不知のエンプティーホロウ 5
「散歩でもしない?」
「さ、散歩?」
溜めた割にはあっさりとしたその提案に、悠は拍子抜けしてつい間の抜けた声で聞き返してしまった。
「そう、散歩。今の季節、とても気持ちいいの」
「べ、別にいいけど」
なんだかなぁ、と付け加えそうになって悠はそこで口を押さえた。
やることは平凡でも、リィンが提案してくれたことである。蔑ろに、無碍には出来ない。
それに、何か特別な理由がないとも限らない。
悠は自分の気持ちに踏ん切りをつけると、リィンの隣に立って、今だけは彼女と対等な関係でいることに決めた。
一兵士と団長代理。
釣り合わない関係なものの、それをリィンは感じないようにさせてくれている。
その心遣いが悠にとって、どれほど心地よいことか計り知れなかった。
「……まぁ、とりあえず嫌な話は先に済ませてしまいましょう」
「嫌な話?」
「さっき話してたこと。山積み死体の話」
すっかり忘れてた。
自分から話を切り出したことだというのに。
悠は視線を泳がせて「そ、そうだった」と言葉を詰まらせながら小さな声でそう言った。
「あの山積み死体があったのは、この国を取り囲むように全部で五箇所。発見された時、どれも殺されたばかりの新鮮な状態だったわ。気になるのが、どれも正確に、狙って置かれたかのような配置だったこと。なにかの儀式かと思ってその場所の魔力を検知してみても反応すらない。正直嫌がらせとしか思えないの」
「……あんまり深く考えない方がいい感じか?」
「そうかもしれない。私たちを脅そうとする魔王軍の嫌がらせ、というのが一番いい見方かも」
「そう、だったか。俺の気にしすぎかな」
「かも。でも、そういう視点でものを見れるのは悪いことじゃない。実際、私はあれからなにも起きないからって調査を終えてから何も考えてなかったもの」
「杞憂ってやつだ。あんまりいいもんじゃないよ」
悠は自虐的な声で自身の考えすぎを改めた。
「誰にも見てないところを見てるって風に考えて。あんまり自分を改めすぎるのもよくない」
「そんなもんかな」
「そんなものよ」
そんなことはないだろう、と内心薄々思ったものの、せっかく擁護してくれたリィンの面子を潰すわけにもいかないと悠はそれ以上の反論はしなかった。
そもそも、自分の無能具合を声高々と語ることほど地に堕ちたことはない。
「はい、暗い話は終わり。楽しい話をしましょ」
そんな悠を察したのか、リィンは話を完全に方向転換させて別の話題を持ち出した。
「楽しい話なぁ。悪いけど、俺はそんな誰にでも通用するような笑い話は持ってないぞ?」
「……そういうのは求めてない」
「そ、そうか。それじゃあ……戦いが終わった時の話でもしようか」
「終わった時?」
「そうそう。魔王軍をやっつけて、この国が、いいや、この世界が平和になった時の話。夢があっていいだろ?」
「……そうね。あぁ、そういうことはあんまり考えたことなかった。いつも戦い、戦いでその先を見据えたことがなかった」
「そういう未来を思い描いて戦わないとやってやれないよ。勝つために戦うんじゃなくて、理想のために戦うんだ。俺も、そんなことを考えて戦ってた」
「元の世界での話?」
「うん。敵を倒して、倒して倒して倒して……。いつまで経っても変わらない状況のときによく考えたんだ。この戦いが終わったらどうしようかなーーとか」
リィンは一瞬呆気にとられたような顔を見せたが、すぐに柔らかい笑顔を振りまいた。
頬は紅潮し、心底嬉しそうに。
「うん……素敵。戦うために生きるじゃなくて、その先のものを見つめて生きたい」
「だろ?それで、どんなことがしたいんだ?」
リィンは指をあごに当て、空を見ながら思案した。
彼女はまだ悠より若い、十五である。
馳せる思いは無限に、広大であるべきだと考えた。
一生懸命になって未来を考えるリィンの姿を見ていると、その姿が微笑ましくてつい笑みが零れた。
団長代理だとかそんな大仰な立場についていても、彼女はまだ子供で、夢を夢見る女の子である。
悠は今、この笑顔のために戦いたい、とふと思った。




