夜明けのブリーフィング 3
「……魔法を解除する手段は?」
「能力が永続する魔法の解除手段はそれらを打ち消す術式を構成するか、術者を殺害するかのどちらかに限られます。現在の我々は魔法を使うことが出来ませんので、術者の殺害のみに方法が絞られます。しかし」
「しかし?」
「これほどの大魔法。しかも新型とでも呼ぶべき、これまでの魔法とは明らかに別種のそれを行使出来る者は限られるでしょう」
「……魔王本人か、幹部だね」
「はい、団長代理。今はなんとも言えませんが私の推測ではこれは個人だけではなく、複数人で発動させた魔法です。これを解除するには、その全員を始末する必要があります」
「それきつくない?いくら普通の魔法が使えるからって、固有魔法がないあたしたちじゃ限度があるよ」
「魔王軍幹部といえば、長年私達が決着をつけきれていないほどの強敵だ。全戦力を投下しても、返り討ちになるのが関の山だと思うがね」
「うーん、どうしよっかなぁ。かっこいい私ならしゅばっと作戦思いつきそうなんだけどなぁ」
「あの魔法は一見ただ性格を変えるだけのよくわからん魔法だが、どんな状況下でも極めて冷静な判断が出来るという優れものだったからな。今の代理じゃ何も思いつかないのも無理はない」
「あれ?もしかして私、めちゃくちゃ下に見られてる?」
「……まぁ、あの魔法があったから団長は代理を代理にしたんだろうしな。今のお前さんは力の強いだけのただのお子様だ」
「あー!言っちゃダメなこと言った!悠くん、私がただのお子様じゃないことを証明してあげてよ!」
「……悪いけど、今の状態のリィンを見てからまだ一日も経ってない俺じゃ、ただのお子様にしか見えない」
「がーん!」
「なんか威厳なくなったよねー。ほんとーにただのお子様」
「うわぁー!正直ナギちゃんは私と同レベルだと思ってたのにー!」
「ま、まぁ落ち着きたまえ。ないものねだりをしても仕方がない。本当に欲しいならば、それを得る方法を探るしかあるまい」
「じ、ジキルさん……ジキルさんだけが私の味方だよ」
「ははは、勿論味方になるさ。丁度孫娘が君と同じくらいの年齢でな」
「……お孫さんは何歳ですか?」
「十歳だ」
「敵!やっぱりジキルさんも敵!五歳も下に見てるってことでしょそれ!」
「団長代理、俺は代理のことを子供扱いしませんよ」
「ア、アルトさん。やっぱりアルトさんはだけはいつでも私の味方をしてくれるんだね」
「当たり前でしょう。俺は貴方の部下です。上司をフォローするのは部下の仕事ですから。というか、ここぞとばかりに団長代理を糾弾する彼らがどうかしているんですよ。特に斎賀悠!」
「いっつも思うんだけど、お前は俺になんの恨みがあるんだよ。持ちネタか?もしかしてそうやってキャラ付けでもしようとしてんのか?」
「えぇい黙れ!口を開くな!」
「突っかかって来といて口を開くなってのはどういう了見だ?おい。無茶振りにも程があるぞ無能野郎」
「うるさいぞ卑怯者。大体お前はいつも……」
「やめて!私のために争わないでえええええええ!」
リィンはいつものごとく喧嘩を始めた二人の間に割って入り、意味不明な発言でその場を沈静化……というより、凍りつかせて、その場の誰もが引くくらいの力技で全てを虚無へと変えた。
「えへー。一回言ってみたかったんだよね」
「いや、状況的には間違ったこと言ってないけど、本当にそういこと言いたいならもう少しまともな場面で言った方がいいと思うけど……」
「いいんだー、言いたかっただけでそういうシチュエーションに憧れてたわけじゃないしね。さ、話戻すよ」
ぱんぱん、と二度手を叩き脱線しかけていた空気を一転、仕切り直しとした。
その発言で全員がおかしな方向に話が流れていたことに気がつき、苦い顔をして頭をかいた。
特にアルトは感銘すら受けたようで、延々と拍手を繰り返していた。
が、冷静なままの悠の目に映ったリィンは、話を戻そうというリーダーシップは半分、もう半分は自身の糾弾から意識を逸らそうという魂胆があるように見えた。
笑顔の裏で、目が泳いでいる。
しかしいちいち指摘しては話が進まなくなるため、心の奥にしまいこんだ。
「えーっと、返り討ちがどうのって話だったかな。私が思うに、全戦力を投下する意味はないと思うな。ジキルさんのいう通り、絶対に返り討ちにあうし、わざわざ無駄に命を散らす必要もない。だから、私は少数精鋭による、内部からの破壊を提案するんだけどどうかな?」
「内部からってのはどういうこった?」
「えっとね、簡単に言うと潜入かな。なんとかして城に潜入して、城の内側で暴れて本丸を倒すんだ」
「潜入……か。大規模な戦闘が始まる前に終わらせるというのは確かに理にかなっている。そう簡単に行くとも思えないが……」
「そうだよ。まず潜入自体が難しいでしょ。城には魔力障壁もあるし見張りもいるし。万が一潜入出来ても、通常魔法しか使えないあたしたちじゃ幹部にすら敵わないよ」
「確かに私たちじゃ敵わないよ。でも、私たちは全ての対抗手段を失ったわけじゃない。そうでしょ?」
リィンの視線がちらり、と悠に向けられる。
それで合点がいったのか、全員の視線が悠に集まった。
「お、俺か?」
「……斎賀悠が魔力障壁を破壊した魔王軍幹部の城になら侵入は不可能ではないし、悔しいが、あれほどの火力があるなら殲滅も不可能ではないな」
「お願い、悠くん。私たちを……いや、この国を助けて。騎士団団長代理として、正式に依頼します。
ここにきてかしこまった態度をとり、頭を深々と下げるリィンに、悠はあたふたと慌てた。
まさか、そんなことを言われるだなんて思ってもいなかった。
後押しをするように、更にリィンは言葉を付け加える。
「悠くん。君はこの国の人じゃないから、この国のために命をかける必要はないと思う。でも、それでも、少しでも、ほんの少しでも私たちのことを哀れだと思うなら、どうかその力を貸してください」
リィンの口調からは人格が変わってから感じていた気楽さも何もかもが一切抜け、悠が一ヶ月の間ずっと接してきていたリィンがそこにはいた。
その真摯な姿勢はまさに真剣。
刃を向けられているような鋭ささえ感じさせるほどの、まさち一途な想い。
元から戦うことは決めていた悠だったが、この姿勢が悠の意思を更に硬くさせた。
「……なに言ってんだ。この国の人間とかそうじゃないとか関係ない。俺はリィンやみんなに死んでほしくないし、そうしない為に今まで訓練を積んできた。俺はリィン団長代理が率いる騎士団の一員だ。君がそう言うなら断る理由はないよ」
「悠くん……!」
「それに、元からそういう『契約』だっただろ?」
「うん、うん!ありがとう!」
リィンの表情はぱぁっと明るくなり、喜びでいても立ってもいられないのか悠に向かって、押し倒すような勢いで抱きついた。
本当に、本当に微かな胸の感覚が悠をどきまぎさせる。
「と、とりあえず離れてくれ。人目もあるからな」
「あっ、ごめんね。よーし、悠くんの協力もとりつけたところで、早速作戦を練ろーう!作戦というより、段取りか!まずは潜入するメンバーを決めようかな。それは悠くんが選んで」
「俺がか?」
「うん。危険な任務だけど悠くんに頼るしかないし、せめて悠くんが動きやすいような布陣にしようかなって。簡単に戦力の傾向を説明すると、ガルダさんはサバイバル的な知識が多くて潜伏にはもってこい。アルトさんは……今は駄目だけどいつもはすごく華麗なんだよ」
「くっ、代理の力になれないのが悔しいです」
「まぁまぁ、それも魔法を取り戻すまでの話だから。ナギちゃんは咄嗟の判断に長けていて、ジキルさんは長時間は戦えないけど、戦う時の爆発力は騎士の中でも随一。私はとりあえず身体能力が高い。――って感じかな。他にも騎士はいるけど魔法が使えない以上、剣技だけだと似たり寄ったりになってくるしあんまり差が出ないの。できればこの中から選んでほしいなー、なんて」
恐らく、他の騎士達は隠密行動をさせるには問題があるような者ばかりなのだろう。
嘘をつけないリィンの瞳がそう語っている。
ガルダ、アルト、ナギ、ジキル、そしてリィンは息を呑みつつ誰を選抜するのか、じっと悠を見ていた。
だが、悠が出した答えは意外なものだった。
「いや、一人で行くよ。みんなは街を守っててくれ」
「え?な、なんでー⁉︎」
「俺は今までずっとワンマンアーミーとして戦ってきたか
ら、誰かと肩を並べ、背を預けて戦うことに慣れてない。誰かを連れて行って守りきれる自信がないんだ。それじゃあ守るっていう契約を果たせない」
「大丈夫だよ。私達は魔法が使えないだけで身体能力が落ちてるわけじゃないから、自衛くらいは出来るよ。その条件でいけばガルダさんとアルトさんは厳しくなってくるけど」
「いいよいいよ。みんなが命を削る必要はない。というか、リィン達が魔法を失くした時点で、デッドノートを見つけた時点で俺は一人で戦う気だったよ。元々俺は個人的な戦いでこの国まで来たんだし、魔王軍が侵攻して来てる俺の国と、この国とで守るべき対象が一つ増えただけだ。さして変わりないし、俺が命張ればいいだけの話だよ」
「いやいや、いやいやいや!何言ってんのさ!あたし達にも手伝わせれば楽に済むじゃん!なんで一人で背負おうとしてんの?」
「俺の生きる理由は戦うことだ。戦いにしか生きる価値を見出せない俺みたいな破綻者だけが戦場に赴いて、普通の人は戦うことなく生きていればいい。幸い、俺の命は他の人と比べて相当軽いしな」
「……そういうこと言わないでよ、悠くん。悠くんの命は軽くなんかない。自分を卑下するようなこと言わないで欲しいな、なんて」
「……なんか辛気臭くなっちゃったな。ともかく、俺は一人で行くからみんなはのんびり待っててくれ」
「いいや、私も行く。悠くんを絶対に一人で戦わせはしないんだから。だって、仲間だもん」
「……よくわからないな。好きにしてくれ」
「それじゃあ決定だね。私と悠くん、みんな二人で行くから後はよろしくね」
これ以上話を続けても仕方ないと悠は判断し、自分が折れる形で決着をつけた。
「ただし、俺が危険だと判断したら一人でも逃げてもらう」
「分かった。でも、そんな状況にはさせないもんね」
にっと笑うリィンだったが、悠には何故ここで笑うのかが理解出来なかった。
死地に赴くというのに、戦いが好きなわけでもないのに、戦闘こそが生きる理由でもないのに。
その理由が悠には分からない。
困惑の色を隠せない悠を差し置き、リィンは話を先へ先へと進めていった。




