れてけよ」
「もちろん。それじゃあ、段取り通りに行こう」
しかし三人はさして怖気付くこともなく堂々とした足取りでヴァド城へと向けて歩き始めた。
気分はまるで魔物。
強い魔物だった。
仮面の下では極めて平静を保ち、いかなる問題にも気丈に、柔軟に対応できるようはやる気持ちを抑えていた。
やがて、案の定存在した関所に、三人は平然とした様子で突き進んでいく。
「オイ、ここは通行許可証がナイと通れない」
屈強な門番が行く手を阻む。
そして満を辞して、死神渾身の作戦の開始である。
「おい貴様。貴様は我々のことを知らないのか?趣味は殺戮、拷問、先の大戦で数多の人間を虐殺し、ついにはダークトリニティとまで呼ばれた我ら三人を?」
ダークトリニティなどという不名誉で恥ずかしい名前には疑問を持たざるを得なかったが、しかし彼女の凄みは本物だった。
まるでカタギではないかのような。
「ダークトリニティ……その名に聞き覚えはナイガ、先の大戦で悪虐の限りを尽くした者がいるとは聞ク。よもや貴様……いや、貴殿らがソウだとでも?」
門番が疑ぐりを見せた瞬間、悠はグリムフィストからエネルギーを射出、目の前の足元にまるで隕石が落ちたようなクレーターを作った。
「おいおい暴れるなよ相棒。こいつらは味方だ。殺すなよ?」
「でも、あんまり聞き分けがないなら殺すしかないんじゃない?だって私たちのこと止めようとするんだしさぁ」
リィンも徹底的に悪女の真似をしているようで、なかなか様になっている。
作戦は概ね、というよりかなり順調に進んでいるようだった。
門番は存外冷静なものの、結果的に彼の信用を得ることには成功している。
死神はこの好機を逃さず、一気に畳み掛ける。
「やめろ。我々はこれから共に人間を蹂躙し、勝利を分かち合う仲間だ。そんな彼を殺すんじゃない」
「フム、貴殿らほどの腕前ヲ持った者がいるとは心強イ。頼りにしているぞ」
「ふっ、あまり褒めるな。それでは通らせてもらう――」
「イヤ、通行証を見せてくレ」
「……通行証?仲間だと分かってるしいらないんじゃないか?」
「コレは必ずやらなければならない掟ダカラな。例え相手が魔王様だとしても確認ヲ行うのが鉄則ダ。すまないが出してくれ」
――死神の作戦が一瞬にして、音を立てて瓦解した。
死神一人に全てを任せていた悠とリィンは、頼みの綱として、心の中で彼女に縋り付く。
そして死神がとった行動は。
突然ごそごそと何かを探り始め、驚くほど無責任な発言をした。
「……えー、ダークトリニティ通行証失くしちゃったみたい。ちょっと探してくるね」
「ム、それは難儀な。貴殿らニ幸運があるよう祈っている」
「う、ウン……待っててね」
声を震わせ、カチコチになった死神の後についていく。
これも何かの作戦か――と思いたかったが、彼女の動きや態度を見る限り、百パーセントそれはないと断言できた。




