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突入ヴァド城 1

「準備は出来たか?」



「ああ」



「うん、完璧」



 三人が出発の前の最後の確認を行なったのは午前九時。



 それぞれ十分睡眠を取り、体を休めた三人は予定通りこれからヴァドの城へと侵入していく。



 焚いていた火を消し、その場に留まっていた痕跡を出来るだけ消した後に迅速にその場から立ち去る。



 歩きながら真っ黒のローブを身にまとい、仮面を頭につけていつでも魔王軍に扮せるようにしておいた。



「それで、結局どうするんだ?これで魔物のフリして入るのか?」



「それじゃあリィンと一緒だろ……と言いたいけど、正直それしかないんだよな、大まかなところは」



「あれあれ?あんだけ大見得切ったのに、やっぱり私のやること一緒なんじゃん」



 リィンは悪戯っぽい顔をして死神を煽った。



 それが彼女の逆鱗に触れたらしく、鬼をも連想させる形相でリィンをにらんだ。



「ご、ごめんなさい」



「お前と一緒にすんなよ。僕にはちゃんと作戦がある」



 死神は二人より先行しつつ、気だるげな表情の中に得意げな色をつける。



「どんな作戦なんだ?」



「聞きたいか?聞きたいだろうな。よし教えてやろう」



「すっごい自信だねぇ」



「当たり前だろ。まず、最初。姿を隠して潜入するという案だけは悪くない。リィンの悪かったところはその先を考えてなかったことだけだ」



「つまりいい線いってたってこと?」



「言い換えればそうなる。絶望的に将来性がなかったけどな」



 死神はあくまでリィンを小馬鹿にするような態度で、終始嫌味を言い続ける。



 これはいわゆるツンデレというやつだろうか?と悠は乏しい知識の中で無理に属性を当てはめた。



 そんな悠の考えなど露知らず、死神は更に言葉を続けた。



 しかし、若干トーンを上げて、明るい声色で。



「そこで僕が考えた作戦が『知り合い顔パス作戦』だ。これでもし合言葉やらなんやらを聞かれても無理に押し通れる」



 その語感的も悪く、致命的にセンスに欠けたネーミングを聞いて、悠とリィンは早くも先行きが不安になる。



 だが、死神が提案した作戦はその間抜けな響きとは裏腹に、説得力があるものだった。



「まず、三人で揃いのローブに仮面でチーム感を出すだろ」



「うんうん」



「ヴァド城には門番がいるだろうけど、変に隠れようとせず堂々と真正面から入る」



「はいはい」



「まぁ当然止められるだろうな。『怪しい奴だな』とか言って」



「だろうな」



「そこで門番に言ってやるんだ。『おい貴様、我々三人を知らないのか?例の戦いで人間共を虐殺し、悪逆の限りを尽くした我々を?あまり我々の機嫌を損ねるなよ、その命、まだ惜しかろう?』ってな」



「おお、つまりあれか。バーナム効果を使うのか」



「ばーなむこうか?なにそれ?バナナ?」



「バーナム効果だよ。バーナム効果って言うのは、誰にでも当てはまるようなことを意味深に言えば、仕掛けられた側の人間が勝手に心当たりを探して質問者の意図しない答えを出してしまうという思考実験だよ。占いなんかでよく使われるかな」



「占いで?……私が知らなくて悠くんたちが知ってる言葉だから、魔法を使った占いじゃないとは思うけど」



「……この世界の占いは魔法を使ったようなものか。上手く伝わらないようだから、ちょっと試してみようか。むむむ……」



 悠は子供に聞かせるような、わざとらしい口調に、何かを念じるような手つきでテレビで見るようなパフォーマンスを行う。



「……わかりました。貴方は今、悩み事がありますね?」



「えっ、なんで分かったの?うんうん、あるある」



「……それは人間関係や、それにまつわるものですね?」



「当たってる!そうなんだよ!みんな私のことお子様扱いしてくるの!私だって、ってところをみんなにわかってほしいんだよね」



「へぇ、そんなに悩んでたのか。これからは控えるようにするよ」



「……ん?あれ?」



 リィンは何が何だか訳が分からず、頭にはてなを浮かべた。



「疑ぐりがなかったから完全素人の俺でもやりやすかったよ。今、俺はリィンに悩み事があるなんてことすらわかってなかったんだ」



「へ?そうなの?」



「つまり今みたいに、質問の受け手側に答えを誘導させることを言うんだよ。悩みなんて探せば誰にでもあるし、人間関係ならそれこそ一匹狼みたいな奴以外になら誰しも問題がある。そういう、誰でも抱えてるようなことを質問して、あたかも自分一人に当てはまることを言われてるような気分に錯覚させるのがバーナム効果っていうんだな」



「ず、ずるい!ずるいずるいずるい!なにそれ!ずるくてすごい!」



 正直なところ、ここまで綺麗に引っかかる者は珍しいのだが、と悠は心の中でリィンの純真さに感謝した。

 少し捻くれた者ならば、悩みなど無いの一言で一蹴されてしまう。



「ねぇ、これって結構すごいことなんじゃないの?ばーなむ効果?これで生計立ててる人とかいないの?」



「急に現実的な方向に話を持ってったな……。かなりいるよ。これ一本で飯食ってるやつもいると思うけどな。ま、お前じゃ到底無理な話だ。諦めろ」



「そんなことないよ!それに、これを習得出来れば最早世界の人心を掌握出来たも同然じゃん!よし、やってみる!プロ目指しちゃうよ!ねぇねぇ死神さん、死神さんってなにか悩みあるでしょ」



「無い」



「に、人間関係の悩み、あるでしょ」



「無い。さっぱり無い。清々しいほど無い。そしてお前の胸も洗濯板かと見紛うくらいに無い」



「うるさいな!まだ発展途中なの!というか全然上手くいかないじゃん!」



「当たり前だろ。これ教えたの誰だと思ってんだ。教えた張本人達に効くかよ。ついでに言うと、これを知らなくても本当に悩みがない奴相手には一切通用しない」



「そういうわけで、これだけ知ってても全然意味がないんだよ。もっと別の手段で心を操作しないといけないんだな」



「えー、じゃあ死神さんがやろうとしてる作戦も失敗しちゃうんじゃない?」



「安心しろ。僕がやろうとしてるのはバーナム効果以外も使う作戦だ。バーナム効果で相手に心当たりを作らせておいて、すぐさま恐喝でマインドコントロールを行う。急かされ脅され、精神的に余裕がなくなった奴は頭が回らなくなって、大抵浅い答えを出すからな、そこを突く。そのあと優しくしてやりゃ、晴れて洗脳完了だ」



「優しくするの?なんで?」



「今度はストックホルム症候群だな?死神さん」



「あぁ」



 悠と死神にはどこかで聞いたことのある言葉だろうが、心理学も精神医学も発達していないこの世界の住民であるリィンにとってそれは異国語を聞いているような気分になるほどちんぷんかんぷんだった。

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