夜明けのブリーフィング 1
やがて悪夢のような夜は終わりを告げ、未だ粉塵が舞う街に朝が来た。
魔法の消失という、かつてないほどの危機に追い込まれ、混沌とした街は騒然とした空気に包まれており、日常的に存在したものを失い困惑の色を隠せないようだった。
どこに耳を傾けても狼狽と不安のみが聞こえてくる。
明るい街が一転、辛気臭い街になったな、と悠は微睡みの中、訓練所のソファの上で気だるげに感想を述べた。
あまり目覚めがいいとは言えない朝を迎えた悠は、舌打ちをしてから大きく伸び。
時計を見ると、夜の出来事から六時間経過していた。
見張りのため二時間ほどの仮眠で済ませるつもりだったが、存外体力を消耗していたらしく起きることが出来なかったのだ。
目をこすり、周囲の状況を確認すると、そこで慌ただしそうていたリィンがこちらに向かってくる。
「おはよー、悠くん。よく眠ってたね」
「ん、あぁ。おはよう。大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だよ。結局あれから魔物は押しかけてこなかったしね。でも、魔力障壁がないから怖いね。夜みたいに遠くから魔法で攻撃されたらどうにもならないから、早く対策が立てたいんだよね。あ、今から作戦会議するから、悠くんも来る?」
その妙に饒舌なリィンの様子から、本当になにもなかったのだということが伺いみれた。
何故、そこまで口を開くのかが悠にはわからなかったが。
リィンの感情の奥底には悠に対する畏怖が残っており、彼の精神が変貌したままかどうかを確認したのだ。
「行くよ。まぁ、たかだか一兵士の俺が参加していいならだけど」
「その辺は大丈夫だよ。というか、多分否が応でも呼ばれると思うよ」
「そうなのか?」
「うん。悠くんは今、この国での唯一の戦力として見られてるの。これからは切札的な運用がメインになると思うから、会議に参加してもらわないと逆にー、って感じなんだよね」
「……なんというか、ものすごい出世だな。この間まで最弱とか卑怯者とか呼ばれてたのに」
「元から言ってるのはアルトさんくらいなものだったけどね。というか、私は卑怯結構だと思うし。私がやられるのは大っ嫌いだけどねー」
「ははは、そのくらい軽い方がリィンらしい」
「そうかなぁ、というか、悠くんの私らしいイメージってどうなの?今までクゥールに振る舞ってきたつもりだけど……。えっもしかして、今までの努力って無駄だった感じ?たった数時間でかっこいい私のイメージが消え去って小娘的なイメージがついちゃったってこと⁉︎」
「そ、そういうわけじゃないよ。今までのリィンは俺より歳下なのに強くて賢くて、見上げるばっかりでいまいち歳下って感じがしなかったんだけど、今の口調だとしっくりくる。そういう意味でのリィンらしいってことだよ」
「むぅ、それって私が子供っぽい見た目で、子供っぽい態度取ってた方がいいってことじゃないの?もしかして悠くんって子供好き?ロリコンなの?」
「ちげぇよ!確かに歳下の方が好きだけど!」
「えっそうなんだ。もしかして脈ありだったりするの?」
「……ノーコメントで」
「あはは、そういうことにしとこっか」
リィンは今の一連の流れで、現在の悠が正気に戻っているということを確認できて心底安心した。
それと同時に、恐らく悠の心を解せるのは、狂気を見せる戦闘時のみなのだろうとも考えるともどかしくなる。
具体的な手段はなに一つとして思いつかないが、いずれ崩壊する運命を待っている者を見過ごすほど、使い潰してよいと思えるほど卑怯を良しとしているわけでもなかった。
だから、今は平静に。
笑顔の張り付いた偽りの仮面を被り、虎視眈々と隙を伺うのだ。
――と、そんな魂胆は心の奥底に包み隠し、リィンは快活な調子で悠に対して明るく振る舞った。
「それじゃあ行こっか」
「もう行くのか」
「なるべく早く対策したいしね。なんなら先に行っとくよ。後から来てくれてもいいしー」
「いや、一緒に行くよ。一刻を争うんだろ」
「ありがと。じゃ、こっちこっち」
悠はリィンの案内で、有事の時に使用する会議室へと初めて足を運んだ。
本来は兵属の下っ端ごときが入ることすら許されない、高序列にのみ立ち入りを許されている場所ゆえに、自然と身が引き締まる。
昨日肩を並べて戦ったメンバーは大体参加しているのだろうと考えると、まだ知り合いが数人いるだけ気が楽というものだったが。
しばらく歩いていると景色は、今まで歩いていた敷地内と比べても妙に格式高い装いに変化していき、ただならぬ異様な雰囲気が流れていた。
「……ここ、俺が入っていいのか?」
「いいよいいよ。変なこと気にしなくて」
改めて場違い感が否めない、と今更同席を安請け合いしたことを後悔した悠だったが、ここまで来ては引き返すことすらしたくない。
それをするならば、かなりの勇気が必要になるだろう。
観念、もとい腹を括った悠は頬をぱん、と叩いて自分を鼓舞した。
かつかつ、とリィンのブーツの音がよく響く、拓けた廊下を二人して歩いているとやがて、ただ一つ存在する扉の前に行き当たった。
「ここだよここ。さ、入って」
リィンは物々しい雰囲気を醸し出す扉になんの躊躇も遠慮も、雰囲気も全くなく軽々しい気持ちで扉を開け、光が差して見えづらい輝きの奥へ悠を誘った。
やがて逆光が収まった頃に改めて中の様相を確かめると、そこにはなんてことはない、いつもの面々と他数名が雁首を揃えて立っているだけだった。
「よう、悠じゃねぇか。お前も来たのか」
「さ、斎賀悠!なぜお前がここにいる!ここは許可を得たものしか入ることが出来ない!」
「私が出したんだよー。悠くんがいた方が話が進むと思って呼んだんだ。いいでしょ?」
「……団長代理がそう言うなら俺は何も言いません」
「そっ、ならいいよね」
何故か、アルトはリィンには甘いというか弱いというか、少なくとも自身に向けられている感情とは正反対なものだということを悠は薄々感じていた。
逆に自分に対してはかなり辛辣だということもつい最近気がついたが、持ち前の無関心さを発揮してなにも考えないことにした。
「えーっと、もうみんな揃ってるかな?みんないるー?」
「おう、全員揃ってるぜ」
「ん?これで全員か?こんだけなのか?」
「そうだぜ」
「作戦会議だってんだから、もっと騎士とか偉い人がたくさんいるもんだと思ってたよ」
「あんまりゾロゾロいても仕方ないからな。騎士の中にも作戦会議とか苦手な奴もいるしな。しかも、そんなに人数揃えても絶対に話まとまんねーしな。これだけで十分なんだよ」
「なるほどなっ……と」




