異能パニッシュメント 4
これだけ……なのか……?」
そのあまりの少なさに、悠は声色に絶望の色を混ぜてそう言ってしまった。
それを見ていたガルダは悠の頭をぽん、と優しく叩いてどうにか安心させようと試みた。
「大丈夫だ。ここにいるのはみんな一線級の精鋭だ。全員そう簡単にはくたばらねぇし、この中で一番戦力として不安が残るーーと自分で思っているお前のことを殺させもしない。まぁ安心しろ。この砦にあるものを全部を駆使すりゃあの大軍だって捌けるさ。例え、魔法が使えなくてもな」
ガルダの言葉はこれ以上ないほど頼もしいものだったが、それでも悠は不安を拭い去ることが出来なかった。
何故なら、悠が咄嗟に服の内に隠した、メモリデバイスが検知した魔王軍のおおよその数は二千。
たとえ彼らが神をも恐れぬ屈強な戦士だとしても、その戦力差を覆せるとは思えなかったのだ。
二千対四十。
およそ一人当たり五十匹の魔物達を駆逐せねばならない現状に、悠は寒気すら感じた。
「ま、細かいことを考えるのは後だ。とりあえず今出来ることをやれ。団長代理、指示を頼むぜ」
「うん。それじゃあ今から、魔物の迎撃を始めるから、みんな弾とか運んで!夜目が効く人はバリスタ、力持ちな人は弾運ぶ役!」
「おおおおおー!」
兵達はリィンの指示を前にして鬨の声を上げ、士気を高めていく。
この練度は流石である。
一瞬、これならなんとかなるのではないかと錯覚させるほどだったが、魔力によるブーストがあった時点で二人掛かりで一体の魔物を倒していた現実を思い出し、我に帰る。
とにかく今は、魔物が遠く離れている内に出来るだけ数を減らすことに尽力することが最優先だった。
――しかし、現実は残酷に、そして無情に。
悠達の思惑通りに事は進まないのだった。
悠は幾数機あるバリスタのうち一機を担当することになったのだが、照準を定めている最中、不意に闇の奥底が怪しく輝きを放つ。
その輝きに悠は、その場にいる誰もがに見覚えがあった。
――それは、魔物が放つ魔法だった。
初めは点のようだった魔法陣は次第に巨大化の一途をたどっていく。
「お、おいあれ……やばいんじゃないのか?」
「あれは……まずいっ!今この砦には魔力障壁がない!全員砦の内側に隠れろ!砲撃が来るぞ!」
悠を含めた、その場にいる誰もが自身の失ったものを思い違いをしていた。
自分たちは敵に対する対抗手段を失ったのではない。
自分たちは、敵に対する自衛手段『すら』も失ったののだ。
彼らは絶望に打ちひしがれながら、自ら守るべき砦、抗うべき敵から背を向け、自身の保護を最優先に行動した。
やがて空間を裂くような鋭い轟音、終焉の鐘を彷彿とさせる破壊音と共に悠達の体は吹き飛ばされ、砦は最後に彼らを守り、その仕事の終わりを迎えた。
瓦礫と化した砦の中で、目の前に星を散らせながら、遠ざかっていた意識を引き寄せ、かろうじて動く手足を使って岩の上を這った。
「うっ……どうなった……?」
悠は頭を抑え、頭痛を抑えながら周囲の安否を確認する。
……そして、その目に飛び込んできたのは、外と内とを隔てる壁がなくなり、外界と繋がってしまった無残な砦の姿。
これではもう、魔物の侵入を防ぐことが出来ない。
「そんな……!」
あれだけの大きさを誇っていた砦がこうも簡単に、と悠は目の前で起きたことが信じられなかった。
これまでもずっと当たり前のように存在していた壁がなくなったことの喪失感が未だに実感できない。現実を直視出来ない。
しかし、悠から数メートル離れた位置で、同じように絶望し現実を見せつけられたリィンは、悠と同じように思考停止することなく、次の行動に移った。
次の行動……いや、それはこの国で、最後に行われる行動である。
「……みんな聞いて。見ての通り、この国の民を、私たちを守ってくれる砦は陥落した。……これはとっても辛い判断だけど、私は騎士団の団長代理として命令をします」
その場の誰もが静まり返り、固唾をのんでリィンの言葉を待った。
やかて、彼女の口から発せられた言葉は、にわかには信じがたいものだった。
「この国から……撤退します。私たち騎士で魔物達を食い止めるから、さっき後方支援を担当してた人たちは一般国民を連れて魔物達の進軍方向とは反対に避難して。その先に古城があるから、そこをキャンプ地、その後のことはゼルトルン王に指示を仰いでね。王様は聡明だから、きっと打開案を見つけてくれるはず。生きて、命を繋いで。諦めなければきっと未来はあるから。あー、それと、絶対に振り返らないでね。ここは私たちが命に代えても死守するからさ」
そのリィンの指示を聞いた瞬間、悠が聞いた周囲の者の反応はバラバラだった。
嗚咽を漏らし泣く者、怒りを露わにする者、ため息をつく者、叫ぶ者。
感情は皆バラバラなものの、全員に共通しているのは『自分たちは敗北したのだ』という惨めな気持ち。
この国に居ついてから一ヶ月しか経っていない悠ですら、この国を捨てなければならない現状に歯噛みした。
悔しさで地面を殴る。
その音で悠の存在に気がついたリィンがこちらに歩み寄り、疲れた様子で声をかけてきた。
「悠くんも逃げてね。もし騎士が一人もいなくなっても、悠くんの探し物が見つかったら、もしかしたら私たちの仇を討ってくれるかもしれないから」
「……今から死ぬことがわかってるみたいなこと言わないでくれよ」
「あはは、ごめんね。多分これが最後だから、言いたいこと言っておきたいんだ。……はぁ。結局、夢は叶えられなかったなぁ。私のやりたいことを知ってるのは悠くんだけだから、それを継いでくれると嬉しいなぁ。どこかで幸せになってね」
「……俺に出来ることはないのか」
「うーん、悠くんの戦い方は、ナイフにワイヤー?ってやつの暗殺とか絡め手!みたいな戦い方だから、今回は正面切って何十体も倒さなきゃいけないしちょっとキツイんだよね。私に気を遣わず、逃げて」
「でも……っ」
「悠くんにだって守りたいもの、背負ってるものがあるんでしょ。だったら、今持っているものを捨ててでも生き延びなくっちゃ。悠くんの体には、悠くんが住んでる世界の人たちの命がかかっているんだよ?」
「リィン……」
「だから、行って。私がたった一人、最も信頼する人」
「俺がリィンの最も信頼する人?」
「うん。ほらー、私って悠くんより年下なのに、こんな偉そうなポジションにいるじゃない?だからかなぁ、同じような年齢の人が知り合いにあんまりいないんだよねー。だからかなぁ。悠くんが私を身近に思ってくれてるのがすごく嬉しいの。それに、悠くんと話すの好きなんだー」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。悠くんの言葉って、重みがあるように思えるの。同世代……というより、普通の大人の人とも比べても。だから楽しかったんだー」
「……最後みたいに言うなよ」
「あはは、また生きて会えたらいいね。その時はいっぱいおしゃべりしようね」
リィンは本気のようだった。
どの言葉を、どの側面で切り取っても覚悟の二文字しか見えない。
彼女を引き止めるのは無理だ、と悟った。




