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異能パニッシュメント 1

悠は暗い部屋で一人、闇に紛れる天井をぼうっと見つめていた。



その視線に意味はなく、意図はなく。



ただ、ぼうっと。



ここにきて知ってしまった自己の欠落。



自分がこれからなにをしようか決めかねていたことは知っていた。未来を見ていなかったのは知っていた。



だが。



『何故戦っていたのか』すら思い出せない自分には驚きと戦慄を隠しきれず、そして激しく失望した。



今の自分はどういう歪曲を経て生まれた自分なのか。



悠は失笑し、苦笑した。



何かを求めて戦っていたはずだったのに、その結果がなにもない自分という落語にでも出てきそうな酷い有様に、乾いた笑いすら浮かんだ。

「……何かあったはずなんだよ」



悠はそんな状況に言い訳するかのようにぽつりと一人呟く。



何か目的があって戦い始めたことは覚えている。



それだけは確かで、確固たる思いとして記憶に根付いていた。



しかしそれは風化してしまい、いつしか形骸化した戦いだけが悠の中に残っていた。



「俺はなにがしたかったんだ?俺は今からなにがしたいんだ?」



悠は自分が今、なにを求めているかを考え始めた。



勿論、世界の救済と元の世界への帰還、そしてリィンとの契約を果たすこと。



しかし、そうではない。



これは『戦う為に』戦っているのであって、悠は求めた答え、未来ではない。



今自分がなにをしたいか。



神様がいるならばそれが何かを聞いてみたくなった。



神を信じていない悠だったが、自分が困ったときだけに当てにする、自身の中にいる都合のいい神に問いを投げかけた。



だが、コンパスの針はなにも示してはくれず、ただ空虚な闇を見せつけてくるのみの結果に終わった。



そういえば、この世界に来るとき、悠は沈希に「ついでにこの先なにがしたいかも探してくる」と宣言したことを思い出した。



今の今まで忘れていた上に、思い出したところで結局答えは出せないが。



「……はぁ」



ここ数時間ですっかりため息が癖になっていた。



何度吐いても何度吐いても何度吐いても、その後から暗い情念が計り知れない場所から止むことなく湧き溢れ、悠の体を負の感情で覆い尽くす。



ずっとベッドに寝転んだままだが微塵も眠くならない。



頭が絶え間なく思考を続けている故だと簡単に理論立てる。



こんな風に自分のことをわかればいいのに、と悠は無い物ねだり。



馬鹿げたことを考える自分を卑下た。



――と、そのとき、不意に部屋の扉がこんこん、と数度ノックされ、悠は我に返った。



「悠君、私。入ってもいい?」



「リィン?どうぞ」



返事から一つ間を置き、リィンが入室し、自堕落な姿勢を正して彼女を迎え入れる。



「何か用か?」



「……ちょっと気になることがあって。隣座ってもいい?」



「う、うん。いいけど」



妙に大胆なリィンにどぎまぎしながらも、悠は彼女が隣にすることを許可した。



リィンが座ると小さくベッドが軋んだ。



自分が座ったときよりも軋みが小さく、それだけで彼女の軽さ、小ささ、儚さが伝わってくる。



「……悠君、なにか悩んでる?」



「え?」


「なんか、元気ないように思えて」



「さっきのこと?」



「ううん、ここ最近ずっと。なにを悩んでるの?」



「な、なんでもないよ。別に大したことじゃない」



悠は必死になって本心を包み隠す。



空白の自分をリィンに知られたくなく、彼女の前では強がり突っ張り、少なくとも失望される自分でいたくなかった。



かっこいいとはいかずとも、少なくともかっこよくない自分にはなりたくなかったのだ。



悠は偽りの笑顔を作り、取り繕い、それを彼女に向けた。



しかし。



悠は完璧な表情を造ったと踏んだのだが、それを見たリィンの顔は暗く、悲しみを漂わせる酷いものだった。



「……悠君が遠く感じる。その笑顔はなに?無理して笑ってるのがばればれ。私は悠君にそんな笑顔を作らせる程頼りない?」



「いや、そういうわけじゃ……」



悠は、浅はかな自分を隠すために嘘をついたのだが、リィンにとってそれは自分を信用しない裏切り行為に等しかった。



彼女の悲哀が篭る目が悠の心に突き刺さる。

悠は今更ながら小手先でやり過ごそうとした自分を恥じた。



「……ごめん。結果的に君を騙すことになった」



「いいの。怒ってるわけじゃない。ただ、少し寂しいってだけ」



「……本当に悪い。話すよ」



悠は観念し、その瞬間初めて表情に余裕を作った。



彼女を前にしては、小細工などなんの意味もなさない。



緊張を解し、手を背より後ろにおいて体重をベッドに預け、ゆっくりと話す体勢へと移行した。



「昼間、なんのために戦うかって話したの覚えてるか?」



「うん。とってもいい話だった。……それが?」



「……実は、あんなことを言っておきながら、俺自身が今、理想も目標も夢も、なに一つ持たないまま戦っていることに気がついたんだ」



「そう、なの?」



「あぁ。最初は理想のために戦ってたはずだった。それが、思い出せないんだ。俺は何の為に戦ってたのか、俺の目指したものがなんだったのか」



「……」



「俺は俺の世界の敵を倒した後、六ヶ月の間なにもしなかった。何故かっていうと、俺がなにをしたいかわからなかったから。命を賭して取り組んでいたことがなくなって、なにをしたいかわからなくなったんだ。そして無気力に生きていたとき、この世界にいる魔物が俺たちの世界に侵攻してきた。せっかく別世界に行くんだからなにか目的を見つけてみたいと思ったけど、やっぱり駄目だった」



悠は一呼吸置いて、話を続ける。



「結局俺は、理想もなにもないまま戦うような空白な奴なんだ。そんな自分に失望してさ。なぁ、リィン。俺はなにをすればいいんだろうか」



悠は懇願するような、縋り付くような声で彼女に救いを求めた。



回答を待つ悠に、口を開かないリィン。



その救済を求める声に、リィンはどう答えるべきか迷いあぐねていたのだ。



リィンは極めて困難な質問内容を前にして、渋く、そして困惑といった表情に示した。



彼女には、目の前の苦悶する者に対してどう言葉をかければ良いかわからなかった。答えを求めた者は迷える子羊を導かず、教会のシスターでもなんでもない。



しかし。



リィンはそれでも必死に答えを模索した。



目の前の男は所詮出逢って一ヶ月程度の何故か放っておけない。不思議とそんな気がした。



だから、今すぐ彼の求める答えを出せないものの、リィンは毒にも薬にもならない、されどその場凌ぎの気休めより前向きで、少なくとも絶望には程遠い指針を悠に示した。



「答えになってないかもしれないけど。今なにをすればいいのかわからないなら、どう生きればいいか知らないなら、私……ううん、私『たち』の為に生きてみて」



「リィンたちの為?」



「そう。これはまどろっこしい契約とか抜きの話。私や兵長、それに大家さんや死神さん達を守る為に戦うの。理由なんて、それだけで十分」



「そう……なのか?」



「そうよ。戦って生き残って、みんなと明日のご飯を食べる。私にとってはそれが戦う理由と、目指すべき未来。そして、悠君が昼間指し示してくれた将来の願望。それだけで私は戦える。それだけで、それだけで十分なの」



リィンは自身の持つ小さな願いをささやかに、されど心の奥底から吐き出すように強調してそう悠に伝えた。



普段から口数が多くないリィンは、この時ばかりは雄弁に、悠に伝えたいありったけの気持ちを吐露した。



リィンはそれから言葉を重ねるという無粋なことはせず、代わりに悠の手を自分の手で優しく包みこんだ。



言葉を口にすることは大切だが、言葉というものは後から重ねれば重ねただけ色味と重さを失ってしまう。



難しい塩梅だが、故にリィンが紡ぐ言葉は最小限、必要以上のことを話さなかった。



リィンは自分の思惑が伝わっているか不安で、つい追伸を加えたくなる気持ちを抑えて、ただ悠の手を握った。



それからしばらく、心地よくも間が悪い、不思議な時間が過ぎた。



悠はただ目を伏せ、じっと一点を集中して見つめ、一向にくちを開かない。



しかし。



体感的に五分程経った頃だろうか。



途端に悠は息を漏らして小さく笑い、リィンの手をぎゅっと握り返した。



「ありがとう、俺を気遣ってくれて。うん、そうだな。リィンの言う通り、俺は人の為に生きてみようと思った。リィン、君は俺の希望になってくれる。そうなんだな」



「そう。私は騎士団の団長代理。団の一員が困ってるならそれを導くのが私の仕事よ」



「……そんな義務的な言い方しなくてもいいだろうに。まぁ、それがリィンだけど」



「……私、そんなに愛想ない?」



「そういうクールなところがリィンのいいところだよ」



「……そう。ならよかった」



リィンは、自身の態度が少し冷たすぎるのではないか、という懸念に対しての決着をつけることが出来てほっと胸を撫で下ろした。



「まぁどうにしても、私たちを、みんなを守りたいなら、そのくらい強くならないとね」



「うっ、結局そこに行き着くか。はいはい、頑張るよ」



「頑張って。全力で応援してるから」



いつも冷静なリィンは珍しく微笑を浮かべ、悠の目をじっと見つめた。



いつもと違うリィンの表情に、悠はつい顔を赤らめてしまう。



なんというか、こんなに可愛かったっけ?



改めて見直した彼女の顔は、悠の十数年間の人生で見たことのないほどの可憐さを誇っていた。



悠は沈希を初めて見た時、おそらく彼女に並ぶほどの容姿を持った者はこの先現れないだろうと踏んだのだが、その記録は今塗り替えられることとなった。



少なくとも、悠の見立てでは沈希とイーブン。

……というのも、イーブンというのはあまり容姿で順位をつけたくはなかったから、という妥協点なのだが。



そんなこんなで、悠とリィンはじっと互いの顔を見つめあっていたのだが、しばらく経つとその空気に耐えきれなくなり、二人して同時に吹き出した。



「ふっ……あはははは!なんでずっと見てるんだよ」



「ふふ、だっていつ目を離したらいいかわからなかったから……」



悠は先ほどまでの鬱屈した気分はどこかへ消え去り、快活な調子を取り戻した。



未だ心中に不安は残るものの、今この時ばかりは楽に身を任せてもいいだろう。



楽しげな雰囲気が部屋の中を包んだ。



ーーその時。



その空気を一転させるような、耳を劈き脳の奥まで突き刺すような轟音が部屋中、いや、ゼルトルン王国中(・・・・・・・・)に鳴り響いた。

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